森の果て、孤独と希望
第一部:転生と出会い
夕暮れ時のアスファルトの匂いは、もうどこにもなかった。代わりに鼻腔をくすぐるのは、湿った土と、見慣れない植物の青い香り。桜井結衣は、一歩足を踏み出すたびに、足元の土がふかふかと沈む感触を確かめていた。着ているのは見慣れない、生成りのシンプルなワンピース。ポケットをまさぐっても、スマホも財布もない。頼れるものは、自分自身の五感だけだった。
「……お腹、すいたな」
空腹が、現実を突きつけてくる。元の世界なら、コンビニに行けばすぐに満たせるはずの欲求が、ここでは命に関わる問題だった。結衣は、森の中に食べられるものはないかと、恐る恐る周りを見渡す。そこには、赤や紫に輝く、まるで宝石のような実がなっている木や、鱗のような葉を持つ奇妙な植物ばかり。どれもこれも、図鑑で見たことのないものばかりで、毒があるかもしれないと考えると、安易に手を出すことはできなかった。
夜になると、森は得体の知れない気配に満ちていった。遠くで聞こえる獣の咆哮。頭上を通り過ぎる、巨大な影。結衣は、恐怖に身を震わせながら、身を隠す場所を探した。大きな木の根元に身を潜め、膝を抱える。涙がこぼれそうになるのを、必死にこらえた。誰かが自分を見つけてくれるかもしれない。そう信じて、ただひたすら朝を待った。