その名は甲概
王導は表情を変えずに、足音を立てながら部屋に入っていく。おれも一歩遅れてそのあとを追った。
長いカーペットの上を進むと、ある一線を越えてから、進むことが難しくなる。
強風のような、あるいはとても強い負荷。
前に見える人影より5メートルの範囲で、吹き荒ぶような魔法の嵐。
魔法に詳しくないおれでもわかる。この圧迫感は、彼が放っている魔法だと。
「甲概、悪い癖だな、そうやって人を試すのは」
「そんな怖い顔しないでってば!ちょっとした遊びだよ、遊び!」
甲概と呼ばれたその人は、ぱっと手を上げて見せる。それと同時に、ひどい圧迫感を引き起こしていた魔法は解除された。
「王導さん、これは…」
「魔術士程度の実力がある者なら、誰でも使える威圧魔法だ。普通は自分から半径2メートルほどの円に相手を近寄らせない魔法だが、こいつ…甲概の魔法範囲は5メートル。つまり、こいつは化け物だってことだ…」
「おいおい酷いなぁ王導くん!化け物呼ばわりはさすがのオレも傷つくって!」
「黙れ」
王導は心底嫌そうに顔を背ける。
威圧魔法。そんなものがあるのか。常人が2メートル、甲概が5メートルと言うと、さほど規格外ではないように思えるが、王導が言うのなら甲概はすごい人なんだろう。
甲概は考えに耽るおれを見つめると、人好きのしそうな笑顔を向ける。
「興童くんは王導くんの息子なんでしょ?じゃあ、父上って呼ばなきゃ」
「おい、興童は複雑な身の上、それに今は…」
「父上?」
甲概の言うことも道理だと、その呼び名を発してみると、王導は崩れ落ちた。
あまりに一瞬、考える暇もなく膝をついた王導に、駆け寄る。
「どうしたんですか、王導さん…!?」
「初めて、父と呼ばれた…!」
王導は、なおも膝をつきながら切れ長の目を潤ませている。
おれが心からの困惑をしていると、甲概はケラケラと笑った。
「興童くん、君は随分と寵愛を受けているようだねぇ。あの王導くんが父と呼ばれただけでこんなふうになっちゃうなんて。」
随分愉快そうな笑い声を上げた甲概であったが、おれは即座に悟った。
これは、偽りの笑顔である。
なぜそのようなことを思ったかわからないが、この違和感は重要だと、直感で分かった。




