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Episode2 -4-

 ―木曜日―


 パソコンの画面を見つめながら、マッドは椅子を半回転させ、腰を捻った。井上が仮眠をとっている間、パソコンと睨めっこしている。既に2時間が経過し、目や腰、手が限界を訴え始めていた。

 被害者、野口恵のいわゆるメル友は5名。内3名は女性、2名は男性。女性3名は簡単に身元が判明。一方、男性2名はフリーメールアドレスを使用。その登録情報は偽物。井上が追跡し、1人は自宅から、1人は大手電機メーカーの会社のパソコンから送られている事が判明。

 判明した時間が遅かった為、まだ林達には伝えていなかったが、井上もマッドもこの2名は犯人ではないと踏んでいた。男性2名を含む5名は、ブログから送れるメールでやり取りしている。このフリーメールに被害者は頻繁にログインしていて、使用度も高い。しかし野口恵はこのフリーメール以外に、見つかっただけで3つのフリーメールに登録していた。3つのうち1つは以前使用していたとみられ、もう1つは未使用だった。そして問題なのは3つ目。3つ目は空だった。だが、井上がメールを復元した。

 野口恵とメールしていたのは、ハンドルネーム『S・A』という人物。2人のやり取りからして、野口恵とS・Aは複数回会っていると思われた。

『こないだはありがとうございます。すごく楽しかったです。また一緒に遊んでくれると嬉しいです』と野口。

『こちらこそ、とても楽しかったです。また是非お会いしましょう。』とS・Aが返している。

 2人のやり取りはとても簡潔だった。どれも短く、特別意味のある内容にも思えない。そしてS・Aの性別もまた不明だ。

 S・Aとのメールが怪しいとマッド達が思うのは、その交わされた内容ではなく、メールが全て消されていた事でもない。井上とマッドがどんなに頭を悩ませても、メールの出所が掴めないからだ。

 マッドは背もたれに寄り掛かると、大きく伸びをした。体の至る所の骨が音を立てている。ブラインドが掛っている窓を見ると、外は既に明るくなっていた。鳥の鳴き声や車の音、街は朝の始まりを告げていた。

 ドアをノックする音がした。

「どうぞ」マッドはそう言うと、椅子をドアの方に回転させた。

 ドアが開き、愁が不思議そうに笑う。「井上さんは?」

「仮眠中だよ。僕の担当していた事件が片付いたから、仮眠の間だけお手伝いしてるの」

 静かにドアを閉め、愁は近くの椅子を引きずりながら、マッドの側へ寄った。小さなコンビニ袋を彼の目の前に差しだす。「てっきり井上さんだと思ったからチョコレートとサンドウィッチなんだ」

 マッドは袋を受け取ると、椅子を飛ばして立ち上がった。「後で渡しておくよ。僕はさっきおにぎり食べたんだ。コーヒー飲む?」マッドは部屋の隅に置いてある小さな冷蔵庫へと向かう。冷蔵庫の隣には小さな棚があり、コーヒーの粉やカップ、パンやお菓子が置いてあった。棚の上には電気ポットとコーヒーメーカー、マッドと井上が勤務中の時は常に落としてあった。

「あぁ」愁は椅子に腰を下ろすと、パソコンの画面を見つめた。「S・Aって?」

「消されていたメル友」冷蔵庫の中へコンビニ袋を入れ、コーヒーを自分のカップとプラスチックのカップに注ぐ。瞬時にコーヒーの香りが辺りに漂いだした。「ラビットちゃんが見つけたんだよ。どうやら被害者とS・Aは何回か会ってるみたいだね」

「何件あった?」

「S・Aからは5件。彼女から送信したのは7件」

「内容は?」

「殆どたいした事は書かれてないよ。“会えて楽しかった。又、会いましょう”みたいなお礼メールばっかりだった」マッドはコーヒーを二つ持ち、デスクに戻ると、プラスチックのカップを愁の前に置いた。「さっきシュウのパソコンにも送っておいたよ、12件全部」

「ありがとう」

「メールの内容からだけじゃ、S・Aが男か女かも分からないし、2人がどんな関係かも判断出来なかった」マッドはデスクの端に淡いブルーのカップを置き、椅子に座ると、マウスを動かした。パソコンの画面に野口恵とS・Aのメールを出す。

