60.彼らの日常、彼女の願い-1
朝、というか……昼。
ロゼッタが喫茶店エリアの掃除を手伝っていると、盛大に寝過ごしてきたラザラスから「クロウに『断崩霊』を掛けて欲しい」という依頼が入った。
(レヴィさんありがとう。事前に聞いてなかったら、これは変な反応した自信ある……!)
対象が対象なせいで、本来なら動揺するしかなかった。しかし先にレヴィから「こういうこと言われると思う」と聞いていたこともあり、ロゼッタは二つ返事で了承する。
この作戦——プランAは、ラザラスには言わずにこっそり『耐久強化』と『体魄強化』を同時に入れることが必須条件だ。
この作戦の問題点は術の発動に失敗した瞬間、クロウが戦線離脱する危険性が高いことである。
徹底的にそのリスクを下げるために、ロゼッタ自身もクロウの傍から離れられなくなるという問題はあるが、こればかりは仕方が無いだろう。
テーブルを拭きながら、ロゼッタは頭を悩ませる。
(クロウ……自分の虚弱体質のこと、いっそラズさんにも話しといて欲しいんだけどな)
そう考え、すぐに首を横に振るった。
(ダメだ。「話した瞬間にすべてを背負おうとする」って説を証明されたようなものなんだもん……ますます言えなくなっちゃった、かも……)
先ほど、エスメライがロゼッタの知らない情報を教えてくれた。
曰く、どうやら数ヶ月後にドラグゼン主催の大きなイベントが開催される可能性が高いらしい。
その前にドラグゼンはどうにかこうにかクロウを潰したいのだろうと判断したラザラスは、考察に考察を重ねた分厚い資料を提示してきた。
(クロウの聴覚優位を仮定してモスキート音で攻撃とか、体温調整が苦手だろうと仮定して極端な高温か低温の環境作るとか、紫外線攻撃とか、弱視想定の『感影』と『視力強化』の妨害工作とか……ちょっと見ただけでも、色々書いてあったな……)
少しだけ見せてもらったが、クロウの代わりにラザラスが前線に立つことありきの対策案も一緒に書いてあり——正直、嫌になった。
資料を読んだクロウは軽くラザラスに謝るだけで、その作戦を拒否しなかった。
否、もはや唱えることができなかったのだろう。
その時点で、ラザラスの計画が実行に移されることはもう確定だ。
だが、一部の資料を見ただけでもラザラスに相当に負担が掛かることは明白だった。
だからこそ、彼の考察が外れていて欲しいと、ロゼッタは願う。
(……。ラズさんが弱いわけじゃないってのは分かってるし、クロウが限界ギリギリなのも分かってるから……何も、言えなかった)
作戦決行は、今夜らしい。
ラザラスは明々後日に収録が控えており、泳がせれば泳がせるほどドラグゼン側に準備期間を与えることになってしまうため、明後日まで引っ張るメリットが1つもないためだ。
とはいえ、あまり気落ちしすぎるのも良くない。
ロゼッタは中庭に出て、エスメライと共に花の水やりを開始した。
(暖かくて、気持ちいいな)
ラザラスが拠点に泊まり込んでいることもあり、ステフィリオンメンバーの私生活が見れるのは少し面白い。治療のためにここにいた頃には見れなかった風景が、そこにはあった。
(動いてる人が……ほぼほぼいないけど……)
どうやらこの組織、全員の食事管理をしているらしいエスメライと、たまにやってくるヴェルシエラ以外はとんでもないレベルで昼夜逆転気味らしい。
ラザラスに関しては昨晩これでもかと分析作業をしていたせいで大変なことになっただけだが、どうやら他のメンバーがかなり酷いようだ。
まずカラス種は種族特性として朝に弱いらしく、今日のレヴィは『気合いで起きる』という力技に出てきた。どうやら彼女、エスメライと一緒にご飯を作りたかったらしい。
しかし、その後は起きていること自体に耐えられなくなったようで、現在はガッツリ二度寝中だ。可愛い。
同じくカラス種のクロウは諸々の体質的に日中にできることが少ないらしい。そのため、意図的に昼夜を逆転させているとのことだった……が、昨日は疲れて早々に寝てしまったせいで、逆に早めに起きてしまって困っていた。
そのためエスメライが今夜のことを考え、朝食後に半ば強制的に薬を飲ませて部屋に放り込んでいた。つまりは「寝ろ」という意味だ。
しかもクロウのついで的なノリで、元々寝過ごしていたにも関わらず、近くにいたラザラスも薬を飲まされて部屋に放り込まれていた……ちょっと不憫だった。
そしてルーシオはまだ起きない。
現在時刻は午後4時なのだが、起きない。
昨夜は一体何時まで起きていたのだろうか?
