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運命の交差



アスファルトの匂い、夕焼けのオレンジ色。桜井結衣の日常は、どこにでもある退屈な高校生活だった。特に目立った特技があるわけでもなく、人より優れた容姿を持っているわけでもない。ただ、少しだけ他人を放っておけない、そんなごく普通の16歳だ。

その日もいつもと同じ帰り道だった。ヘッドフォンから流れるお気に入りの音楽に身を任せ、スマホを眺めながら歩いていると、ふと、視界の隅に小さな影が映った。子猫だ。子猫は車道の真ん中で、怯えるように身を縮めている。


「あら、こんなところに」


アルメリア王国の広大な森に、闇が忍び寄っていた。プラチナブロンドの髪を持つ第一王子、セドリック・エドワード・フォン・アルメリアは、愛馬を駆り、激しく追手から逃れていた。王族としての威厳を保つため、普段は決して乱すことのない顔に、焦りと怒りが浮かんでいる。


「殿下、お急ぎください!」


護衛騎士のアルベールが叫ぶ。彼の背中には、数本の矢が突き刺さっていた。セドリックの父である国王の弟、ヘルムート大公が放った刺客だった。彼らは、セドリックの命を奪い、王位を乗っ取ることを画策していた。


「くそっ……!」


セドリックは、迫りくる刺客の気配を感じながら、さらに深く森の中へと馬を走らせた。

結衣は、子猫が車が行き交う音に怯え、身動きが取れないでいることに気づいた。ちょうどそのとき、信号が変わり、一台のトラックが猛スピードで交差点に進入してくる。子猫は恐怖で目を閉じ、小さな体を震わせている。


「ダメだよ、危ない!」


考えるよりも先に、結衣の体が動いた。彼女は手に持っていたスマホを放り投げ、トラックの前に飛び出した。子猫を抱きかかえ、道路の端へと押しやる。子猫は無事に、車道から離れた安全な場所に転がった。

安堵の息を漏らした結衣の耳に、けたたましいタイヤのスキール音が響く。目の前に迫る巨大なトラックの影、悲鳴を上げる運転手の声、そして、地面に叩きつけられる自分の体。痛い、という感覚はなかった。ただ、全身から力が抜けていくような、不思議な浮遊感に包まれた。

セドリックの馬は、ついに力尽きてしまった。彼は馬から降り、最後の力を振り絞って森の奥へと足を踏み出す。しかし、背後からは追手の足音が迫っていた。


「殿下、もう逃げられませんよ」


刺客の一人が、嘲笑うように声をかける。セドリックは剣を構えるが、深手を負った体は思うように動かない。彼は絶望的な状況を悟り、最後の時を覚悟した。その時、彼の視界が揺らぎ、意識が遠のいていく。彼は、薄れゆく意識の中で、父や母、そして弟の顔を思い浮かべ、静かに目を閉じた。

次に意識が戻ったとき、結衣は全く違う場所に立っていた。

そこは、見慣れない木々が生い茂る森の中だった。耳に届くのは、鳥のさえずりと、風が木々を揺らす音。空は、日本のそれとは違う、深く澄んだ青色に輝いていた。手にはスマホもなく、制服も知らない服に変わっていた。混乱と不安に襲われながら、彼女は自分がもう、元の世界にはいないことを悟った。

その時、彼女の足元に、かすかに震える小さな体が横たわっているのを見つけた。それは、見たこともない銀色の毛を持つ子鹿だった。腹部から血を流し、息も絶え絶えに苦しんでいる。


「かわいそうに……」


結衣は、反射的に子鹿に手を伸ばした。その瞬間、彼女の手から、まるで淡い光の粒子が溢れ出すように、不思議な光が放たれた。光は子鹿の傷を優しく包み込み、傷口はみるみるうちに塞がっていく。

やがて光が消えると、子鹿は元気に立ち上がり、結衣の手に頭をこすりつけてから、森の奥へと駆け去っていった。


「な、なにこれ……?」


自分の手に残る温かい感覚に、結衣は不思議な思いを抱いた。この不思議な力が、この世界で生きていくための、唯一の希望なのかもしれないと。

そして、彼女は気づいていなかった。その森の、さらに奥深くで、瀕死の王子が、彼女の奇跡を待っていることを


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