Episode1 -9-
―月曜日―
マッドの言う通り、冷子は甘くはなかった。昨夜、愁は電話で田中に呼び出され、マッドと共に現場へ向かった。当初、プロファイラーとして呼ばれたのかと思っていたら、捜査員としてだった。
呼び出された事件は、松本淳が犯した事件とは全くの別物。松本の方は池上と山下が先に大阪へ向かい、それを追う様に桜井と吉沢、他の捜査員達が夕方東京を発った。田中は自分が行けないのを不満に思っており、それが態度や表情に出ていた。彼はその事を隠す努力もしていなかった。
呼び出された事件は、現場に到着してから5時間後に解決した。犯人が近くの交番に出頭したのだ。
当初、強盗殺人事件と思われた事件は、蓋を開けてみれば借金を催促された被害者の親戚が殺害に及んだというものだった。被害者は43歳の会社経営者、加害者は50歳の工場経営者。被害者はナイフで刺され、犯人は自首時、その血の付着したナイフを持っていた。そのナイフは被害者宅から無くなっていた果物ナイフで、計画性はなかったものと推測された。
時間が時間だっただけに、犯人を搬送し、指紋の確認を取って朝を迎えた。犯人、東の所持していたナイフは被害者前川の妻により、自宅のナイフであると確認された。付いていた指紋も東のものと一致。ナイフの血は前川の血液型と一致。DNAは調べ中。前川の妻は東が自首をしてきたと聞いても驚かなかった。両者は東の借金の事で散々揉めていた様だ。
「解決ですね」椅子にドサッと身体を投げ出して、田中は疲れ切った表情を見せた。スーツのポケットから煙草を取り出し、1本咥え、火を点ける。
「えぇ」愁は田中が部屋に入って来るまで見ていたファイルを閉じ、灰の掛からない場所へと置いた。
「何です?」
「大阪の事件のファイルですよ」
田中はきょとんとした表情を見せた。彼の魅力的な大きな目の下には、薄いクマが出来ていた。「大阪の?どうしてです?」
「この事件の何が、どうして、松本の心を惹きつけて離さないのかと思いまして」
背もたれに寄り掛かり、煙草を持つ手以外の力を抜き、田中は頭だけを働かせる。「うーん、実家に行って奴の部屋を見た時、俺が感じたのは崇拝ですかね。パソコンの中に残っていたデーターとか記事とか。すごく大事に扱っているって感じがして」
「崇拝、ですか」
「えぇ。まるで神聖な物の様に」
「なるほど」愁は小さく頷いた。
うーん、と唸って、田中は煙を吐き出した。「はぁ」溜め息も吐き出す。彼は苦笑すると言った。「すいません、いまいち頭が働かなくって」
「眠れていますか?」田中の目元にあるクマが十分な休養を取れて居ない事を物語っていたが、愁は一応尋ねてみる。
「えぇ、そこそこは。でもベットではないのでなかなか疲れが取れないんですよね。ここにもソファーか何か置いてもらった方が良いですよ」肩を揉みながら、田中が溜め息混じりに言った。その疲労した顔には説得力があった。
愁はデスクの下を指差した。「寝袋を持ってきました」
「はぁ?」
「後、ロッカーに入るだけの着替えを」愁はにっこりと微笑んだ。「出来れば使用したくはないですけどね」家に帰れない事態はイコール、捜査が難航している事を示す。それに犯罪が―この場合は人が死んだという事実―行われている事も、犯人が捕まって居ない事も。
「本当ですね」
だが、今日早速使う事になりそうだった。朝の5時。東の取調べが開始されるのは、昼食後からになっていた。家に帰って眠るより、ここで眠った方がはるかに効率が良い。大阪に行っている同僚の事もあり、田中も帰宅する意志はなさそうだった。
「ま、でも松本淳が捕まれば少しは落ち着くと思います」短くなった煙草を揉み消し、田中は大きく身体を伸ばした。
「えぇ」
「じゃ、俺、あっちで仮眠取ってきます。何かあれば起こして下さい」
「はい」
田中はふらつく足取りで、部屋を出て行った。
