カトレーゼ戦
「興童、まさか勝つとは…。いや、父代わりとして、ここは素直に喜ぶべきだな。おめでとう」
受験者の家族でぎゅうぎゅうの控室には、王導が窮屈そうに座っていた。
王導は困ったように笑いながら、おれの頭を撫でようとして途中で止めた。
昔の興童と王導はどんな関係性だったのだろうか。少なくとも、本物の親子のようだったとは言えないだろう。
「おれが勝ったという割には、表情が沈んでますけど…?」
王導は俯きがちだった顔を上げた。相変わらず、笑顔の奥に引っ掛かるような感情を隠して。
「…これから勝ち進もうとしているお前の戦意を削ぎたいわけではない。それを念頭に置いて聞いてくれないか」
王導は丁寧に前置きをしたあと、ゆっくりと話し始める。
「次の対戦相手であるカトレーゼ・エウロペア殿は…エウルペ連邦の王族。今の国王の第三王女だ。」
「王族!?」
大声を出してしまったおれに視線が集まる。王導はそれを制して、話を続けた。
「お前が驚くのも無理はない。ただ、エウルペ連邦の国王は寛大でな。万が一お前が勝っても、国際問題になったり責められたりすることはない。」
その言葉に安堵するも、まだ疑問は残る。王導はおれにプレッシャーをかけるためにこの事実を明かしたのではない。なら、『戦意を削ぐ』事実というのはなんだろう。
「カトレーゼさんはどんな人なんですか?」
王導は短く唸って、おれと視線を合わせた。
「…そうだな、対戦相手の命を奪うことも気にせず、一発で決めるような…急所を狙うような戦い方をする女性だ」
流石のおれも今度はひっくり返った。視線がまたおれに集中する。
「命って…おれ、死ぬんですか!?」
王導は慌てて首を振る。王導の顔にも焦りが滲み出ている。
「いや、正確にはカトレーゼ殿は人を殺したことがない。先ほどの彼女の試合を見ていた私の主観だ。彼女の対戦相手は再起不能にはなったが、一命を取り留めているらしい。」
たしかに、控室を見回してみれば、一組の泣いている老夫婦が見える。おそらく彼らが再起不能になった受験者の両親なのだろう。
「…でも、試験で人を殺すのはナシですよね?心臓とか狙ったらアウトなんじゃ…」
「ああ、その認識は間違っていない。だが…現国王の娘だということで、主催側も厳しい対応を躊躇っている…というのが現状だ。」
おれががっくりと膝を落とすと、王導は自分まで緊張しているような面持ちで言った。
「とにかく、次の戦いは生き残ることだけを考えろ。勝敗は二の次だ。命がなければ、私たちの夢すらも叶えられないからな。」
王導の言葉に頷いて、おれは再度会場へと歩み始めた。
正面には新雪のような、真っ白な肌をした少女。彼女がかのカトレーゼ・エウロペアだ。
カトレーゼは微笑みを崩さず、こちらを見ている…ように見えるが目は合わない。おそらく彼女は、おれの心臓がある左胸を見ている。
その視線に僅かな恐怖を抱きながら、小刀をぎゅっと握りしめる。前の試験ではこれがあったから勝てた。しかし、今回は命すら危ういかもしれない。どくどくと鳴る心臓。腹の傷が疼くように痛んだ。いつの間にかかいていた冷や汗を悟られないように、服の襟で拭いた。
「合同魔術試験、四回戦が始まります。エウルペ連邦は、魔術特待生のカトレーゼ・エウロペア氏。エウルペ連邦現国王・カルスト殿下の第三王女であり─」
さっきよりも聞き慣れたアナウンス。意外なことに、カトレーゼはあまり大会に出ていないらしい。しかし、学生実戦大会という模擬試験で1位を獲得しているようだ。
「対するはオールト共和国一般枠の、興童氏です。」
対するおれの紹介はまた名前以外なし。エテーリャに勝ったのだから、もう少しかさ増ししてもいいとは思うが。
「両者、魔法充填ー10、9、8…」
魔法充填。王導に聞き忘れたが、自分なりに解釈するならこれは…魔力を自分の体に馴染ませる時間だろう。いきなり魔力を戦いに使うともなれば、大変な労力がいる。10秒間完全に静止して集中できる時間があるのなら、試験の開幕と同時に動ける。全く理に適った開戦合図だ。
おれの魔法属性が火だからか、全身が熱くなっていく。それとも、これは会場の熱狂に浮かされているだけか。
「3.2.1…開始!」
開始の合図とともに、あらかじめおれの魔力を馴染ませておいた小刀を取り出す。しかし作戦は皆無。相手の出方を伺ってから動くことしかできない。
注意深くカトレーゼを観察していると、彼女はひどく冷たい笑みを浮かべた。視線が合った瞬間、旋風が起きた。気づけばカトレーゼはおれの後ろに立っていた。
心臓を狙うのに躊躇がない。王導の言っていたことは正しかった。あのエテーリャでさえ、急所は避けていたのに。
「もらいますわ」
しんしんと降る雪のように、静かで温度がない声。しかし、王導の忠告を思い出す。とにかく死ぬな、と。心臓が恐怖から騒がしく鳴るが、そんなことは気にしてはいけない。
「危ないな!!」
