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アナザーメモリーズ~八つの咎と六道戦記~  作者: Ryu
episode1「天使になった少年」
6/7

5【緋月紅之介】


 ともかく、まずは“彼”を起こさなければ授業が始められない。

 これまでは、触らぬ神に(たた)りなしという事で、下手に関わらずに授業を続ける日々であったが、そろそろそういう訳にもいかない。


 教頭からこれ以上呼び出しを受けたくなかったし、何より教師としての責務や面目というのもある。正直怖いが、目を背けるのは今日で終わりにしなければならない。


 夢美は意を決した。脳内プレイリストで、ここ一番の勝負曲を再生する。


 いざ、決戦の時。


「なにしてるの~、そろそろ起きなきゃだめよ~。授業、始まるわよ~」


 笑顔を保ちながら、彼の肩をそっと揺する。


 だが──


「グガァァァ~……グゴゴォォォ~……」


 気持ち良さそうな青年のいびきが、教室中に無慈悲に響き渡る。

 完全なる熟睡。反応ゼロ。

 夢美の内心に、薄い絶望の(もや)が立ち込める。


「お、お願いだから起きて~」


「ゴゲェェェ~……ズゴビぴぴぴぴ……」


 呼びかけはどこまでも空しく、返ってくるのは舐め腐ったノイズのようないびきだけ。

 まるで「近づくな」と言わんばかりの不協和音。


「もう! 起きなさい!!」


 と、強めの声を出してみるが、微動だにせず。


「おーきーなーさーいー!」


 さらにボリュームを強めるが、反応は依然としてなし。


「うぅ……こうなったら最終手段よ……!」


 ゲンナリしつつも、夢美は大きく息を吸い込み、全力で叫んだ。


「こらーーーー!! いつまで寝てるのよ!!! あなたがそんなんだと私が教頭から怒られるのよ!? これで私の教員免許が奪われるような事にでもなったら、緋月くんの事、一生恨むんだからねーーーー!!」


 恨むんだからねーーーー……


 だからねーー……


 らねー……


 教室に響くやまびこ。


 その一言が、決定打だった。


「恨む……?」


 ──カッ!


 まるで閃光が走ったかのように、彼の目が見開かれる。

 あまりに突然の“覚醒”に、夢美は思わず身を引いてしまう。


「ヒッ!?」


 開いた瞳孔はバッキバキ。

 なのに、身体はピクリとも動かず、ただ布団の中から夢美を見つめている。



「…………」


「…………」


 しばし、沈黙。見つめ合う二人。


「…………」


「…………」


「……お、おはよう、授業の時間よ……?」


 意を決し沈黙を破る夢美。だが次の瞬間。




「うわぁああああああああああああ!!!!」


 何か恐ろしいものでも見たかのように、絶叫と共に、素早く布団から飛び出した青年。


「きゃあぁああああああああああ!!??」


 それに驚いた夢美も思わず悲鳴を上げた。教室内に二人の叫び声が同時に響き渡り、周囲の生徒たちも一瞬硬直する。


 彼はそのまま臨戦態勢に入るかのように腰をかがめ──


「《《てめぇら》》ぁあ! 学校にまで来るんじゃねえってあれほど言ってんだろうがぁあ!!! 何度注意しても学習出来ねえってんなら、てめぇらの未練ガン無視して強制除霊キメっぞゴラァァァア!!!!」


 なんてワケの分からない事を大声で怒鳴りだす。


「………………!??? …………!??」


 意味が分からない。


 そう。


 この生徒こそ、先の教頭との話で挙がった校内一の問題児。緋月(ひづき)紅之介(こうのすけ)である。彼は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった担任の姿を見て、ようやく今の状況に気づくのだった。