愁は大阪のファイルをデスクの上に広げ、パソコンを立ち上げた。パソコンが唸る様な音を上げる以外、部屋も警視庁のビルも静寂に包まれていた。
見損なったままのニュース。松本淳の写真、年齢、身体的特徴がトップニュースだった。松本の写真の横には、彼が殺害した2人の被害者の写真が載っていた。
2人目の被害者のジーンズの内側に残っていた精液のDNAが、松本のアパートにあったDNAと一致。目撃者の数名の意見も松本が被害者のアパートの周辺をうろついていた男である、と一致していた。
大阪の事件の犯人の家族や墓には、私服警官が付き、パトロールを強化する事になっていた。何かがある、とは誰一人思っていなかったが、念の為の措置だった。後は引っ切り無しに掛かってくる目撃情報の真偽を見抜き、正しい方向へと行けば松本は捕まるだろうと思われた。世間の目がこの事件に向いている今がチャンスだ。これを逃せば情報の数が減る。
崇拝、神聖な物、取り憑かれた男。行くなら何処へ行く?犯人の親か?妻?墓?事件現場?自分なら・・・?愁はそこまで考えて、思わず「あっ」と声を上げた。昨日の夜、自分がマッドに言った事と、美香の命日を何処で過ごしたのかを思い出したのだ。息を引き取った場所。
否、本当に行くだろうか?自分の考えを一から否定してみる。松本淳はけして愚かではない。犯行は計画的であり、捕まらないと考え、行動していたはず。現場から愁が見たのはとてつもない自信だった。警察を欺けると言う自信。精液を残さない様に―ジーンズの内側に残っていたのはミスだろう―し、指紋もゼロ、防犯カメラの位置を確認し、職場では偽名を使う。
だが、その完璧な計画がガラガラと音を立て崩れ始めた。大阪の事件が解決した、警察の聞きこみが自分の側まで迫って来ている、松本の耳に入ったのはどちらが先だろうか。逃げなければ捕まる。なら、何処へ逃げる?東京は駄目だ。遠くへ、人が多く、紛れ込みやすい場所へ。大阪へ。警察は大阪の事件と東京の事件の繋がりはないと発表している。犯人は別にいる。大阪の犯人は自殺、東京は捜査中。大阪と東京の事件の二つの事件は別物。大阪の警察の会見はそこを強調していた様に思える。ならば、安易な考えではないかもしれない。警察は自分が大阪へ逃げた、とは思わないかもしれない。松本自身は自分と大阪の繋がりを、警察が掴んでいるとは思っていないのかもしれない。
そこまでは良い、と愁は思った。問題はその後だ。大阪に着いて、自分が手配された事を知る。名前、年齢、顔写真、身長、体重。新聞、テレビ、ラジオ、自分の名前と写真が繰り返し報道されている。一抹の不安が頭を過ぎる。警察の捜査が迫ってきている。だが、テレビでは松本淳の顔写真が相変わらず流れているが、何処へ逃げたのかは流れていない。
だが、今動くだろうか?テレビに顔写真が流れている、今?
携帯電話がブルブルと震え、愁は息を飲んだ。携帯はスチール机にぶつかり、ガタガタと音を立てていた。
早鐘の様に鳴っている心臓を無視して、電話を取る。マッド・カーペンター。
「もしもし」
「グッモーニング。起きてた?」恐ろしく明るい声。
「あぁ」デスクの上の煙草に手を伸ばした。
「やっと分ったよ。松本淳が何でライアーに拘るのか」
「何故?」
「彼の敬愛する伯父様が記者だったんだって」
愁は返事の代わりに、煙草に火を点けた。
「伯父様は2年前に別の雑誌の担当になったんだけど、松本はそのままライアーの虜。あんな良い加減な記事ばっかりなのに大スキ、な訳。昨日の夜、松本の父親が信さんに教えてくれたんだってさ」マッドは怒った様な口調で言う。
「で?」深々と煙を吸い込むと、脳の奥がクラリと揺れた気がした。「手に入れたのか?」
「入れましたよ、最新号」
「何て書いてある?」
「全て、だよ。大阪の事件の犯人、小林の全て。それこそ靴のサイズから毛髪の断面まで載せそうな感じだよ」
