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アナザーメモリーズ~八つの咎と六道戦記~  作者: Ryu
episode1「天使になった少年」
3/7

2【嵐を呼ぶ掃除少年】


 そんな慌てふためく男の背後に、すうっと影が現れる。


「ん? なんかキモい感触だったけど……もしかしてそれ、髪の毛だった?」


 なんてセリフとともに現れたのは、学生服の上にエプロンを羽織った、一人の青年だった。

 花柄の黒いバンダナが、彼の頭をすっぽりと覆い、その手には火バサミとゴミ袋が握られている。


「悪ぃ悪ぃ、地毛だったのか。オレはてっきり使用済みのティッシュがくっついてるのかと……」



『…………』


 ──沈黙。


 全員が、脳内でその発言を反芻(はんすう)した。


 地毛。使用済みティッシュ。頭に。くっついてる。


 ──数秒後。


「って、そんなわけあるかぁぁぁ!!」


「誰が使用済みティッシュだゴラァァァ!!」


「てめぇ、ケンカ売ってんのか!!」


 怒声三連発。空気が一気に殺気立つなか、青年は火バサミを構えたまま、どこまでも涼しい顔で言い返す。


「いやいや、そんなつもりねぇよ。オレは今、この辺のゴミを拾うっていう重大ミッションの最中で、ザコ共の相手してる暇ねぇんだ」


 ザコ共。

 言葉の選び方に容赦がない。


「ザコ共……!? やっぱりケンカ売ってんだろお前!」


「違ぇって。オレはただの一般市民よ。ここでポイ捨てされると困るだけでさ。続きはよそでやってくんねーか?」


 そう言うと、足元のゴミを火バサミでつまみ、ゴミ袋へと放り込んでいく青年。

 一手一手が、なぜかイラッとする。カリフラワー男の怒りは、静かに沸騰しはじめていた。


「オウオウ……正義の味方気取りか知らねーが、すっこんでろやボケが。それともてめぇからボコにすっか?」


 ズカズカと歩み寄り、肩を尖らせて睨みつける。だが青年はまったく動じず、むしろ小首を傾げて言った。


「……ん? どゆこと? オレとケンカしたいってこと?」


「ケンカだぁ!? バーカ! 一方的なリンチに決まってんだろ!!」


 カリフラワー男の言葉に、背後のグラサンと緑シャツもニヤつきながら肩を揺らす。


「ククク、バカだなコイツ」


「やっちまえよモブ(にい)



 だが青年は、全く別の事に目を奪われていた。


「……つーか、お前……ほんとにそれ地毛なのか? 使用済みティッシュってより、カリフラワーだな」


「なッ……!」


「てめぇ、モブ兄になんつったぁッ!?」


 グラサンが前に出ようとするも、すかさず青年のターゲットは切り替わる。


「で、お前はなんで頭にエビフライ乗せてんだ?  非常食か?」


 ──エビフライ。

 おそらくは筆のようなモヒカンが、そう見えたのだろう。


「んなぁッ!?」


 その言葉に思わず、隣の緑髪が「グフッ」と笑いを漏らす。


「いや、おいカゲ! テメェ今笑っただろ!?」


「す、すまん……でも言われてみれば確かにそう見えなくもないなって……」


 が、青年の口撃は止まらない。


「お前も人のこと笑えた頭じゃねぇだろ? 立派なズッキーニ装着しやがって」


「ズ……ズッキーニだとぉッ!!?」


「なるほど、三人揃って“カリフラワーとズッキーニを添えたエビフライ定食”ってとこか。お前ら床屋に料理本でも持ってったんか?」


「い、いい加減にしろよコラァ……!」


 ワナワナと体を震わせるカリフラワー男。

 怒りのゲージは限界突破寸前だった。


「テメェ……余程死にてぇらしいなコラァァァ!!!」


 怒号と共に、口から煙草をプッと吐き捨て、青年の胸ぐらを強く引き寄せる。


 だが、青年の視線はまっすぐ、落ちた吸い殻を見ていた。

 さっきまでの軽薄さは消え、空気がひとつ、静かに張りつめる。


「ゴミ拾いが趣味なんだろ? 拾えよ、真面目っ子ちゃんがよ」


 挑発めいた言葉にも、青年は何も返さない。ただ、黙って吸殻を見つめているだけ。


「あァ? なんだよ、いきなり黙って。ビビったのか?」


「…………」


「おいコラ、こっち見ろっつってんだよ」


 その瞬間、青年がボソリと呟いた。


「言ったそばから……」


「ア?」


「言ったそばからポイ捨てしてんじゃねええぇぇぇーーーーっ!!!!」


 叫びと共に、右脚が跳ね上がる。

 凄まじく早く、そして鋭く。


 気づいた時には、カリフラワー男のあごが、音を立てて天を向いていた。




「おげえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 空気を裂く音とともに、男の身体が宙を舞い、向かいの自販機へ盛大に突っ込む。


 ──ドガァァァン!!


