第六話 「仁義を切る龍ケ崎」
門をくぐり、千夏の家の玄関へと向かう。
見上げるほどに大きな唐破風の屋根がそびえ、格式の高さを物語っている。周囲にそびえ立つ堂々たる石垣と、手入れの行き届いた庭園。そのどれもが、ただの「普通の家」という言葉では片付けられない威厳を放っていた。
「お前の家、改めて見るとすげぇな……」
「まぁな。でも、今は普通の家だぜ?」
千夏は肩をすくめてそう言うが、俺の目にはどう見ても“普通”ではない。玄関の木扉は漆塗りが施され、金色の取っ手には家紋の彫刻が施されている。その豪奢な造りを見ただけでも、この家がかつて“そういう家”だったことを雄弁に物語っている。
(普通の家ねぇ……)
俺は深呼吸し、意を決して玄関の敷居をまたぐ。
そして——
「お控えなすって!」
玄関に立ち、背筋をピシッと伸ばす。
右手を額の前で軽く掲げ、左手は腰に添えたまま、足を肩幅に開く。
「お控えなすって! お控えなすって!」
俺の声が玄関に響き渡る。
「風に聞け、空に問え! 我が名は龍ケ崎弘彌! 江戸は千代田の地に生を享け、先祖代々、義を重んじる家に生まれ育ちやした! 幼少より学びを重ね、人の道を説き、礼節を尊び、今ここに参上つかまつった!」
「遠きご縁の巡り合わせ、御屋敷の門前にて、軒下三寸お借りしてご挨拶申し上げやす! いざ、仁義を切らせていただきやす!」
堂々たる口上を述べ終え、深々と一礼。
直後、屋敷の奥からどたどたと足音が聞こえた。
「なんだ!?」「誰だぁ?」
数名の男たち——いかにも昔気質の若い衆たちが玄関へと姿を現した。彼らは俺の姿を見て、ぎょっと目を見開く。
「な、なんだ? 仁義を切るガキがいるぞ……?」
「おい、千夏お嬢、こいつぁどういうことだ?」
戸惑う男たちを制するように、一人の小柄な老婆が静かに前へと進み出た。
「お控えなすって」
老婆——千夏の祖母であり、家を仕切る大島綾乃は、落ち着いた口調で返す。
「お控えなすって、お控えなすって! 風に聞け、空に問え! 我が名は大島綾乃! この家の門を預かる者、いざ仁義を切らせていただきやす!」
その瞬間、場がピリッと引き締まる。
若い衆たちも黙り込み、俺と綾乃さんのやり取りに注目している。
俺は一歩前に進み、再び深々と頭を下げる。
「お控えなすって、失礼ながら軒下三寸お借りして、ご挨拶申し上げやす! 当方、龍ケ崎弘彌と申しやす! 幼少の砌より書を読み、剣を振るい、義を知り、礼を学び、人の縁を何よりの宝と心得ておりやす!」
「本日、このご縁に導かれ、この門をまたがせていただきやした! 義と誠の心を胸に、何卒、御見知りおきのほど、お願い申し上げやす!」
俺の口上に、綾乃さんは微笑み、ゆったりとした動作で頭を下げた。
「ようこそいらっしゃいましたな。龍ケ崎様、そのお心意気、しかと受け止めました」
「ありがたき幸せ!」
俺も頭を下げる。
「こちらこそ、これより御無礼の数々、お見知りおきのほどお願い申し上げやす!」
「なに、若いのに見事な仁義でございますな。では、この家の門をくぐることを許しましょう。存分にくつろいでくだされ」
「忝く存じます!」
俺と綾乃さんは、がっちりと握手を交わす。
「お若いのに、よく心得ておいでですな。これはただの遊びではなく、礼節の表れでございましょう?」
「はい! 任侠道もまた武士道のひとつかと!」
「立派な心掛けでございます!」
周囲の若い衆たちも、いつしか真剣な眼差しで俺を見つめていた。
「こいつ……ただの学生じゃねぇな……?」
「おう、こりゃ本物だぜ……」
「すごい……」
そんな彼らの囁きが聞こえる。
「……もういいから、さっさと上がれ……」
千夏に促され、俺はようやく玄関の敷居をまたぐ。