もうびっくりするほど起きてこない。
……もはや息をしているのかどうか心配になるレベルで、起きてこない。
ルーシオに関しては普段から油断すると寝過ごすらしいが、ここまで酷いのはまれなようだ。
店内に掛けてある時計を見ながら、エスメライが苦笑している。
「あたしも仮眠取りたいし、流石に一旦声掛けるべきか……今夜のこと考えていっそ放置すべきか、悩ましいな……」
ロゼッタはサイプレス拠点潜入作戦の時、後方支援役であるエスメライたちも起きて待機していたことを思い出す。
彼女らはどうやら、日中に仮眠を取っていたらしい。
間違っても周辺住民を巻き込んでしまうことのないように、そもそも不必要に目立つのを避けるために潜入作戦はどうしても夜中に行うことになる。
だからこそ、昼夜逆転状態になるのも仕方がないのだろう。
「んー、わたしも寝といたほうが良いですかね?」
「その方が良いと思うよ。むしろあんた、今まで寝てなかったんだね」
言われてみれば、ブライアの時もサイプレスの時も仮眠はしていなかった。
だが、それに対しては反論要素しかなかった。
「えっと、その、目の前で盛大な異常事態が起きてたら、どう足掻いても眠くならないというか……現場で、の話ではありますが……」
「……。あんた、今回で3回目だったね……ごめんね……」
現時点ならともかく、たぶん今回も眠くならないだろうな、と内心思う。
戦闘員一斉潜入案件は初だ。
たぶん、というか絶対に覚醒状態が続くと思う。毎回パターンが違う。
自分が全力で戦力としてカウントされていることに対して「この組織、本当に大丈夫か」と心配しつつも、力になれているという事実を、必要とされていることを嬉しくも感じた。
「前線に立てって言われたら流石にかなり抵抗ありますけど、わたしは影に隠れて後方支援ですからね。だから、大丈夫です」
「……そか、無理な時は無理って言ってな」
エスメライはやんわりと笑い、頭を撫でてくれた。
何だか、くすぐったい。
そうして軽く和んでいると、バタバタと階段を降りる音が聴こえてきた。
体格差ゆえの足音の違いで、すぐに分かる。降りてきたのはルーシオだ。
「わ、悪い。いくらなんでも寝過ぎた……!」
軽食を用意していたエスメライはキッチンに引っ込み、呆れながらも諸々をテーブルに並べていく。
「あんた、いつまで起きてたのさ」
「……。朝日は、見たな」
「あんたねぇ……」
起きれるはずがないでしょ、と言わんばかりにエスメライにため息を吐かれる。
それに対し、ルーシオは決まりが悪そうに目を泳がせた。
「許してくれ……カイヤナイトとの時差考えたら、変な時間におっさんに電話するしかなかったんだ……」
「あ、あー! ごめん、任せちゃったね」
「クロウのこと気にしてたし、お礼言うついでに諸々話しといた。安心しろ」
カイヤナイト、ということは恒例の“おっさん案件”だ。
そういえば、かなり遠い国だった気がする。
彼の場合は並行して何かしら作業もしていただろうが、オスカー側が無理なく電話を取れるようにと配慮した結果、朝日を見る羽目になったのだろう。
エスメライは苦笑しつつ、口を開く。
「あのおっさん、クロウに対してだけやたら金使ってくれてんだよなぁ、ありがたいけど」
(確かに……)
あれだけ高性能な義手となれば、相当な金額が動いていることは間違いない。
術後2日で普通に動かせていたことを思い出し、ロゼッタはうんうんと頷く。
ルーシオはちらりとロゼッタを一瞥し、話し始める。
「……。まあ、あの人、クロウの全治2週間を全治2ヶ月に伸ばしたわけだからな……そりゃ罪悪感もあんだろ……」
「え?」
全治2ヶ月。
本人は普通に動き回ってはいるが、2ヶ月どころかまだ1ヶ月も経ってないじゃないか!
そう思い、ロゼッタはエスメライを見上げる。
エスメライはバツが悪そうに、「あはは」と乾いた笑い声を上げた。
「翼の固定が外せないんだよな……有翼人の翼の治りってかなり早いんだけど、流石に1ヶ月未満じゃ厳しいというか……」
「あれ、クロウの貴重な防具なのに!?」
「クロウはノーガード戦法だし、それは気になりはしたんだけど……他の部分も完治はしてないけど、まぁ……」
笑っているように見えて、目が笑っていない。
心配と申し訳なさで、いっぱいなのだろう。
(うーん……辛い、なぁ……)
……これはラザラスの早期復帰を決行するはずだ、とロゼッタは思った。