「自殺した場所は?」
「写真付きで載ってるよ」マッドはごくりと何かを飲んだ。「何?松本が墓参り?この写真からなら場所特定出来るかもよ。地元の人なら見ただけで解るだろうしね」
「他のマスコミが自殺した場所を報道したか知ってるか?」
マッドがカチャカチャとキーボードを叩く音が、愁の耳に届く。
「テレビで見た記憶はないなぁ。全部ではないけどさ。この事件はさ、小林が自殺した事より、2人の関係とか彼が妻帯者である事の方が人の関心を惹くんだよね。だから、大抵の雑誌やワイドショーなんかはそこを掘り下げて行く訳。この2人はさ、見た目もそこそこ良いから、どうしても人の興味を惹いちゃうんだよね。うん、ない」
「ありがとう、マッド」
「行くと思うの?」
「考えが正しければ」
「それは勘っていうんだよ、シュウ。じゃ、また後で」
電話を切って、携帯のアドレス帳を開く。グループ分け等していない。五十音順の一番上、出てきた人物にかけた。好都合、と愁は思った。コールを三回、聞いた。
「もしもし?」明らかに不機嫌で、だが、同時に戸惑っている声だ。
「おはようございます、池上さん」
「何なの?今、あぁ、もう。まだ5時じゃない」
「ライアーが発売されました」
「へぇ?それで?」やけに低い声で池上が答える。
彼女の眉がぐっと上がった顔を思い出して、愁はほくそ笑む。「ライアーは松本淳の伯父さんが記者をしていたそうです。松本はその伯父さんを敬愛していたそうで、それ以来雑誌を集めている様です」
「で?」
「小林の自殺した場所がライアーの最新号に載っています」
「で?」さっきよりも更に不機嫌に、池上は言い放った。
「墓参りに行きます」
「松本が?」池上は呟く様に言った。「自殺した場所に?墓ではなく?」
「えぇ」
池上は小さく溜め息を付いた。「プロファイルってそんな事も分るの?」
「いいえ、勘です」
彼女はくすっと笑う。「ふーん、あんたも勘なんて頼る訳?面白いじゃない」
「ですが、賭けでもあります」絶対ではない、確証はない、と愁は思っていた。
「そうね」池上はそう小さな声で答えて、少しの間だけ口を噤んだ。そして何かを決意したかの様に、凛とした声で言った。「こっちの捜査も行き詰ってるのよ。良いじゃない、その賭け、乗る。勘が外れたら高級料理でも奢って貰うからね」
「えぇ、構いませんよ」穏やかな口調で愁は言った。
「私と山下さんで行くわ」
「くれぐれも気を付けて下さい」
その愁の声に返事はなく、電話は切れた。
*
愁はつかの間、夢を見た。ひどい夢だ。
ネオンサインがギラギラと光る店の横で、横たわっていた。足を投げ出し、身体を横にして、汚れたアスファルトを見ている事しか出来ない。指はどんなに動かそうとしてもぴくりとも動かず、唯一動かせるのは目のみ。足元で両親が泣いていた。マッドが怒っている。シゲと源が空を見上げている。ロバートと神父が胸で十字を切り、神に祈りを捧げていた。
美香が笑っていた。彼女は凍り付く様な声で言う。「死ぬ気持ちはどう?」
目を開けると、汚れたデスクの裏側が見えた。幾分ホッとした。が、今の夢が自分に問う答えを、愁は探したい衝動に駆られる。だが、デスクがコンコンと鳴っていた。
身体を起こし、デスクの下から這い出ると、体中が痛かった。
「おはよう」
頭上から降ってきた声に愁は顔を上げる。「おはよう」
「コーヒー、飲む?」愁の答えを待たずに、マッドは立ち上がった。マグカップにコーヒーを注ぎながら、やけに明るい声で言う。「何の夢見てたの?“うるせぇ、黙れ”って呟いてたよ」
寝袋から、羽化する蝶の様にノロノロと出る途中で、愁は動きを止めた。「そうか・・・」
「何だっていうのさ?」二つのマグカップをデスクの上に置き、マッドは眉をひそめる。
足に引っかかった寝袋を振り落とし、つま先でデスクの奥に飛ばす。側にある革靴に足を突っ込みながら、ちらっとマッドを見た。