炎をそこらに撒いて目くらませをして、緊急離脱。相手との距離は8メートル。もう少し離すべきだろうが、まだ相手の魔法属性すらわかっていない今、相手の動きを見逃さないでおきたい。
カトレーゼは指の先から水を出した…と同時に、それが凍って氷柱を形成し始める。8本、いや、9本の氷柱を、おれのほうに飛ばしてきた。つまり彼女は水属性だ。
そのどれもを足がもつれそうになりながらも避けると、カトレーゼは凍りついた笑みを浮かべた。
「あら。逃げ足の速いこと。」
10本目の氷柱を手にして、最高速度で近づいてくる。炎を威嚇のように撒くと、それを踏み越えるようにしておれへの距離を縮めた。
正面から左胸目掛けて氷柱を翳す。おれは最大火力でそれを溶かすと、今度は目眩しもせずに一直線に逃げていく。
ほう、とカトレーゼは息を漏らして、一度呼吸を整えた。
もう一度距離を詰めてくるが、今度は読めた。右から来る。
左へ避けようとした瞬間、彼女がおれの手を掴んだ。
「なっ…冷た!?」
掴まれた手からは、氷点下を大きく越えた温度が伝わってくる。お互いの手が凍ってしまったのか、離すことができない。
しかしおれの属性は火だ。氷を溶かそうとするが、この火力では溶かせない。
氷はどこまでも頑丈で、これを溶かそうとするならば、おれと相手の手をどちらも焼き尽くすほどの火力がないとダメだろう。
「お命、もらいますわ」
先ほどよりもいくらか興奮を滲ませた声でカトレーゼが呟く。
おれの心臓を狙っている。鋭い氷柱が、おれを貫こうとしたその時。
「刀っていうのはな、盾にもなれるんだぜ!」
誰かの声。おれのような、おれでないような。
そうだ、前の試験でもこんなことが起こった。過去の記憶。おれでない"俺"が編み出した、理想や夢。
「何を言っているんだ、興童。刀は刀だろう。あまりふざけた使い方をしていると、ご先祖殿に怒られてしまうぞ?」
「ご先祖様は怒んねえって!むしろ俺が新しい使い方を編み出したー!って、感謝するんじゃねえの?」
「はあ。それで、今度はどんな突拍子もない発想をしたんだ?」
「本当はやられる前にやったほうがいいんだけどな…マジで俺がピンチになった時、刀が変形してくれるんだ、ほら、同じ鉄だろ?」
「そんなわけないだろう…」
「名付けて流転盾術!いいだろ!」
呆れた王導の顔とともに、意識は戻っていく。背中には氷の刃。なら、おれがすることは。
生き残ることだ。
「幻想魔術、流転盾術!」
叫ぶと同時に、小刀を業火が焼き尽くしていく。その勢いにカトレーゼが一瞬目を閉じて、目を開けた時には。
小刀の周りに、盾のように炎が巻き付いていた。
「っ…炎の強度が!強すぎますわ…!これでは、届きません…!」
初めてカトレーゼが感情を露わにする。焦りと怒りが混ざったような、必死の表情。
それを見たおれの心には、どこにも恐怖はなかった。
「これで終いだ、ドラゴンソード!!」
炎が再度変形する。竜の形を取ったそれは、カトレーゼを氷柱ごと飲み込んでいった。カトレーゼがその瞬間に見せた顔は、炎の暑さに浮かされたのか紅潮していた。
それと同時に、おれも勝利を確信したまま…目が眩む。視界が暗転した。
清潔な白い壁。消毒液の匂い。
「ん…あれ?」
ばたばた、とおれに駆け寄る足音があった。
「興童、起きたのか!?体は大丈夫か、痛いところは!」
おれの視界にまず映ったのは、見たことのない形相をした王導。
そして、薄ら笑いを浮かべたカトレーゼだった。
「っ…もしかして!おれ、負けたのか…!?」
その悲痛な問いに、カトレーゼが音頭を感じさせない笑顔で応える。
「いいえ、私の負けでしてよ。私の方が先に倒れてしまいましたからね。」
「そ、そうか…」
ほっと安堵の息をつくと、王導がずい、と距離を詰めてきた。
「あんなに私は忠告したのに、なぜお前は倒れてるんだ!いや、なぜというのはわかるのだが…魔力の使いすぎで倒れるなど…本当に心配したんだ、無茶は程々にしてくれ」
王導によると、おれは幻想魔術の使いすぎ…つまり、応用魔術を使いすぎたせいで、魔力を使い果たして倒れたらしい。たしかに、ドラゴンソードもついでのように使ってしまったから、当然と言えば当然だろう。しかし試合の判定としては、先にカトレーゼに膝をつかせたおれの勝ちだと。
「それで…カトレーゼはなんでいるんだ?」
王導がぎょっとした顔をする。カトレーゼはおれたちの様子を見ると、口を抑えて上品に笑った。
「第三王女に敬称もつけないなんて…大胆なお方ですわね。そういうところも気に入りましたわ」
王導がさらに目を見開いて、おれのほうを見る。おれも何が何だかわからない。あの冷たい目をしていた彼女が、まるで愛しそうにおれを見るから。
「あなた、我がエウロペア家に婿に来る気はなくって?」
王導はおれに渡そうとしていたリンゴジュースを勢い余って潰した。おれも食べていたリンゴを喉に詰まらせてむせた。
「この試験が終わるまでに…考えておいてくださいませ?」
そうして雪のような…いや、嵐のような少女は去っていった。




