はじまり
腹が、熱い。
燃えるような痛みはやがて鈍くなり、痺れる手先の感覚すら薄れていく。
熱源の臍の上からはどくどくと音を立てるように血が溢れ出し、止める術を知らない。
朦朧とする意識の中で、めくるめく記憶が廻る。
17年分の命を詰め込んだおれの走馬灯は随分つまらないものだ。そう思った。
小鳥が、窓の向こうで鳴いている。
腹の痛みをぼんやりと感じながら、体を起こす。
引き攣るように目を開けると、目の前にいた知らない人が、大声を出した。
「興童様が起き上がったぞ!」
きょうどう、さま?知らない名前だ。そんな人は身内にいないし、おれの名前ももちろん違う。おれの名前はー
おれの、名前は。
嘘だ。思い出せない。思い出すことを体が拒んでいる。おれには、たしかに名前があったはずなのに。
自分の意思と相反する体を見てみると、腹には包帯、臍の上に血染みの跡、そして、白雪ように白い肌。
腹の傷には見覚えがある。意識を失う前、凶悪犯から逃げきれずつけられた傷だ。だがこの真っ白な肌はどうだ。おれはこんなに色白だったか?
ふと、柔らかい掛け布団の下でもぞもぞと影が動いた。
おそるおそる布団を捲ると、ふてぶてしそうな猫がゴロゴロと目を細めていた。
猫のオッドアイをつい覗き込むと、その瞳におれの姿がうつる。
白髪に白い肌。顔立ちこそは目覚める前と変わっていないが、決定的な相違点がひとつ。
思い出す限りのおれが持っていた白目と黒目は、反転していた。