マッドは質問した事に答えがないのを、特に気にしてはいなかった。デスクの上に置いてある大きなコンビニ袋の中に手を突っ込み、次々に中身を取り出している。「ねぇ、何が良い?コーヒーにおにぎり、僕随分慣れたよ。梅でしょ、こんぶ、しそわかめ、高菜、野菜サラダにお新香」
椅子に腰を下ろし、煙草に手を伸ばす。「マッド、寝たのか?」
「昨日、シュウと会う前にね。今日はもう帰るよ」おにぎりの包みをぺりぺりと開けて、マッドはほがらかに笑った。「今日のお仕事は終わり」
壁に掛かっている、少し黄ばんだ時計を見ると、10時を過ぎていた。愁が煙草に火を点けると、マッドが眉を吊り上げた。もっとひどい匂いの中でも眉一つ動かさない男のくせに、と愁は思う。
おにぎりにかぶりつき、マッドは至福の笑みを浮かべる。「こしひかりのおにぎりってどうしてこんなに美味しい訳?でもさぁ、どこのお店のを食べても美佐子さんの作ったおにぎりが一番美味しいと感じるのは何でだと思う?」
「知らない」コーヒーをごくりと飲んで、愁は呆れた顔をした。
マッドは愁達家族と時間を共に過ごす様になってから、日本に興味を持ち始めた。最初は愁の父徹と母美佐子が作る料理に夢中になり、次は日本人の女の子と付き合い、日本語を覚えた。まだベジタリアンではなかった頃は刺身やかつおだしの味噌汁が大好物で、マッドはよく母親を困らせていた。
そのうちマッドは日本の歴史や風習を勉強し出し、何時か日本に住むのだと言い始めた。マッドが17歳の頃の話だ。それから15年、夢は現実となった。後は日本人の女性と結婚できれば完璧、とマッドは思っていた。
愁が煙草を吸い終え、やっとおにぎりに手を伸ばす頃、マッドは3個のおにぎりとお新香を食べ終えていた。コーヒーをまるでお茶の様に飲んでいる。
ドアの向こうは騒がしかった。捜査員達が歩き、時に走り、話、時に怒鳴る。街の中にいる時の様に、それは2人の耳には雑音と同じ様にしか聞こえない。
ガチャッとドアノブが回る音がして、2人は同時にドアから入ってくる人物へと視線を投げた。
前髪が全て左に寄り、額に細かい皺を付けた田中が飛び込んできた。「浜野さん!」目は極度の興奮のせいでギラギラしていた。
「おはようございます、田中さん」
「捕まりましたよ」
愁とマッドは思わず視線を絡めた。
「松本淳が?」マッドはひどく落ち着いた声で言った。
「勿論です」
「何処で、ですか?」愁は淡々とした口調で言った。
「小林の自殺したビルの屋上です。池上と山下さんと大阪の警官数名が張りこんでいて、今朝来たそうですよ」
賭けには勝った様だ、と愁は思った。
「ただ・・・」興奮が一気に冷めたかの様に、田中は眉を寄せる。「山下さんと警官1人が負傷しました」
「えっ?」愁とマッドが同時に声を出した。
「命に別状はありません。山下さんは左腕を骨折、警官はナイフで腕を切られたそうです。松本はナイフを所持していて、振りまして暴れたそうです」
2人はホッと胸を撫で下ろした。こんな時、銃でないのが有難い、と心底思う。遠くからでも近くからでも、銃なら引き金を引くだけ。プロの殺し屋でもない限り、ナイフであれば警察が生きて犯人を捕らえられる。簡単に、とまではいかなくとも、人質さえ取られなければこちらに分がある。相手が幾ら強くても所詮は素人。一対一になる事はまず有得ないし、場数を踏んでいるのは警察の方が断然多いのだ。
「松本淳も軽い怪我をしているらしく、治療してから、夕方くらいには大阪を発つそうですよ」
「そうですか」愁は呟くように答えた。松本淳、やはりひどい自信家だ。手配されているのにも係わらず―変装をしていたとしても―、外へ出て行くとは。プロファイリングの為に会って話す時がいずれくるだろう。その時、どんな話が聞けるのか楽しみだ、と愁は思う。
