61.戦い前の念押し-2
「みんな、ちょっと良いか?」
ハッとして、顔を上げる。声の主は、ルーシオだった。
彼はどうやら2階から何かを持って降りてきたらしい。その手には、50cm程度の大きさの小さな箱があった。
ルーシオは箱から取り出した何かを近くにいたレヴィに渡しながら、口を開く。
「これは“タリスマン”って呼ばれる魔道具だ。特定の術の効果を弾く魔道具なんだが、コイツは闇属性の厄介どころに対して効果を持つ。
分かりやすい例としては『隠影』と『恐種』があるな。あと、不意打ちなら”闇属性が使える人間自体”を弾き飛ばすような真似もできるらしい」
恐種という術については、ギルバートを筆頭とするおバカさんの群れがやらかした事件を聞かされた後に、(ルーシオが怒っている間に)レヴィから少し補足してもらった。
恐種は相手に恐怖心を付与する魔術。ロゼッタ自身もブライア拠点でギルバートから受けていたため、理解することは容易かった。
確かに、アレを弾けるのであれば助かるだろう。
(タリスマン……綺麗だなぁ。あんな小さいのに、優秀なんだね)
その見た目は金色の装飾が美しい小さめのブローチにしか見えなかったが、見えないところに何かしら仕込まれているのかもしれない。ルーシオから受け取ったそれを、レヴィはくるくると回している。
「思ってたより軽いですね……」
「ただの装飾品にしか見えないのが怖いよな。だが、隠影は確定で防ぐし、恐種に関しては相手が強すぎると完全には防げないだろうが、少なくとも動けないほどの恐怖心を抱く心配はないらしい。便利だな」
「だからクロウさんとロゼッタさんを対象にしないように気をつけろ、なんですよね?」
「だな。いっそ逆に、最初から『クロウとロゼッタを対象から外す』って意識しとくのが早いだろうな」
ルーシオが補足すれば、クロウが軽く手を挙げた。
「……。そういうのがあるなら、レヴィたちは逆にオレを対象にする選択肢を頭に入れといてくれ。緊急事態が起きた時は全力でやる」
そんなことを言いながらも、若干、変な顔をしている。
一体どうしたのかと思えば、レヴィが全力で目を泳がせた。
「あ、あぁー……」
そしてルーシオが話し出す。
こちらもこちらで、変な顔をしていた。
「ラザラスとロゼッタはまだ、だよな? ……クロウの『恐種』はエグい。闇属性の上級魔術だから、クロウは確定で詠唱する。発動したらすぐにタリスマン使え」
「えっ?」
「……追加補足だ。タリスマンの対象外判定に関しては常に意識しておく、というよりは一度『対象外にする』って考えとけば大丈夫らしい。
ロゼッタは常時対象外判定で良いとして、クロウに関しては判定をその場その場で切り替えろ。上手い感じに使ってくれ」
「え……?」
「悪いことは言わない。クロウの恐種を全身で受け止めるな。良いな?」
細かいことは、何も答えてくれない。
ラザラスも若干困っている。
そして、少し離れた場所でエスメライも黙って壁を見つめている——要するに『恐種は軽率に発動させてはいけない術』だということは分かった。
ギルバートの恐種なら受けたことがあるが、クロウの恐種はその比にならないということか。
一体どうしてそんなことに!?
(ま、魔力量の差かな……)
魔力量の差、もしくはこれまでの人生で生き抜いてきた戦場の数の差が理由だろうかと考えていると、クロウ本人と目が合った。
「お前に関しては臨戦態勢でいてくれれば絶対に入らねぇと思うぞ」
「り、臨戦態勢……」
「まあ、慣れてねぇと無理だろうな。素直にタリスマンを頼れ。良いな?」
「うん……でも……」
臨戦態勢で居続ける自信はないが、戦闘員でもなんでもない自分用のタリスマンは無いだろう。
自力でどうにか突破するしかない……と、思っていたのだが、ルーシオは当たり前のようにロゼッタにもタリスマンを渡してきた。
「えっ、わたしのもあるんですか!?」
「ガッツリ人数分あるんだよな……」
「わたし含めて!?」
破天荒おじさん、まさかの人数分にロゼッタをカウントしていた。
ありがたいが、流石に驚いた。あのおじさん、一体どこまで把握しているんだろう?