「……って、先生かよ。紛らわしい起こし方しやがって。ビビったじゃねーか」


 そう言いながら、何事もなかったように再び布団へと潜り込もうとする。


「……じゃ、おやすみ」


「……」


 はっと我に返った夢美は、ワンテンポ遅れで反応した。


「お……驚いたのはこっちのセリフよ! 少しもらしちゃったじゃない! ……ってか起きなさいよ!!」



 ──夢美は深いため息をつきながら、紅之介の周囲に散らばる謎のアイテムたちを、ひとつひとつ回収していく。


「授業始めるんだから、いつまでも寝てちゃダメじゃない……あーもう……毎日毎日、学校に関係ないものこんなに持ってきて……一体何なのよこれは?」


 勾玉、盛り塩、そして怪しげな鏡。

 どう見ても教室には不釣り合いな小道具たちに、思わず眉をひそめる。


「オレの安眠グッズに決まってんだろ。ったく……いつもは何も言わねぇくせに、急にうるせーんだよ」


 紅之介が迷惑そうに睨み返してくる。

 まるで“邪魔されたのは自分の方だ”と言わんばかりの態度だ。


「い、今まで大目に見てただけです! そろそろ真面目に授業受けないと、本当に卒業できなくなっちゃうんだからね!?」


「余計なお世話だよ。んなもん、オレの人生の勝手だろうが」


「む、むむむ……!」


 言い返そうとして、言葉が詰まる。

 彼のような生徒を変えなければ、自分の教師人生にも影が落ちる。学校の評判だって無視できない。

 でも、“まともな会話”にすら出来ない相手に、そもそも、どう向き合えばいいのか──



 そんな思考を断ち切るように、教室後方から声が上がった。


「先生、もうよくないっすかー?」


「早く授業始めてくださいー」



 痺れを切らした生徒たちが、次々に不満をこぼし始める。


「あ、ご、ごめん……! すぐ始めるから……!」


 思うようにいかない現実に、夢美は苛立ちを覚えながら教卓へ向かった。


 背後からは、教室中に漂うヒソヒソ声。




「緋月って、何考えてんだか分かんねぇよな」


「昨日、華鳥はなとり高の連中とケンカして補導されたのもアイツらしいぜ?」


「もう退学でよくね? 正直、存在が迷惑なんだけど……」



 それは、ただの噂話ではなかった。

 教室に充満しはじめる、紅之介への“恐れ”と“軽蔑”の気配だった。

 夢美には、それがひしひしと伝わってきていた。


 生徒だけじゃない。教師たちからも、彼の存在は(うと)まれている。


 


 緋月(ひづき)紅之介(こうのすけ)

 桜城(さくらぎ)県立天萌神(あもがみ)高等学校、二年生。


 絹糸のような銀髪。頭頂部は緋色が混ざっており、その独特な見た目は、ある意味ニワトリのように、見る者の記憶に焼きつく。


 華奢(きゃしゃ)な体躯に見えて、その身体には密やかな筋肉が備わっており、ひとたび暴れ出せば手に負えない凶暴さを持っている。


 校内では表立ったトラブルは起こさないものの、他校の不良たちとしばしば衝突し、そのたびに補導される。

 派手なケンカ沙汰の噂は絶えず、今や地元では“アイツには近づくなリスト”の常連である。


 だが、周囲が彼を避ける一番の理由は、実はそこじゃない。




 霊感。


 彼には、死者の魂……すなわち霊という存在を認知し、会話までできるという“異能”が備わっている──らしい。


 誰もいない空間に向かって話しかけたり、急に怒鳴り出したりする様子は日常茶飯事であり、普通の生徒たちにとっては恐怖そのものだった。


 教師間の噂によれば、幼少期に起きたある事件をきっかけに、その能力に目覚めた──との事であるが、詳しい事情を知る者はおらず、そもそも信じている者すらほとんどいない。


 だが、それがかえって不気味なのだ。

 人とは、未知なるものを無意識に恐れる生き物である。


 未知と暴力性を秘めた彼に、誰も好んで近寄らないのは、もはや自然の事だった。


(……たぶん、いつもひとりぼっちだから、外であんなに荒れてしまうのよね)


 夢美は授業を進めながら、ふと窓際の彼に目をやる。


(ストレスが溜まってるんだろうな。何とか力になってあげたいけど……幽霊とか、正直私には分からないし。どう向き合えばいいのかも……)


 無意識に、ため息が漏れる。


 だけど──

 


『どんな子供たちでも、誠心誠意向き合えば、必ず心を開いてくれるから』


 


 母がいつも言っていた言葉が、胸の中に静かに響く。


 諦めてはいけない。

 彼の心に、わずかでも届く瞬間があるかもしれない。

 そのわずかな可能性にすがって、夢美は自らを奮い立たせる。




 ──だがその一方で、紅之介はといえば。


 教室の空気や夢美の覚悟など意に介さず、あくびをひとつ。

 何を思うでもなく、ただ窓の外を見つめていた。



「………………」


 一筋縄ではいかない現実に、夢美はまたしても深く、長いため息をついたのだった。



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