第40話:王女、来日す
春の終わりが近づき、茨城の風にもほんのりと夏の匂いが混じる頃――。水戸市の高校に、かつてない大ニュースが舞い込んできた。
「転校生が……来る!?」
しかもその正体は、“ある国の王女殿下”。それだけでも大騒ぎになるのに、さらなる情報が水面下で流れていた。
『王女殿下は、龍ケ崎弘彌殿下の許婚候補らしい』
この噂が廊下を、教室を、部活動を、果ては教職員室まで電撃のように駆け巡った。
教室の空気は、明らかに騒がしい。
「ねえ、聞いた?今日から来る転校生、めっちゃ可愛いらしいよ!」
「しかも外国のお姫様で、龍ケ崎くんと婚約者かもしれないんだって!」
「マジ!?やばくない!?」
その中心にいるべき弘彌はというと――
「……知らん。俺は何も聞いていない。」
朝から静かにノートを開いていたが、当然その視線は集中砲火のように彼に集まっていた。
「なあなあ、ほんとに知らないの?」
「ガチで知らない。」
弘彌がそう答えたその時、教室の扉が静かに開かれた。
「転校生を連れてまいりました。」
担任が告げると、そこに立っていたのは、透き通るような金髪に碧眼、純白の制服をまとい、まるで童話の中から抜け出したような少女だった。
「シャルロット=オルレアンと申します。以後、お見知りおきを。」
その一言だけで、教室の空気が一変する。
天使だ。
そう思った生徒も多かっただろう。圧倒的な美貌と気品。言葉の端々に漂う高貴なオーラ。
「君が……龍ケ崎弘彌様、ですね?」
シャルロットは教室中の注目を浴びながら、まっすぐに弘彌の机まで歩いてくる。そして、すっと膝をつき、手の甲に唇を近づけるポーズをとった。
「ごきげんよう、私の婚約者様。」
教室、騒然。
「ちょ、ちょっと待て!? 俺、本当に何も聞いてないってば!!」
弘彌は混乱していたが、シャルロットはにっこりと微笑んでみせる。
「……そんな、私に会えたことがうれしくて、照れているだけなのでしょう?」
「いや、マジで違うから!!」
こうして、嵐のような転校初日が始まった。
校長室にて
「まったく……また勝手なことを……。」
弘彌は放課後、校長室に呼び出されていた。
「説明してもらえますか、校長。」
「いや、説明されるべきは君のほうだろう? シャルロット王女と君の婚約話など、わしも外務省から昨日聞かされたばかりでね。」
「……外務省?」
「そうだ。シャルロット王女の母国は、近年日本と安全保障協定を結んだばかりでな。その一環として、王女殿下を日本に留学させることになった。だが、どうせなら“特別な保護下”で暮らさせたいという国の意向もあり……」
「で、その“特別な保護下”が、俺?」
「そういうことだ。」
「勘弁してくれよ……。」
だが、既に事態は公的なレベルで動いている。弘彌には断る自由などない。しかも、王女シャルロットは想像以上に積極的だった。
夜の水戸駅前
その夜、弘彌は朧と共に駅前のパトロールを兼ねた散歩に出ていた。
「どう思う、朧。あの姫様。」
「……殿下に対してあそこまで大胆な女性、初めて見ました。」
「いや、うん、あれ普通に恥ずかしいからな。」
すると、不意にシャルロットの姿が現れる。まさかの尾行だった。
「お二人だけでお散歩だなんて、不公平ですわ。」
「え!? どうしてここに……」
「お散歩ですもの、私もご一緒して構いませんでしょう?」
「……いや、これはだな……」
にっこりと笑うシャルロット。
「せっかく未来の夫と過ごす夜なのです。遠慮などしませんわ♪」
弘彌は頭を抱えた。
水戸の街に、嵐の予感が吹き始めていた。




