59.ローズマリー-2
「……」
ルーシオが上手く言葉を返せずにいると、オスカーは軽く笑ってみせた。
『流石にさ、ある程度は吹っ切れてるよ。まあ、“ある程度”は、のレベルだから、忘れて次に進もうとか、そういう気は一切ないけれど。
今は……いや、当時から。ドラグゼンそのものと、奴らの言いなりになってる国への怨嗟の方が、ずっとずっと、強いんだ』
深く、息を吐き出す。
気持ちを落ち着かせてから、ルーシオは口を開いた。
「あんたのことだ。もちろん、この報道には抗ったんだろ?」
『そりゃあね。デイジーが自殺なんかするはずがない、ちゃんと調べ直してくれって何度も訴えたよ。
だって、録音された遺言なんかもあったんだよ?』
遺言とはいえ、自殺前提の内容ではないのだろう。
自分自身が殺されることを分かった上で、それでもオスカーへの想いを綴った、悲壮感に満ちたものだったのだろう。
『引退してたけど、元なんだけど、それでもデイジーは売れっ子のアイドルだったからねぇ。安産のためにお散歩行こうにも、日中は動けなくて。
だから、おじさまに黙って、夜中に出歩いてたみたいなんだよねぇ。そしたら、取引現場見ちゃったみたいでさ。奴らに追い回されて追い回されて、もうダメだってなって……ボイスレコーダーにメッセージ、残してくれてたんだ』
オスカーの声音が、かすかに重くなる。
『ごめんなさい、ローズマリーを産むことすら許してくれそうにない、だから、君だけは生きて欲しい、愛してる……ってさ。こんなの、自殺する人間が残すような内容じゃないじゃん?』
これを残した直後に、デイジーは殺されたのだろう。
当時は服毒自殺だと報道されたようだが、間違いなく、無理矢理に毒を飲まされたか、毒を入れた食品を摂取させられたに違いない。
……もしかすると、本当は服毒すらしていないのかもしれない。
『なのに『全部妄想だ。可哀想に』で片づけられちゃった。それでも足掻いてみたんだけど……
今度は警察とかその辺に『暴漢に襲われて孕まされて、そのショックで自殺したって情報流すぞ』って、おじさまが脅されちゃってさぁ……』
「それは……っ!」
この国は、何の罪もないデイジーたちを切り捨てた。
真相を隠し、都合の悪いことを隠蔽した。
我が身可愛さに。
自分たちの、利益のために。
そうしてこの国は、ドラグゼンの手に堕ちた。
『別にさぁ、おじさま自身の悪評とかならどうでも良かったよ。知ってるだろうけど当時のおじさま、普段から髪色と目の色変えてた上に、芸名で普通に日常生活送ってたの。
実家に迷惑かけたくないからそうしてたんだけど、結果的に良かったよね。あ、今の姿は素だよ? 目の色だけは誤魔化して生活してるけどさ』
当時のオスカーは実家のことを考えて、様々な事情を伏せて活動していたようだ。
柔らかなブラウンの髪に、優しいグリーンの瞳をしたアイドル。
デイジーの死後、謎の失踪を遂げたと当時は騒がれたが、今となっては完全に忘れ去られた存在。
ミシェル・オークランド——それが、当時の彼だ。
『俺はね、どんなデジタルタトゥーを刻まれようが、“ミシェル”が一生外を出歩けない状態にされようが、全然良かった。それなら、絶対に引き下がらなかったさ……でもさ』
「……」
オスカーの声が、微かに、本当に微かに、震えた。
『デイジーとローズマリーの悪評を流されるのは、それだけは、耐えられなかった。
だから、もう引くしか、諦めるしか、なかったよね……向こうもさ、上手く考えたよねぇ』
それはデイジーの経歴には取り返しのつかない傷がつき、ローズマリーに至っては、存在全てを否定するような悪評。
間違いなく2人を愛していたであろうオスカーからしてみれば、そんなもの到底耐えられるものではない。
『これ、明らかにおかしいじゃん? だから俺の方で調べに調べて、国絡みの隠蔽工作だって知ったわけ。
もうね、そもそも20歳のアイドルが戦える相手じゃなかったわけだよ……絶望したよね。正攻法じゃ、どうにもならないって理解したんだ』
「……そうだよな。そうだろう、な」
『しかもデイジーには生きろって言われちゃったし、知っての通り、おじさまは単騎特攻向きの能力してないからさ。これじゃ何もできないじゃんって、しばらくは塞ぎ込んだよね』
そこまで話して、オスカーは軽く息を吐いた。
『でも、何もせずにはいられなかった。正攻法が無理ならってことで、たまたま知り合いが芸能事務所やってたから、そこで年齢偽って『オスカー・ドレイク』として活動して、芸能界で成り上がって、情報を集めに集めながら。
それで……いつか、君らみたいな存在が出てくるのを待とうと決めた。そして、そこにすべてを託そうって決めたんだ。そういう子たちが現れる日を、俺はずっと夢見てた』
「……」
ルーシオは黙り込む。
しかし、オスカーは「ふふ」と笑った。
『でさー? 個人的に第一希望だったステフィリオンの後継団体が出てきたわけだよ。そう、出てきた。出てきては、くれたんだけどさ!