 見事なまでの放物線。教科書に載せたい物理の軌道。

 その突然すぎる一撃に、取り残されたエビフライとズッキーニは、男が地面に伏して初めて事態を理解した。


「って、えええええええ!?」


「モ……モブ(にい)ぃーーっ!?」


 傍で見ていた眼鏡少年も、ただ口をポカンと開けて立ち尽くしている。


「あの野郎……やりやがった!! この上なくスタイリッシュに決めやがったぞ! 大丈夫かモブ(にい)!?」


 しかしカリフラワー男は、ピクピクと痙攣(けいれん)しながら既に気絶しており、口元からはクリーミーな泡がふんわり。


「うわぁぁぁぁ!! モブ(にい)のヤツ白目むいてんぞ!?」


「てめぇ……やってくれたな……! オレらが誰か分かってんのか!? 天萌神(あもがみ)地方最大の暴走族、悪牡蠣(デビルオイスター)湧屋久(わきやく)三兄弟とはオレたちの……」


 そんな長ったらしい自己紹介を遮るように、青年はくるりと身体をひねり──


「知るかボケがああああああああ!!」


 放たれた後ろ回し蹴りが風を裂き、二人は見事なまでのシンクロで吹き飛んでいった。



『うぎゃぁぁぁぁああああ!!』


 ──ドガァァァァァン ×2


 吹き飛んだ二人は、カリフラワー男の隣に綺麗に並ぶ。

 これにて、“カリフラワーとズッキーニを添えたエビフライ定食”の一丁上がりである。


 だが、彼の怒りは、まだおさまっていない様子だった。


「お前らこそ、分かってんのか?」


 その言葉とともに、先ほど捨てられた吸殻を拾い上げ、ギュッと握りしめる。


「テメェらがここで騒いだり、ポイ捨てしたりすっと……オレが“あのジジイ”に呪い殺されんだよ!!!」


『ひぃいいいいいいっ!?』


 何を言っているのかはさっぱり分からない。だが、確実に彼の顔は“修羅(しゅら)”そのものだった。


「オレだってなァ、好きでこんなボランティアやってんじゃねぇんだよ……!」


 青年は、まるで業火のように怒りを爆発させていて、


「ま、待って! アンタさっきから何の話を……」と、ズッキーニが問いかけた瞬間──


「うるせぇええ!! 今オレが話してんだろうがぁあ!!!!」


 蹴る。


『ぎゃあぁぁぁぁぁあ!???』


「大体どいつもこいつも図々しいんだよ!!」


 蹴る。


『おげぇえええぇぇぇっ!!』


「オレはなァ、アイツらの便利屋じゃねぇってんだよこの野郎ォ!!」


 蹴る。


『あびゃしゃぁぁあああっ!!』


「それなのにお前らときたら……オレの仕事増やしてんじゃねぇよ!!!!」


 蹴る。


『ぎゃひぃいいいいいぃぃぃっ!!!』


 三兄弟は全員ボッコボコにされながら、心の底からこう思っていた。


 ──意味わかんねぇよ! なんなんだよコイツ!!


『よ、よく分かりませんけど、もう勘弁してくださいぃぃいい!!』


 エビフライとズッキーニは半泣きで命乞いしていた。騒動に巻き込まれたはずの眼鏡少年も、どちらに感情移入すればいいのか分からず、ただ震える始末。


 だがその中でただ一人だけ。


「よく分かんねーけど、あの三兄弟をあっさり倒しちまうとは……マジ惚れそうだし。てか、よく見たらあいつ……割とイケメンじゃね?」


 グリズリー娘だけが、鼻息荒く興奮しながら、じっと彼の背中を見つめていたのだった。




 ──ピピーーーー!



 そんな騒動の最中、甲高い警笛音が鳴り響く。


「こらーー! なにをやってるんだキミたちーー!!」


 二人の警官が慌ただしく走り寄ってきた。

 どうやら通報されたらしい。


 青年が振り返ると、周囲にはいつの間にか十数人の人だかりが出来ていて、野次馬たちのスマホが、キラキラとレンズを光らせていた。



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