 どちらのメールも多くて5行程度だった。日付の古い順にマッドが出し、愁が読んで頷くと、次のメールを出す。一番日付が新しいのは3日前だった。

「どう思う?」マッドは12件目のメールを出してから、マウスを離した。

 愁はデスクの上で肘を付き、手を唇にあてた。「男だろうな・・・」

「彼女が浮気性だから?」

「それもあるが・・・」愁はじっとメールの文字を見つめた。只のお礼文だ。絵文字もなく、いわゆるタメ語でもない。「どちらも何かを隠しているとしか思えない。こんにちは、ありがとう、また会いましょう。何処で、何をしたのか、具体的に書かれていない。女性同士ならまずこんなメールにはならないんじゃないか?他のメールはどうだった?」

「絵文字がた沢山使ってあったよ。パソコンも携帯もね。それに長かった、だいたいはね」マッドは軽い溜め息を付いた。「何かを隠しているって事はさぁ、犯人じゃなくても浮気相手かな?」

「その可能性が一番高いだろうな」他に関係を隠す様な事が思い浮かばない、と愁は思う。そこでふっと思い出した。「浮気相手の1人が売人だった」

 マッドは両手でカップを大事そうに包み、息を吹きかけた。「野口恵も麻薬常習者?それとも売人仲間?」

「麻薬常習者かは内田さんが調べてくれるだろう」愁は頬杖をついて、マッドを横目で見た。「そう言えば解剖は何時だ?」

「今日一番でやるって。昨日は立て込んでたからね」

「そう」

「で、野口恵は売人だと思うの?」

「いいや、思わない。麻薬をやった事ならあるかもしれないが」

「どっぷりと嵌っていたとしたらあの部屋から何か出てきてもおかしくないもんね。でも、薬の類は出てきてない」マッドはふぅと息を吹きかけてから、ずずっと音を立てコーヒーをすすった「あっつ」

 麻薬絡みの殺人であれば遺体を隠さなかった理由がつく、見せしめ。池上が言う様に殺しを生業としている人間が絡んでいる可能性も格段に高くなる。だが、愁には野口恵が麻薬絡みで殺害される様には思えなかったし、何よりこれは快楽殺人だと考えていた。「まぁ、麻薬の線はすぐに白黒つくだろう。で、S・Aのメールの出所は掴めたのか?」

 マッドは愁をじっと見つめた。「掴むさ」その声には確固たる自信が見えた。

「あぁ、頼む」

「S・Aは相当きれるよ。こいつは海外サーバー経由していてたり、狡賢い事をいっぱいやってる」

「第一容疑者だな」パソコンのメールを見ながら、愁は呟く様に言った。怪しい事をしているから、隠す、ごまかす。そもそも、このメールのやり取りの意味さえ理解出来ない。意味がない内容。「いや、容疑者だな」

「第一じゃなくて?」

「馬鹿にしてる。S・Aが浮気相手だと仮定しても、このメールはそもそもいらなかったはずだ。最初に出しているのはS・Aであって彼女ではないし、こいつが仕掛けているとしか思えない」

「警察に喧嘩を売ってる、訳ね」

 そんな奴は珍しくもないが、と愁は思う。「他には何がでた?」

「インターホン、ドアノブの指紋は被害者家族のものが殆ど。他には部分指紋が沢山出たけど、どうかな?」

「どうかな?」

「この犯人に前科があると思う?」

「ないだろうな」愁はコーヒーを一口飲み、呟く。

「僕もそう思う。それに多分、指紋を残す様なヘマをする奴じゃない」

 マッドの目がランランと輝くのを見て、愁は深い溜め息を落とした。

「そう言えば合鍵作ってたみたいだよ」

「合鍵?」

 ふふん、とマッドは笑った。「ラビットちゃんが見つけたんだよ。被害者の鍵に白い物が少量付着してて、調べてみたら粘土だった。粘土自体は何処にでも売ってるものだったけど」

