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60.彼らの日常、彼女の願い-2

 話をしながら、ロゼッタはエスメライを見上げる——ふと、彼女の前髪の下で、何かが光ったような気がした。


(……ん?)


 角度を変えて、もう一度見てみる。

 やはり、何かがある。


 バチリ、とエスメライと目が合った。

 彼女は自身の額に手を当て、目を丸くする。


「あ……っ」


 そして彼女はその場にしゃがみ込み、一切躊躇わずに自身の前髪を上げてみせた。

 彼女の額には、純度の高い水晶を彷彿とさせる丸い宝石のようなものがあった。


「ごめんごめん、言ってなかったね。あたし、有角人族なんだよ。でも角が根本から折れちゃってて、

 危ないから断面研いでもらっててさ。だから、こんな感じになってんの」


「そ、そうだったんですね……」


 ヒト族だとばかり思っていたが、確かに彼女から直接種族を聞いたことは無かった。

 わざわざ聞く必要はない、と判断していたことも理由だ。


(そういえば……)


 ロゼッタは、サイプレス拠点でのクロウとの会話を思い出す。


『有角人族はな、ごくまれに魔術を使える奴がいる。お前も、1人は知ってるはずだ』


『そういう個体は、例外的に“商品”になる。あの角、見ろよ。宝石みたいに輝いてんだろ? 綺麗だし、魔術使えるってだけで有用性も高い。だから、捕まっちまうんだよ』


(あれ、エスラさんのことか!)


 ロゼッタは、自身の額にある赤い宝石に触れる。

 もしかすると、ここから派生して宝石が角に変化したのが竜人族、さらにそこから派生したのが有角人族なのだろうか?


 そんなことを考えていると、エスメライは困ったように笑っていた。


「そうそう、有角人族の先祖返りって奴だよ。どストレートに“宝角”って呼ばれてるね。

 だからあたしは例外的に魔術使えんの。今にして思うと、角が宝石っぽかったのは宝竜祖(カーバンクル)の要素なんだろね」


「な、なるほど……」


 超少数精鋭で10年間耐え抜いた事実を思えば当たり前かもしれないが、ロゼッタの周りに何かしらの先祖返りだったり、謎遺伝だったり、本来珍しい()()()事例が大量発生している。どうやらエスメライもそうだったようだ。


(それにしても……なんで角、折れちゃったんだろ……)


 エスメライの運動神経が最悪だという話は聞いていたが、まさか転んだせいで折れてしまったのだろうか?


(どうしよう、あり得る気がする)


「……」


 心底失礼なことを考えているのがバレたらしい。

 気がつけば、じとーっとした目をエスメライに向けられていた。


「運動音痴が原因で折れたわけじゃない」


「ご、ごめんなさい……」


 誤魔化そうと思えば誤魔化せたような気もするが、俯きながら咄嗟に謝ってしまった。

 顔を上げれば、いつの間にか屈んだ姿勢を元に戻していた彼女にわしゃわしゃと頭を撫でられる。


「そうだなぁ、軽く話しとくかぁ」


 笑ってはいるが、ほんの少しだけ辛そうな彼女の顔を見るに、かなり重い話が来そうだ。

 ロゼッタは思わず、ごくりと息を呑む。


「あたしね、旧ステフィリオンの軍医やってたわけなんだけど。組織が崩壊した時にドラグゼンに捕まってさ……内部情報吐かせるためにって派手に拷問されてんだわ」


「拷問……!?」


「そ。角はその時に折れちゃったんだよね」


 明確に「旧ステフィリオンの構成員がほとんど残っていない」という事実を突きつけられた。

 ヴェルシエラは魔術が使えなくなってしまったことで組織の崩壊前に退役、エスメライのように最後まで残っていた人間は戦闘員でなくとも、悲惨な目に遭ったに違いない。

 エスメライはたまたま、生き残っただけに過ぎないのだ。


「今となってはヒト族擬態できるから助かってるけど、当時は結構凹んだなぁ。

 未だに角が折れた時の音、耳に残ってるもん。もう10年以上経ってるのにさ」


 そう言って、エスメライは悲しそうに笑った。


 服の下が酷い、というのは拷問時についた傷のことを指していたのだろう。

 硬い角が折れてしまうレベルの拷問なのだから、壮絶なものだったことは想像に容易い。


(竜人もだけど、有角人って角がすごく大事っていうのに……)


 竜人族基準ですら、角を失うことは命を絶つレベルの絶望だ、と聞いたことがある。

 有角人族なら、なおさら辛いだろう。


 こんな話をしながら——エスメライは、何故か顔を真っ赤にしていた。


「だ、だから! 別にその時の傷が原因で運動音痴になったわけじゃないんだよ!? 

