59.ローズマリー-1
『……。強いね、君は』
「そうか? 俺は周りに恵まれただけだよ。ブライアから出奔した後に助けてくれる存在もいたし、今だってそうだ。疑われまくってたら流石に荒んだろうからな」
『ふふ、それもそっか。周りに恵まれるありがたさ……なんか、分かるなぁ』
「だろ?」
ルーシオは話しながら、ラザラスに渡された手書きの資料に目を落とす。
そして、ぼやくように口を開いた。
「そんなこんなで私情入れねぇように気をつけてるってのに、調査してたら半数以上ブライア州なんだよ。もう腹が立つを通り越して呆れるな。一応は国の防衛の要だってのに」
『ブライアは防衛どころか汚職の要だからねぇ。上手い具合に検挙されないように、ギリギリのライン立ち回ってるし……まあ、人身売買案件自体は他のとこでもチラホラあるっぽいけど』
「それこそ、空港目的でたまーにサイプレスもあるぜ? 倫理観無いことしてるくせに、堂々と利便性取ってんじゃねーよって思う」
『ああうん、知ってる知ってる。それこそ、数ヶ月前に潜入して爆破して帰ったろ?
見つけられなくてごめんって、潜入してくれた人に悪いことしたって、うちの親が言ってたよ』
その言葉を聞いて、ルーシオはぴしりと固まり……視線を、泳がせた。
「その、実を言うと爆破指示は出してなかったんだが……目を離した隙に、勝手にやりやがったみたいで……すまん……」
『あっはは、何かサポートメンバーに言うこと聞かないのが混ざってるっぽいことは分かったよぉ』
「本当に、申し訳ない……!」
——“サイプレス拠点無断爆破事件”は、潜入調査の翌日に発生した。
回収班が勝手にそんなことをするとは思えない。
つまりこれは確実に追跡班所属のサポーターだろうと判断し、初手で問い詰めたところ、早々にクロウを推している変態たちの仕業だと判明していた。
あの調査では、クロウが盛大にメンタルをやられて帰ってきた。
しかも同時に回収班全力放置事件が発生したせいで、クロウの状態が後方支援部隊にも透けてしまっていたのだろう。
だから正直、現場を物理的に爆破させたくなる気持ちは分からなくもない。
だが、奇行という名の推し活は本当にやめて欲しい。
(まあ、解体しにいく予定はあったから、爆破でも良いっちゃ良いんだが……)
サイプレス拠点は死体が山ほど出たため、証拠隠滅を兼ねて早々にどうにかする気ではいたが目立つので爆破以外の方法を考えていたところに……これである。
とはいえ、あの時は追跡班のメンバーより、何故かニュースなどでは一切取り上げられなかったことを腹立たしく感じた。
(……ん?)
そしてルーシオはふと、気づく。
「なあ、ドレイク家って俺らのこと知ってんのか?」
“潜入してくれた人”という言葉は、ある程度こちらの状況を把握していなければ出ない言葉だ。
問えば、オスカーは「ふふふ」と笑って話しだす。
『うちはフェンネル家の分家だからねぇ。流石に全部は知らされてなさげだけど、ドラグゼンと戦ってる小さな組織がいることは、把握してるみたい。
本家がかなり、を通り越してヤバいくらいに動いてるせいで逆に大っぴらには動けなくなってるんだけど、ドレイク家は君らの味方だよ』
「なるほどな、ありがたい話だ」
『まあ、ドラグゼンに関しては……26年前の件も、あるしね』
ふぅ、とオスカーは息を吐く。
『……。調べてないって言ったらしばくよ?』
「そんなヘマは流石にしねーよ」
そう返せば、オスカーは「だよねぇ」と溢した。
ルーシオは机の鍵を開け、バインダーにまとめた書類に手を伸ばす。
『……で、どう思った?』
書類に印字された文字を指で追いつつ、ルーシオは口を開いた。
「自殺偽装だと判断した。余計なもん見ちまったんだろうなって……つまり、その理由は口封じ。
