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61.戦い前の念押し-1

「……」


 深夜。ロゼッタはぼんやりと、準備を進めていく仲間たちを眺めていた。

 影でサポートをするだけの自分は、この時間中は特にやることはないためだ。


(人によって準備時間に差が出るなぁ……当たり前だけど、精密なものばっか扱ってるレヴィさんは大変そう)


 その様子を見ていたエスメライは、ロゼッタの肩を叩いた。


「ロゼッタもあんな感じの装備、用意しとくかい?」


 装備、というよりは服装のことを指している様子だ。

 ラザラスたちが身に纏っているのは、一切の光を反射しなさそうな、特殊な布地を使用した服だ。

 基本的には似たデザインになっているが、袖の長さなどは着用車の好みに合わせて変えているらしい。ラザラスは半袖、クロウは袖が無い代わりに同じ素材のアームカバーが付属しており、レヴィは手の甲まで覆うようなデザインの長袖だ。


……絶対にオーダーメイド、という奴だ。


 しかもラザラスはともかくクロウとレヴィに関しては有翼人族ゆえに、背中に穴が開いている。もう確実にオーダーメイドだ!


(うーん、興味なくはないけど……いらないなぁ……)


 とてつもなく高そうだ。

 興味があるだなんて、口が裂けてもいえない。この人たちは、動機が少々アレでも買ってくれそうだからだ。


「大丈夫ですよ。必要になっても、最悪自分自身に『幻貌(ファサード)』掛けたらいいだけなんで!」


 実際問題、影に隠れているロゼッタには必須の装備ではない。

 暗にいらない、と答えるとエスメライは困ったように笑う。


「そっか、あんたはそれ使えるもんな。あたしも使えはするんだけど、基本的に自分用なんだよねぇ。

 他の人間にも掛けれはするんだけど、離れられたら効果が切れちゃうからさ」


「必要なら言ってくださいね。掛けにくるんで」


「んー、まぁ……極力どうにかしたいもんだね。あはは」


 光属性持ちと言えども、エスメライは診ること、つまり透識(クラリティ)の特化型だ。

 彼女は決して魔力量が多いとは言えないからこそ、効率よく術を扱えるように1つに絞って猛特訓したのかもしれない。


(わたしも何かそういうの、やってみたいな。特級魔術っていうのも、あるらしいし)


 中級までの大体の魔術と、一部の上級魔術は覚えた。

 だが、特級魔術はよく分からない。一体どんな術があるのだろうか。気になる。


 とはいえ、この拠点にある教本は恐らく中級魔術までだ。

 そのため、上級以上の魔術は誰かに教わるか、調べるかの二択だ。

 特に、特級魔術に関しては何らかの手段を使って調べなければ情報が出てこない気がする。


(……今度、本が沢山ある場所に連れてってもらえないか、お願いしてみよう)


 ロゼッタは作戦資料の最終チェックまで完了したラザラスへと視線を向けた。

 武器が己の肉体タイプなだけあって、彼は本当に準備が早い。


 そして彼は流れるような動きでクロウの元に向かおうとして、止まった。

 ラザラスの気遣いに気づいたクロウは、義手を長い手袋で隠しながら口を開く。


「気遣わせて悪ぃな」


「いや、こちらこそ癖で、つい……」


「まあ、自力でこういう服を着れる日が来るとは、流石に思ってなかった……」


……あまりにも、切実な言葉が出てきた。


(そうだ、クロウって隻腕だったな……しかも、つい数日前まで……)


 衝撃的なレベルで義手を使いこなしているせいで、早くも違和感がない——こればかりはクロウが、というよりは確実にオスカーの功績だが。


 左腕が無いことを前提に選んでいると思しき普段の服はともかく、ベルトやジッパーが多い服は『念動(テレキネシス)』を併用しても難しいようだ。

 サイプレス拠点潜入時だけでなく、彼は常に第三者の手助けを必要としていたのだろう。


(うーん……蹴り飛ばしたのは、やり過ぎだったかも)