 奇跡的に何の後遺症もないし、アレは生まれつきだから!!」


「えっ!? そんなこと考えてなかったですし、運動音痴を気にしてるならそのまま誤魔化せば良かったんじゃ!?」


「あっ!? その手があったか……!」


(本当に運動音痴がコンプレックスなんだね、この人!!)


 エスメライからすれば、もはや角がないことより運動音痴の方が指摘されたくない案件のようだ。

 確かに角がないことを利用してヒト族に擬態することができているのに対し、運動音痴は『何も生み出さない』のだ。申し訳ないが、この事実は否定できない。

 そりゃそうもなるか、とロゼッタは考えてしまった。


「! ルーシオ!!」


 視界の片隅で、軽食を食べていたルーシオが笑いを堪えている。

 それに気づいたエスメライは、彼の頭をチョップした。


「痛って!? 悪かった悪かった!」


「あんた、あたしの運動音痴をエンターテイメントかなんかだと思ってるとこあるよね!?」


「え、あ、そ? そーんなことは……ね、ねぇ、けど……?」


「もー!!」


 そうして、軽く戯れている。


(……仲が良いなぁ。この2人)


 エスメライが結婚しているという話を聞いて、一瞬だけ相手はルーシオなのかと思ってしまった。

 しかし彼女の夫は違う人物であって、ルーシオではない。

 そもそも、彼女らの間にはその手の雰囲気が一切ない。


 2人の関係性は友人に近いもの。

 さらにいえば、“唯一無二の相棒”といったところだろうか。


 もしかすると、エスメライとルーシオの関係性はラザラスとアンジェリアの関係性に近いのかもしれない——未だにエスメライの夫が拠点に現れないことを考えれば、自ずと“答え”は見えてくる。


(この人たちも復讐目的で動いてるんだもん、つまりは、そういうことだよね……)


 暗くなってしまう思考を振り払うために首を横に振るう。

 親し気に話す2人を見ていると、ほんのりと眠気を感じた。

 これはエスメライの言う通り、仮眠を取った方がいいかもしれない。


 彼女らは数時間後には司令塔として、現場班に対して非情な指示を出すことになる。


 今は、束の間の気晴らしの時間だ。


 邪魔するのも申し訳ない。

 ここはさっさと退場することにしよう。


「わたしも軽く寝てきますね。またお部屋、借りてもいいですか?」


 そう問えば、エスメライはちょっと変な顔をした。


「全力で使ってくれ。何ならあの部屋を自室扱いしてもらっても良い。私物置いてもらって良いから。

 だから、部屋の隅で丸まって寝ようとするのはやめて欲しい……辛い……」


「その節は、本当にすみません……」


 昨日は本当に眠かった。

 だが、ロゼッタはここ最近、影の中以外で寝ていなかったせいで「布団の上で寝る」という発想に至らなかった。


 そのため、ロゼッタは“かつて”を思い出し、昨夜は喫茶店エリアのソファの裏で丸まって寝ていた。

 数時間後、彼女の存在に気づいたエスメライに嘆かれながら起こされ、助け出された時に使っていた部屋へと案内されたのだ。


 久々にエスメライの悲しそうな声を聞いた。本当に申し訳ない。


(自室扱いっていうのは、イメージできないけど。ベッド使わせてもらえるのは、ありがたいなぁ。甘えさせてもらおう)


 軽く頭を下げ、ロゼッタは部屋へと向かう。

 目を覚ましたら、文字通り戦いが待っている。


(本音を言えば……まだ怖い。でも、わたしはわたしの仕事を、ちゃんとやらなきゃ。みんなを、助けたいから)


 何事も無いことを、願いながら——ロゼッタの意識は、静かに眠りに落ちていった。

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