タリスマンを配布していくルーシオを眺めていると、ラザラスが例外枠だという事実に気づいた。
何故か彼だけ、ルーシオから2種類のタリスマンを渡されている。
「こっちはさっき話した奴なんだが、こっちは『真聴』対策のタリスマンだ」
「真聴!?」
「むしろ、今まで対策してなくて悪かった。これに関しては作戦中だけじゃなく、ずっとポケットにでも入れとけ」
タリスマンは身体に近い位置に身につけておく必要があるらしい。
ルーシオは紐を通してネックレス状にしているようだが、カバンにぶら下げておく等の形でも構わないようだ。
ルーシオは色々な長さの紐と黒い小さな袋をテーブルに並べ、「欲しければ使え」と指示を出した。
金装飾が目立つため、レヴィとクロウは袋に入れた上で腰のベルトに下げている。
念のため気をつけるべきだと判断したロゼッタも、それに続いた。
「……」
ラザラスは何か考え込んでいる様子だったが、とりあえず、といった様子で流れに従って動き出す。
彼も黒い袋に入れて腰のベルトに下げる、という選択肢を選んだようだ。
黒い袋が売り切れてしまった。
(まあ、この感じだと、タリスマンの数だけ袋がありそうだけどね……)
オスカーは一体、どれだけステフィリオンに課金してくれたのだろう。
これは何かしら裏事情があるなと考えつつ、ロゼッタは皆の顔を見た。
準備は、整ったようだ。
「場所はさっきエスラさんに教わったので、『転移』は任せてください。レヴィさんの魔力は温存しましょう」
「ボクとしてはすごくありがたいですけど、無理はしないでくださいね……まあ、本当に大丈夫なんでしょうけど」
基本的に誰かしらを連れて遠くに飛ぶ流れになるためか、レヴィの魔力量は度々悩ましいことになっている。毎回、行き帰り分の魔力のことを考えなければならないのは大変だろう。
ゆえに、自分が被れるものは被りたかった。
「あとは『幻貌』もわたしがやりましょうか。他に何かあれば、随時言ってください。それから、時々『魔力譲渡』使いますね」
そう言って、ちらりとクロウに視線を向ける。
「……。今日はサイプレスの時よりはマシだよ」
「うーん……まあ、何も言わないけどさぁ……」
確かに、サイプレス拠点潜入作戦時よりはマシに見える。
ただし『遮覚』が追加されているせいで、結局のところ大差がないような気がする。
……自分が上手く立ち回ろうと、ロゼッタはひそかに決意した。
最後に、ロゼッタはラザラスを見る。
「ラズさんには『感影』掛けときますね。他にも何か要りますか?」
「……」
「ラズさん?」
話しかけてみると、どうやらラザラスは相変わらず何かを考えていたようだ。
彼は微かに肩を震わせ、口を開いた。
「ご、ごめん。そうだな……頼りきってて申し訳ないんだけど、今回はちょっと強めに入れといて欲しい。想定される向こうの立ち回りを考えたら、初手は『視力強化』の出力を抑えたいんだよな。感影があれば、それでも行けるはずだから」
(色々、気にはなるんだけど……)
何かしら、ラザラスが良くないことを考えているような気がする。
だが、これに関しては断る方が良くない方向に転ぶと判断し、頷いた。
「分かりました。任せてください。えーと、エルダー行った時くらいで良いですか?
たぶん、あれがラズさんの限界ラインだと思うので」
「そうだな、頼むよ」
結果的に、ラザラスは視力に頼らず歩き回ることに慣れてしまった。
それが良いか悪いかはともかく、今回に関しては事情があるようなので「強めで」という指示に従うことにする。
話し合いが落ち着くのを待っていたらしい。
ルーシオは潜入メンバーを見回し、真剣な眼差しを向ける。
「今回は俺が指揮官をやらせてもらうが、サブでヴェルさんが入る。あの人はちょうどティスルにいたからな。回収班つきとして、そのまま現地待機してもらってる。とりあえず、何かあれば連絡しろ」
そしてルーシオは自身の耳にイヤーカフのようなものを装着する。
あれは一体なんだろう、と思ったが、彼がポケットから取り出した物を見て理解した。
(そっか、ルーシオさんは獣人だから、普通の通信機は使えないんだ)
どうしてこのタイミングで、と一瞬考えた後、ロゼッタはすべてを察した。
ルーシオが“今”通信機を出すことには相当に強い理由がある。
彼はなんとも言えない表情を浮かべながら、これでもかと通信機の存在を無言で主張しながら、何なら通信機で圧を掛けながら語り掛ける。
「ラザラス、レヴィ。お前らは少しでも変なことがあれば逐一連絡。つーか、どっちかは常にオンにしとけ。こっちからそっちの音を拾えるようにしろ。
クロウは他の2人がいるから大丈夫だとは思うが、勝手に通信機の電源を落とすな。何があっても落とすな。連絡させろ。俺らが連絡する権利を奪うな。良いな?」
(や、やらかしの、数々……)
今のは、ブライア拠点潜入時にイレギュラーで混ざっていた黄金眼の存在を共有しなかったラザラスとレヴィ、そしてサイプレス拠点潜入時に通信機の電源を落として一切の連絡を絶ったクロウに対する警告だ……3人とも、相当にバツが悪そうな顔をしている。
(今度、わたしにも通信機持たせて欲しいって交渉してみようかな)
4人いれば、誰かしらは上手いことやるだろう。上手くいく確率は少しでも上げておくべきだろう。
使い方を教えてもらう必要はありそうだが、以前、ラザラスが使っていた時の様子を見るに、そこまで難しくはなさそうだ。
ルーシオがひたすら通信機で戦闘員たちに圧を掛ける作業が終わるのを見届けたあと、ロゼッタは皆と視線を交わす。もう、行けるようだ。
それぞれが何を考えているのかは分からない。
だが、行かないという選択肢は存在し得ない。
(……行こう)
軽く息を吐き出し、ロゼッタは呟くように詠唱する。
「【転移】」
——そして、彼らの姿は拠点から消えた。