もうね、凄まじくポンコツだったから、おじさまは正直すっごく困ってる!』
「うぐ……っ」
『あはははっ!』
電話の向こうでオスカーが大笑いしている。
悔しい。屈辱だ。
しかし、何も言い返せない自分がいる。
本当に、悔しい。
(暗い空気を払拭しようとしてくれたんだろうが……! ちくしょう……!)
とはいえ、さっきのローズマリー性別問題よりいくらかマシだ。
自分が笑いの種にされる方が、ずっとずっと、マシだった。
一通り笑った後、オスカーは咳払いして話し始める。
『ところで、さぁ……あえて話変えるんだけど』
「ん?」
『ドラグゼンの奴ら、近日中に大きめの動きするっぽいよ、君が嫌いなブライア州で』
その話か、と思いつつ、ルーシオは手元の資料を見つつ答えた。
「ティスルの件だろ? 色々変だからクロウ狙いの罠なんじゃないかってラザラスに指摘はされたが、一応突入するつもりだ。
本当に罠ならダミー情報掴まされる気はするが、それならそれで、裏で動いてる案件に狙い定めて調べられるからな」
『ん、賢いね。おじさまは『良い子入荷するよ』としか言われてなくてさ。本命なのか罠なのか分かんないから、そこに関しては何も言えないのが申し訳ないんだけどさ』
ラザラスが例え罠でも行く意味はある、と言っていた理由は間違いなくこれだ。
このタイミングでダミー情報を掴まされるとすれば、高確率で泳がせるためのものだ。
しかも仮にクロウが犠牲になるような事態になったとすれば、「犠牲者を出してまで取ってきた情報なのだから」という根拠のない理由で泳がされる可能性も高いだろう。
(なるほどな。確かに一応、俺も“仮想敵”にはなれてんのか)
本当に罠ならという前提はあるが、心理戦を仕掛けられる程度には敵認定されているらしい。
ヤバいのの集まりとはいえ、全力で活躍してくれている追跡班にも感謝するべき案件だ。
そんなことを考えていると、オスカーが話しかけてきた。
『おじさまね、何とか国の重鎮たちとお友達になれたんだよね。だから“色々誘われる”くらいの地位にはなったから……なんか、情報掴んだら教えてよ。その裏で別件起きてたら、ピンポイントで伝えられるから』
オスカーの、お友達——その相手は、彼からすれば殺してやりたいほど憎い存在であるはずだ。
溢れそうな憎悪を完全に隠し、そんな存在と友好的な交流をし続けている彼の精神力には、敬意を示すしかない。
「……分かった。助かる」
『まあ、もちろんおじさまがダミー掴まされてる可能性もあるから、裏付けはきっちり取っといて欲しいけどね』
「それに関しては任せて欲しい。その手の仕事はきっちりするさ」
『うん、良い子。……あ、そうそう。これまた別件なんだけどさ』
「またか? どうした」
電話の向こうで、扉越しにオスカーを呼ぶ声がした。
(おいおい、夜の9時くらいだろ、あっちは。芸能人大変だな……)
スポーツの祭典の中継が終わり、晩御飯を挟んで休んでいる辺りの時間帯を選んだ。
しかしオスカーにとっては軽い休憩時間に過ぎなかったようで、もう次の仕事に行かなければならないようだ。
『ごめん、もう行かなきゃだから、これだけ』
電話の向こうでバタバタと準備をしている様子だ。本当に申し訳ないことをしたなと思いつつ、彼の返事を待つ。
『君らも大なり小なり頼ってるっぽいけど、“ルミナ医療財団”について、洗い出してみて。俺の考えすぎかもなんだけど、気になってんだわ』
「えっ、ルミナ……!? わ、分かった。仕事、頑張ってくれ!」
『うん、行ってくる! じゃあね!』
電話は、静かに途切れた。
部屋に残ったのは沈黙と、自分の心臓の音だけだった。
「……オスカーさん」
ぽつり、とルーシオは誰にも届かない声を、漏らす。
「俺は……あんたみたいな生き方ができる自信、ねぇよ」
心から、心の底から、尊敬する。
「強ぇよ。あんた。……悔しいくらいにな」