「計画性の証拠にはなるな」それが犯人の付けたものであるのなら。

「因みに被害者の家に粘土はなし。勿論捨てちゃった可能性はあるけど。それに子供が通っていた保育園にならきっとあるだろうし、そこで付いたとも考えられる」

「そうだな」

 マッドは長い脚を組み、コーヒーをずずっとすする。「推測は出来るけど、確証はない。でもそう考えるとつじつまが合う。現夫いわく入居時もらった鍵は三つ。一つは被害者、一つは夫、一つは玄関に置いてあった。部屋は密室。窓にも玄関にもピッキングの形跡はない」

 愁は落ち着いた口調で言った。「そうだな。トリックって考えるよりは現実的だな」

 マッドはつま先で愁の足を軽く蹴飛ばす。「もう」

「他に目ぼしい物は?」

「今のところないみたいだよ」

「そう」ならば後は解剖を待つしかない。

 マッドはコーヒーを一口ごくりと飲んで、ちらりと愁を見た。「そう言えば泉ちゃんは?」

「家に帰ったよ」

「へぇー、よく帰ったね。ラビットちゃんが言ってた。泉ちゃんがメラメラ燃えてたって」

「そうだな、燃えてたな」愁は池上の怒りに燃えた目を思い出した。それは被害者野口恵と、その現在の夫翔に対する怒り。

 昨夜、任意の取り調べに応じた、野口翔はあっさりと虐待を認めた。ただし、自分は妻が子供に暴力を振るっていたのを止めなかったと話、詫びた。彼自身は躾程度に怒った事はあるが、叩いたり、殴ったりした事はないと言い張った。

 だが、池上は全く信じていなかった。無論、愁も。

 落ちたのは、日付が変わってからだった。野口は自分も何度か叩いたり、押し倒したり、暴言を吐いたりしたと認めた。その上で妻の子供に対する暴力はひどかった、と言った。野口は恵がそもそも何故子供を産んだのか、そして安田が親権を欲しがっているのに何故渡さないのか、理解出来ないと言う。恵は口癖の様に『あんたなんかいらない』『産まなければ良かった』と言っていたらしく、元々子供は好きじゃないし、可愛いとも思わないと言っていた。『元旦那に育てもらえば?』と野口が提案しても、彼女は頑として首を縦に振らなかった。夫が暴力や暴言を止めると、恵はひどく怒った。だから次第に野口は何も言わなくなり、虐待は日常的になっていった。

 当初、池上の目は怒りに燃えていたが、それは次第に哀しみに変わっていった。

「精根尽き果てた顔してたな」事の経緯を大まかに話した後、愁は溜め息混じりに言った。

「そう」マッドは呟く様に答えた。

 家へ帰ると廊下を歩いて行った、池上の後ろ姿はひどく小さく、弱々しかった様に愁は思う。彼女の握りしめた拳が小さく震えていた。

「この世で一番嫌いなもの」マッドがどこを見るともなく、視線を宙に泳がし、淡々とした口調で言った。「子供が被害者になる事件、泉ちゃんが言ってたよ」

 尤も、それを好む者は殆どいない。刑事も鑑識も監察医も。しかし子供が被害者となる事件は余りにも多く、慣れてしまう人間がいる事も事実。怒りを持続しながら、捜査をするのは難しい。冷静さを欠くのは大概の刑事にとって、命取りだ。だが、池上は怒りをエネルギーに変えて捜査している。

 2人の間に沈黙が流れ、外から聞こえる鳥の声や車の音がやけに大きく聞こえた。マッドも愁も互いを見る事もなく、別の何かを考えていた。

「マッド」

「うん?」視線を絡める事もなく、マッドが答える。

 愁はマッドを見ると、ニッと笑った。「池上さんは大和撫子じゃない」

「知ってるよ」マッドは肩をすくめた。





                                *





 AM10:00

 愁はデスクの上に写真を広げた。遺体と部屋、証拠の写真だ。さっき内田から口頭で聞いた解剖の結果のメモもある。

 解剖の結果は紐状のもので首を絞めた事による、窒息死。彼女の首は、その長い爪によって掻き毟った跡が幾つもあった。爪の間にあった皮膚及び血液は、被害者本人のものであると思われたが、DNAはまだ結果が出ない。抵抗し、犯人の皮膚が入っている可能性もある。

