第八話 「見送りの玄関先」
やがて、帰る時間となった。
俺は千夏の家族に丁寧にお礼を述べ、玄関へ向かった。
「今日はご馳走さまでした」
「礼儀正しいねぇ。気に入ったよ、また来なさい」
綾乃さんが優しく微笑む。
千夏も「またな」と軽く手を振った。
そのとき——
玄関の外から、静かに高級車が止まる音がした。
扉が開くと、黒塗りの車が一台、門の前に停まっている。数名のスーツ姿の人物が、整然とした動作で降り立ち、玄関の前で待機していた。
「……ん?」
千夏が不思議そうに眉をひそめる。
一方、綾乃さんはその光景を見た途端、目を細め、微かに息を呑んだ。
「……なるほど、そういうことかい」
彼女は静かに頷き、俺を見つめる。
俺は軽く苦笑しながら、何も言わずに会釈した。
千夏たちは気づいていないが、綾乃さんは悟ったのだろう。
——この迎えの意味を。
「では、これにて失礼いたします」
「気をつけてな」
千夏はまだ不思議そうな顔をしていたが、深く追及はしなかった。
綾乃さんはただ静かに微笑みながら、俺を見送った。
俺は車に乗り込み、門が閉じられるのを確認すると、小さく息を吐いた。
(……バレたかもしれないな)
けれど、綾乃さんが何も言わなかったのが救いだった。
車は静かに走り出し、俺は夜の街を眺めながら、この一日の出来事を思い返した。
——千夏の家は、やはり只者ではない。
それと同じくらい、俺の素性もまた、普通ではないのだと再認識するのだった。