ちょうど、このくらいの時期なんだよな、ドラグゼンがこの国を次の拠点にするために、ちょくちょく“手土産”持って来るようになったの」
『ふふ、そっかぁ』
電話の向こうで、オスカーが笑う。
間違いなく、いつものヘラヘラした笑い方ではない。隠しきれない悲壮感が、声から滲み出ていた。
ルーシオは言葉を選びつつ、口を開く。
「あんたは……嫁と娘を、一度に殺されてたんだな」
26年前の新聞記事には【元アイドルのデイジー・リズ、自殺か】と記載されていた。
デイジーは今でも定期的に音楽番組に取り上げられるような、俗に言う“トップアイドル”だった。
そんな事情もあり、当時、彼女の死はかなり大々的に報道されたようだ。
当初、人々は「ああ可哀想に、どうして」と思ったことだろう。
何なら、自死の真相を気にする人間も大勢いたはずだ。
……当初は。
彼女の死は、世間から一瞬で忘れ去られた。
その死の謎が後世に語り継がれるようなことは、なかった。
(世間はそういうもんってのは、それなりに理解してるつもりだったが……)
しかし、世間の状況とは裏腹に、この事件に関しては今もなお、これでもかと几帳面に隠してあった。
アイドル、それも引退した芸能人の自死。
言い方は悪いが、年月が経つにつれて粗雑な扱いになっていてもおかしくない。
それこそ彼女の立場を考えれば、俗に言う“暴露情報”が出ていてもおかしくないはずだ。
なのに、いまだに暴露情報が出ないどころか、何者かに握り潰された痕跡すら残っていなかった。
そしてルーシオは彼女が在籍していた事務所の情報を抜く作業をしていたはずが、気がつけば放送局。
それどころか、本来ならばあり得ない『政府機関』の情報まで抜きに行くことになった。
さまざまな場所で、ありとあらゆる情報を探れば探るほどに、真実は浮かび上がる。
自殺だと報じられた、デイジーの死。
——それはすべて、偽装されたものだった。
『……』
電話の向こうで、オスカーの笑みが消えたことが、何となく分かった。
分かって、しまった。
『……。正確に言えば、ね。事実婚未満の彼女と、産まれてすらない胎児だよ』
オスカーは己の感情を隠し、淡々と事実を告げる。
しかしルーシオにはそれが、どうしても許せなかった。
「ッ、うるさい、そんなことは当然分かってる。俺がその言い方をしたくなかっただけだ」
浮かび上がった真実と共に分かったのは、デイジーとオスカーの関係性。
そしてデイジーが当時、妊娠していたことだった。
確かに彼らの関係性は事実婚に近い何かだった。
だが、それも無理はない。
当時のオスカーは俳優ではなく、彼もまたトップアイドルだったからだ。
アイドルらしくするためか、はたまた貴族であるドレイク家との繋がりを隠すためか。
オスカーは髪色も目の色も煌びやかなものに変えていた上に、芸名という名の通名まで使っていたのだ。
ゆえに、当時の情報を追おうにも相当に深い場所まで漁らなければ、情報が出なかった。
しかもコンピュータが今よりも普及していない時期の話だ。
乱雑に保管されたスキャンデータの類が無ければ、流石にここまでは情報を拾えなかったかもしれない。
つまり“今”を追う追跡班がオスカーの素性をまるで掴めなかったのは当然のことだ。
むしろ実年齢と本名を引き出してきただけ天才的な働きだと思う。
一方のデイジーも20歳になると同時に引退したとはいえ、彼女は「引退したから」で片づけられるレベルの存在ではなかった。
今でも音楽番組で引退当時の映像を流されるほどに愛らしく、美しく、まるでアイドルのお手本のような存在だった。
彼らの関係性を公表することは事務所にとってはマイナスにしかならなかったのだろう。
しかし、それでもオスカーが20歳になる節目のタイミングで彼らは関係性を公表し、正式に籍を入れる予定だったらしい。