 他に暴力を受けた痕跡はない。レイプ痕もなし。麻薬の反応もなかった。

 S・Aのメールの出所は未だ不明。出所が判ったとしても、恐らく自宅や職場などの身元が分かる場所ではないはずだ。さしずめネットカフェが良いところだろうと思われる。防犯カメラ等無い様な店。

 愁は大きな溜め息をついた。デスクの上に並べた写真やメモに一つ、一つ触れ、頭の中に叩き込んでいく。目を閉じていても、瞼に張り付くくらいに。

 コンコンとノックの音がした。「おはよう」

 愁が驚いて顔を上げると、ドアは開かれ、池上が立っていた。「おはようございます」心臓は大きく鳴っていたが、落ち着いた声で言った。

 池上はライトグレーのパンツスーツを着て、低い位置で髪を一つに束ねていた。彼女は少しだけ困った様な表情を浮かべた。「プロファイル中?」

「えぇ」

「御邪魔?」

 愁は微笑を浮かべた。「いいえ。どうしてそう思うんです?」

 池上はその言葉を聞くと中へ入り、ドアを静かに閉めた。「別に。集中しないと出来ないのかと思っただけよ」

「誰が隣に居てもプロファイリングは出来ますのでお気遣いなく」愁は視線を写真に戻した。

 あら、そ、何度ノックしても気が付かない程集中している訳ね、と池上は思った。彼女はドアの横にある棚のプラスチックカップにコーヒーを注いだ。一つはフレッシュを入れ、一つはブラックのまま。二つを持ち、一つはデスクの空いている場所に置いた。自分のコーヒーは持ったまま、椅子に座る。

「ありがとうございます」

 池上は微かに肩をすくめた。彼女はコーヒーに少し口を付けながら、デスクの上の写真やメモを一つずつ見ていく。「解剖の結果が出たの?」

「えぇ」愁はメモを池上に渡した。

 メモを受け取ると、池上はざっと目を通す。「紐状のものって?」

 愁は鑑識のメモも池上に渡す。「二種類ある様です。一つはピアノ線の様な痕、もう一つは細かい繊維状のものを捩じってある様な痕だそうです。被害者の爪の間から生成りの繊維が数本出てきていて、ウール100%だったそうです」

「ウール?例えばマフラーとかって事かしら?今の時期ならしていても不自然にならないし」そこまで言ってから、池上は思わず愁を見た。「マフラーをしてきて、被害者をそれで殺害、又マフラーをして帰る」自分の口から出た言葉なのに、嫌悪感で吐き気がした。

「えぇ、凶器がマフラーである可能性は高いですね。強度が不安でピアノ線などを仕込んだのかもしれませんし」ウール100%の繊維の販売元はまだ不明だが、数本ある為うまくいけば判明するかもしれない。

 ノックもなしに、いきなりドアが開いた。赤い髪をポニーテールにした井上が文字通り、部屋に飛び込んできた。彼女はバタンッとドアを閉め、にっこりと笑った。「S・A、出所が掴めたわよ」

「S・A?」池上は井上と愁の顔を交互に見た。

「野口恵のパソコンにあった消されたメールの主がS・Aっていうハンドルネームを使ってたの。メールの内容はたいした事ないんだけど、S・Aは色々な手を使って出所を掴めない様にしてて、出所が判明しなかった訳」

 愁から差しだされたメールのプリントアウトしたものを受け取り、池上は一通目に視線を落とした。「それが判明した訳ね」

「そうよ」井上は壁に立て掛けてあるパイプ椅子を広げ、愁の正面になる様に座った。「案の定ネットカフェだった。3件が判明したんだけど、1件は新宿、1件は渋谷、1件は秋葉原。お店は全てバラバラだった」目をキラキラさせて、井上が捲し立てる様に言った。彼女はジーンズのポケットからメモ用紙を取り出し、デスクの上に置いた。「3件の住所と名前」

「ありがとうございます、井上さん」愁はにっこりと微笑んだ。

「プロファイル、出来たの?」井上はデスクの上の写真に視線を落とした。昨日の朝、自分が撮った写真だ。

「えぇ」

 池上がメールから、愁へと視線を上げた。

「へぇー、で?」

「20代後半から30代前半。前科なし。前科はないが、犯行はこれが初めてではない。おそらく10代の頃から様々な犯罪に手を染めている。学歴は中卒及び高校中退。だが、IQは高い。仕事はしているが、比較的時間の自由になる職種。例えば営業職や自営業者、など。お金にも不自由はしていないでしょう。1人暮らし。人当たりが良く、話し上手。未婚であるが、パートナーはいる。幼少期に性的虐待、身体的な虐待を受けている」