「もうすぐテレビの速報が流れると思います。じゃ、俺、後2、3件電話しなきゃいけないので」田中はにっこりと笑い、入ってきた時と同じ様に、飛び出して行った。バタンッと大きな音を立ててドアが閉まった。
コーヒーをずずっと飲んで、マッドがにっこりと笑う。「良かったね、シュウ」
「あぁ、そうだな」おにぎりを口に放り込む。
マッドは足を組み、コンビニの袋の中からライアーを取り出し、デスクの上に置いた。「一応買ってきたんだけど、どうする?」
愁は肩をすくめた。「なぁ、何で奴は伯父を敬愛してるんだ?」
「彼の父親が言うにはさ、母親が何時も『兄さんはすごいのよ、だからあんたも兄さんみたいになりなさい』って言ってたんだって」
「ブラザーコンプレックスか?」
「父親が言うにはね」マッドはごくりと音を立て、コーヒーを喉に流し込んだ。「彼女は本当は自分の兄と結婚したかったんじゃないのかって言うんだ。彼女は夫に対しても、息子に対しても、常に『兄さんならどうする』って言ってたんだって。ちょっとでも兄を悪く言おうものなら烈火のごとく怒り出して大変だったそうだよ。その上、なぁーんと兄嫁も見事に追い出したんだってさ」
「何かあるのか、その兄妹?」
「さぁ?」マッドはほんの少し肩をすくめた。「父親は『絶対ある』って言い切ってたけどね。まぁ、異常愛ではあるよね。夫だけならともかくとしても、息子よりも兄上様が好きなんてさ。きっとツタンカーメンの時代に生まれたかったんじゃない?彼女にはウェスターマーク効果はなかった訳だよ。フロイトの言う通りだね」
「へぇー、話してみたい、2人だな」愁は淡々とした口調で言った。「両思いな訳?」
マッドは眉根をぐっと寄せた。「両思いでしょ?兄さんはお嫁さんとバイバイしちゃったんだよ?妹が自分の奥さんにグチグチネチネチ嫌味や皮肉を言うのを黙って見ていたっていうんだから相当じゃない?」
「それは悪魔で父親の意見だろう?まぁ、どのみちその父親だって歪んでいるのに変わりはないだろうが」そんな妻の元で夫として何十年も過ごし、己の子を託していたのだから。それは一体何の為だ?それは一体誰の為だ?
「まぁ、そうだけど」マッドはライアーをちらりと見た。
「でも、彼はその事に気がついていない。だろ?」
「だね。自分は我慢していたそうだよ。妻と義兄は異常だと解ってはいたけど」
「子供の為に」2人が同時に言った。
*
小雨がパラパラと降り出していた。昼間は幾らか暖かかったのに、今は雨のせいでひどく寒い。折り畳み傘を広げる人や小走りに地下鉄に入って行く人、歩道は家時を急ぐ人達が行き交っている。
小雨を避ける為に、愁は通りにある大きな本屋へと入った。別段買うものがあった訳ではなかったが、フラフラと中を歩く。
気が付けば、何時もの場所に立っていた。アメリカで買った本があるのを見つけて、思わず手に取った。パラパラと捲ると、自分が感じていたものとは若干違う訳がされていた。それから2、3冊さわりだけ読み、自分が感じたのとは違う訳の本を2冊買った。
レジで会計を済ませると、本屋の中に小さな雑貨屋があるのに気が付いた。この本屋に来たのは3回目だったが、この時始めて気が付いたのは店内がクリスマス一色に染められていたからだろう。
普段なら見向きもしないが、クリスマスだから仕方ない、と愁は思う。この手の店に入るのは、気恥ずかしい。
入り口の所に壁一面、クリスマスカードが置いてあった。シンプルなものから、オルゴール付き、キャラクターの絵のもの、形も色も実に様々だ。
愁はシンプルなものを5通、他はそれぞれの送る相手に合いそうなものを選んでいった。大学時代の友人へ、記者の友人へ、ジェイへ、マッドの両親へ、マッドへ、両親へ、そして君へ。
Episode1 ・・・END・・・
ウェスターマーク効果・・・幼少期から一緒に暮らしている相手には性的興味がな
くなるという現象。だが、同時期にフロイトが批判。