それはオスカーがデイジーの夫として、そしてまだ生まれていない娘の父親としての筋を通すために、必死に事務所を説得した末に実現した結果だったようだ。
「……」
そして、ルーシオは知っている。
デイジーが殺されたのは——オスカーの誕生日の、1週間前だった。
ふふ、とオスカーは弱々しい笑い声を上げる。
『ありがとね。デイジーのこともだけど、“ローズマリー”のことを娘だって言ってくれるの、嬉しいよ。
胎児は人として扱われないことも多いからさぁ』
「法的な話だろ? 俺からすれば、そんなもん関係ねぇよ。
……娘さん、ローズマリーって名前だったんだな」
『はは、これが“フェリシア”はまだ男の子でもギリギリ許されるかなって思った根拠だよぉ』
「めちゃくちゃ分かりやすい根拠だとは、思う」
『でしょ? おじさまもやってたもん。ていうか、産まれる前に子どもに名前つけてたら、お腹に語りかけるのは大なり小なりみんなやっちゃうと思うよ。フェリシアくんのご両親の気持ち、痛いくらい分かったもん』
確かに男性でローズマリーはなかなかに厳しいかもしれない。
厳しいかも、しれないが。
『笑ってよ。……笑い話だよ』
「ッ、笑えるわけねぇだろ……!」
オスカーとしては、空気が重くなりすぎるのを防ぎたかったのだろう。
そして自分自身を“間抜けな父親”に見せることで、家族に捨てられたも同然なルーシオの気持ちを気遣う意図も、あったのかもしれない。
だからと言って、無理矢理に笑わせようとするのは、やめて欲しかった。
こんな話を笑い話になんて、して欲しくはなかった。
(娘でも息子でも、どちらでも。絶対にどちらでも良かっただろ、あんたは……!)
オスカーにとっては子どもの性別なんて、どうでも良かったはずだ。
仮にローズマリーが男だったとすれば、彼は苦笑いしつつも妻と一緒に、嬉しそうに違う名前を考えていたに違いない。
そんな姿が、容易に。
残酷なほどに、想像できる。
想像、できてしまう。
『ごめんね』
「……」
ルーシオ自身は、生まれたことを祝福されなかった。
それどころか疎まれ、存在しない者とされた。
だからこそ祝福された命の尊さが分かるし、幸せになって欲しいと強く願ってしまう——その願いは、両親から『幸せ』という名を贈られた弟分に対しても向いていた。
ゆえに現在のオスカーの気持ちも、ある程度は理解できてしまう。
(どこからどう見たって、名前の由来とは程遠い姿を見れば……しかも、娘さんと同い年ってことを知っちまえば……そりゃ、気にもなるだろうよ……)
彼の最愛の娘であるローズマリーが生きていれば、クロウと同い年だった。
そして何故かオスカーは、クロウの両親がつい“フェリシア”と呼んでしまっていたことを把握していた
それならば、
(偽名じゃなくて、本名でもなくて。あいつの親が呼んでた名前で……あいつの実の両親が、
クロウを愛していたことを証明する名前で呼んでやりたいって、思うだろ。そう思うに……決まってんだろ)
理由は、分からない。
だがオスカーはきっと、クロウの両親が我が子を庇うように死亡したことも知っているに違いない。
そうだとすれば、会えなかった我が子の存在をクロウに投影してしまうのも、彼の両親の気持ちを考えてしまうのも、当然の心理だと思う。
ルーシオに子どもはいない。
家族というものも、よく分からない。
だが、それでも辛さが想像できてしまう。
——だとすれば、当事者であるオスカーが抱えているものは『こんなもの』では済まされないはずだ。
ルーシオは分からないからこそ、理解していた。
この話は本来、“笑い話”になど、なり得るはずがないのだと。
(そんなの、あんたが一番分かってんだろうが……!)
だからこそ……二重の意味で、笑えない。
笑いたく、なかった。