「で、とびっきりのイケメン」とにこやかな笑みを浮かべて、井上が言った。

 再びメールに視線を走らせていた池上が彼女を見て、眉を寄せる。「イケメン?」

「当たり前でしょ?被害者はイケメン好きなんだから」

「確かに」と池上は言った後で、持っていた紙をデスクの上に置いた。「浮気相手がイコール犯人であるなら、イケメンかもしれない」

「しれないじゃない、絶対だと思うわ」井上は言い切るように言った。メールをプリントアウトした紙をトントンと指で叩く。「S・Aは彼女の浮気相手」

「随分な自信ね」池上は苦笑し、コーヒーを口にした。

 井上はニッと笑い、ちらっとだけ愁を見た。彼は現場写真に見入っている。まるで自分達の会話など聞いていないかの様に。「ねぇ、愁。プロファイルにパートナーって言ってたけど、どう言う意味?」

 愁は視線だけを井上に向ける。

「被害者の事だったりする訳?」前髪をクルクルと捩じりながら、井上は被害者の写真に視線を落とす。生前の野口恵の写真だ。まるで雑誌から出てきた様な笑みを浮かべている。

「いいえ、被害者ではないでしょう。パートナーは不特定多数かもしれませんし、1人と限定しているかもしれませんが」

「ふーん、燃え上っていたのは彼女だけなのかしら?」井上は大袈裟とも言える程、大きな溜め息を落とした。

「どういう意味?」池上が眉を寄せる。

 愁はコーヒーに口を付けながら、井上を見た。

「うん。昨日、今日とメールを見てて思ったんだけどさ。彼女、野口翔に不満があるみたいなのよね。離婚だとか、他に好きな人がいるだとかっていうはっきりとした言葉を使っている訳ではないし、メールを受け取った相手も差ほど真剣に受け取っている感じもしないんだけど」井上は小さく首を傾げる。「何人かの友達にもブログにもチョコチョコ書いてあるのよ、旦那の悪口が」

「悪口ねぇ」池上は小さく溜め息を付いた。友人の一人が旦那の悪口を言う為だけ、としか思えない電話をかけてきた事があった。離婚なのか、そんなに大変なのか、と思い真剣に話を聞いていたが、彼女はしばらくすると『あ、旦那が帰ってきた。じゃぁね』と言って、一方的に電話を切った。池上はそれ以来、旦那や妻の悪口は話半分しか聞かない。彼女は足を組むと、手をひらひらと振った。「そんなの分かんないじゃない。何処まで本気なのか。夫婦なんて色々だろうし、まして野口恵は浮気しているのよ」

「まぁ、そうなんだけどさ」井上が納得出来ない表情を浮かべる。

「どうして彼女がS・Aに燃え上っていたと思うんですか?」

 井上はデスクの上で腕を組んだ。「うん。メールが他のと明らかに違うからかな。パソコンや携帯に残っていたメールは職場の人のを含めても、絵文字とかギャル文字とか多用していたし、です、ます調のものはなかったの。でーす、とかなら沢山あったけど」

「この関係を・・・」愁は被害者の遺体の写真に視線を落とした。「彼女は大事にしていたんでしょう。周囲にばれない様にメールを消し、万が一見つかった場合にも内容が分からない様にしていたのだと思います」彼女は自分が殺される事を知らないまま、犯人の言うままに動いていたのだろう。彼のメールの目的が、警察を挑発する行為だとは露知らず。

 池上は椅子の背もたれに体を投げ、呟いた。「忍ぶ愛・・・」

「S・A」井上は目を大きく輝かせ、いたずらっぽく笑う。「忍ぶ愛だったりして」

「S・A?」

「ローマ字でSINOBUでS、AIでA」

「まさか・・・」池上は苦笑した。

 井上は小さく肩をすくめる。「私もそうは思うけどさ」







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