 クロウを風呂場に蹴り飛ばした件を思い出し、ロゼッタは顔を引きつらせかける。

 とはいえ反省も後悔もしていない。あれはクロウが悪いと思う。


 まさかロゼッタが風呂場蹴り飛ばし事件のことを考えているとはつゆ知らず、クロウは少しだけもたつきながら長い手袋で義手を隠し始めた。


「とんでもなく細かい作業はまだ時間が掛かりそうだが、それもそのうち馴染むんじゃねぇかな……しっかし、技術の進化ってとんでもねぇな……」


 呟くように話しながら、クロウは手袋の口についた紐を引く。

 二の腕から手袋が落ちないように縛るようなのだが、右腕を使っているとはいえかなり苦戦している。それに気づいたラザラスが、手を貸しに行った。


「あー、すまん。助かる」


「いえいえ。それにしても、結構ガッツリ隠しますね。固定も強めというか……クロウさん、動きやすさ重視の軽装タイプなので、てっきり隠さないものだと」


「流石にコレを晒すのは良くねぇかなって思ってんだよ。技術者の類が恨み買って襲われたら最悪だからな」


 技術者の存在を気にしているのも本当だろうが、何よりも何かの間違いで送り主が判明するような事態は避けたいのだろう。

 クロウの話を聞きつつ、ラザラスは手袋で隠された彼の左腕を眺めている。


「……。訓練の時も思いましたが、本当に高性能な義手なんですね」


「だな。俺自身も正直驚いた。まぁ、動力源としてそこそこの魔力が必須なのと、着けたばっかだから仕方ねぇけど、

 滅茶苦茶痛ぇっていう問題はあるが……痛みの方は慣れれば無くなると信じてるとこだな」


 また切実なことを言っている。

 クロウの場合は腕が生えた結果、普段使っている数々の術に加えて遮覚(サプレッサ)が仲間入りしてしまうという緊急事態が起きている。


 ただでさえ『普段使っている数々の術』が重いというのに!!


(後で魔力押しつけに行こ……動力源に関しても、わたしが定期的に補充しにいけばいいかなぁ)


 クロウのストーカーをする気は微塵もないが、どちらかというとラザラスよりも彼のサポートの方が、重要性が高くなっているような気がしなくもない。


 冷静に考えると、ロゼッタに掛かる1回1回の負担はクロウの方が圧倒的に上だ。

 正直、今まで彼がこの手のサポート無しでやってきたこと自体が信じられない。


 ただし体魄強化(オルガノス)といい、莫大な量の魔力譲渡(マギトランス)といい、彼のサポートはロゼッタだからこそ回せているのであって、今まで頼れる存在がいなかったのも事実だ。


(そりゃ破天荒おじさんも長文お説教するよねぇ、普通に気になるもん)


 お説教文章の一部には「周りを頼れ」を意図した長文があった。

 だからこそ、ある程度はオスカーの言葉が響いていて、今回の作戦でラザラスを頼る、という選択肢を選んだのだと信じたかった。


(……。まあ、単純に余裕がないのが主な理由だとは思うけど……)


 ラザラスを不必要に巻き込みたくないのは分かるが、彼はもうこの組織で2年以上戦っている。

 そろそろ、頼る存在として認識してもいいだろうに、クロウはどうしてもそれができない。

 ここまで来てもなお、彼はすべてを自分で背負おうとする。


 残念ながら、最前線に立つことがステフィリオンのリーダーという看板を背負っている彼に求められる“役回り”でもあるのは分かっている。

 だが、本来なら周りに頼れば良い部分まで不必要に背負っているものもあるはずだ。

 何も、ここまで徹底しなくともいいだろうに。

 半ば無理矢理周りが助けに入るほどに、精神を擦り減らす必要はなかっただろうに——そんなことを考えてしまい、ロゼッタの心は酷くざらついていた。

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