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4 舞踏会へ?

 *


 ご主人様との魔法練習は、毎日続いた。正直、ご主人様の言ってることは難しくて、良く分からないことが多いけれど。それでも。楽しい。


 重要なのは、望むこと。

 より良い現実。望んだ世界。


「現実などというものは、誰かの諦観、諦めた理想、諦めた希望の残骸に過ぎない。いいか。アリス。そんなものは、打ち砕け。破壊しろ。焼き尽くし、溶かしてしまえ。全ての理想を薪として、退屈な現実を焼き払え。難しく考える必要はない。お前は薪だ。私が選んだ。我が炎を宿す、最後の薪。最後の輝き」


 暗闇よりも明るい方がいい。だから、火を灯す。

 寒いよりは、暖かい方がいい。だから、火を灯す。


 意識を集中させる。薄暗い部屋。目の前にある赤い蝋燭。

 ご主人様が、魔法の練習用に買ってくれたもの。

 これを、何の火種も使わずに、明かりを灯すのが、今の練習。

 出来るわけがない。なんて、思ってはいけない。

 出来る。そう信じることだけが、肝要なのだという。

 信じる。うん。それに何の困難があるだろう。

 ご主人様が、そうしろと言ったのだから。何を疑うことがあるだろう。


「……あっ!」


 ついた。陶器が砕けるような音と一緒に。蝋燭に火が燃え上がる。

 薄暗い闇を、蝋燭の火が照らす。


「……本当に、使えた!」


 魔法。世界を書き換える力。


「私にも、使えた……」


「よくやった」

 

 ご主人様が、頭を撫でてくれる。

 魔法。世界をより良くする力。もっと、もっと練習したら。色々なことが出来るようになるのだろうか。ご主人様の役に立てる? 誰かを助けたり、することも? 病気の人を治したり。怪我を治したり。


「出来るとも。火の象徴はあらゆる善の源なれば」


 *


 ──その御身に宿る焦熱を貴方は自覚しなければならない。

 ──我が兄。神々の長兄。猛きもの。光輝なるものよ。

 ──風を温め、大地を温め、海を温めるもの。四大を統べるものよ。

 ──蒼穹にただ一人立つものよ。

 ──人は弱く、貴方の愛に報いることは出来ない。

 ──誰もが、貴方の前に膝を折る。身を倒す.。貴方は炎熱の化身。

 ──誰も、貴方に寄り添うことは出来ない。

 ──貴方は全てを照らし。けれど、その光輝故に、誰も貴方を直視できない。

 ──貴方の暗条でさえも。人々は知ることが出来ない。

 ──それでも。貴方が人を愛するのであれば。貴方はその炎を封じなければならない。


 *

 

 ある、冬の日のこと。

 早朝からご主人様は、ピシッとした仕立ての良い礼服に身を包んで、王宮に出向いていった。なんでも、王太子直々に呼び出されたらしく、流石のご主人様も無碍には出来ないと、面倒くさそうに語っていた。


 私は一人寂しく、魔法の練習。

 今は蝋燭に火を付けるだけじゃなくて、もっと色々なことが出来るようになった。

 ご主人様が買ってくれた教本を読みながら、色々な魔法を試してみるのが、最近の日課だった。

 ご主人様は、そもそも、魔法などという呼び名と区分自体が、くだらないと言っていたけれど。それでも、何かを学ぶという点においては、その方が分かりやすくて、ありがたい。


 例えば、物体に火を付ける魔法には『イグニス』という名前が付いている。

 本当は名前なんてなくても、魔法を発動させることは出来るけど。名前を付けて、それを呼ぶことで、意識を簡単に集中させて思考を切り替えることが出来る。それに、名前を付けることで、あやふやな魔法の効果を確固なものとして確立させることも出来る。だから、魔法に名前を付けて区分分けすることで、魔法の成功率を上げることが出来る、らしい。


「『テンペラ・イグニス』」

 

 火よ、混ざれ。

 ご主人様が言っていた。火は大気を取り込むことで、強く大きくなると。

 だから、火を大気に混ぜ合わせるイメージで魔法を唱える。

 大きく、広がっていくイメージで──


「あ……あわわ……っ!」


 魔法は、成功した。ご主人様が中庭に用意してくれた、魔法練習用の的は瞬時に燃え盛る炎に呑み込まれて。けれど、私の想像以上に大きく吹き上がった炎が、消えてくれない。地面に燃え移って、広がっていく。


「ど、どうしよ……っ……水、水の魔法は……『ハウリレ・アクア』!」


 何も起こらない。私は、水の魔法は、苦手なんだ。

 水は、冷たくて。それに。重くて、怖いから。

 どうしよう。急いで、消さないと。でも、どうやって? ご主人様──


「『スティン・イグニス』」


 不意に。背後から良く響く声が聞こえて。次の瞬間には、目の前の炎は、最初から存在していなかったかのように、消えていた。


「そんなに慌てなくても。この屋敷は防火の魔法が施されている。火を扱うときは、常に冷静であれと、教えた筈だぞ、アリス」


「あ……ご主人様! 帰ってたんですね!」


「今、帰った。『スティン』は消去の魔法だ。覚えておくといい」


 ご主人様はすたすたと、私の横を通り抜けて、屋敷の中へ入っていく。

 急いで後を追って、ご主人様の羽織っていたコートを受け取る。


「助かる」


「はい! ……ところで、夜に舞踏会があると言ってませんでしたか? まだ、夕暮れ前ですけど……」


「……。ああ、そのことだが。お前も来い、アリス」


「え?」


 舞踏会。それも、宮廷で行われるような最上級の舞踏会。


「冗談、ですよね?」


「冗談は私の領分ではないな。それは、月の領分だ」


 ご主人様が指を鳴らすと、眩い光が部屋の中を満たした。思わず、強く目を瞑る。


「きゃっ……」


「目を開けろ。そして、さっさと着替えてくれ。……ああいや。そうか。一人では無理か。暫し、待て」


 目を開けると、ご主人様の姿はなくて、代わりに、明らかに先程まではなかった、大きなワードローブが不自然に、存在していた。居間のテーブル、その真横に。


 私はご主人様から受け取ったコートをスタンドに掛けて、ワードローブを開けてみる。


「わぁ……」


 沢山の色とりどりのドレス。フリルが沢山付いている可愛らしいものから、どこか大人な印象のものまで。本当に沢山。私は、あんまり、高貴な人の衣装には詳しくないけれど。市場の古着屋だったり、道行く人々から、大体の流行を追うことは出来る。平民はいつだって、貴族の流行を真似したがるものだから。


 多分。どれも流行を意識したものばかりだった。ご主人様が、選んだのだろうか。

 もしかすると。私の為に? 自惚れ?


「待たせた。……なんだ、先に開けていたのか。どうだ、気に入ったのはあったか?」


 背後から声が聞こえて、振り返る。ご主人様。……と。


「……どちら様、ですか?」


 真っ黒なドレスを纏った女性が、ご主人様に並び立っていた。


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