第39話:親王、目覚めの刻
――夜のアクアワールド大洗。
朧の倒れた現場には未だ緊張が張り詰めていた。水族館の青白い照明が、床に広がる血の海に反射していた。
「朧ッ!」
駆けつけた弘彌は、無残に倒れた護衛の姿に顔を歪めた。普段は冷静で、命を投げ出すような真似などしない彼女が、なぜここまで――
「……まさか、お前……俺を庇って……」
弘彌は震える手で朧の肩を抱き起こした。
「……殿下……生きて……」
朧のかすれた声が耳元で囁かれる。
「ふざけるな。お前が死んだら、俺はどうすればいい?」
彼の瞳に涙が溢れる。だが、その涙が零れた瞬間、周囲の空気が変わった。
――ピシッ。
館内の照明が一斉に消え、静寂の中に何者かの足音が響く。
「……やれやれ、まさか親王自ら出てくるとはな。」
現れたのは、相馬財閥の実働部隊“黒翼”のリーダー格、霧島。
全身黒尽くめ、左目に刺青のような模様を刻んだその男は、余裕の笑みを浮かべていた。
「今ここで、お前を殺せば、日本は一気に混乱する。相馬家の悲願……この国の掌握もすぐそこだ。」
「……ああ、そうか。だったら――」
弘彌の背後で、朧の苦しげな呻きが響いた。
その瞬間、
カチン。
弘彌の中で何かが、確実に“切れた”。
「殺すぞ、貴様。」
これまでの彼にはなかった、凍てつくような声色。霧島は一瞬たじろぐ。
「へえ……その目。まるで……まるで“本物”じゃねぇか。」
弘彌がゆっくりと立ち上がる。その姿は、まるで戦場の王。
「――龍ケ崎宮、第二十八代当主。龍ケ崎弘彌親王。
この国の未来に仇なす者は、すべて排除する。」
その宣言と共に、朧から預かっていた短刀が抜かれる。
一閃。
霧島の部下の一人が、反応する間もなく倒れる。
「この動き……本当にただの学生か……ッ!?」
「違う。俺は“龍ケ崎宮”。そして、これが“王の覚醒”だ。」
弘彌の動きは、まさに剣舞。
後方で、意識を失いかけていた朧が、微かに目を開いた。
「……殿下……その剣……まさか……」
「朧。安心しろ。お前が守ってくれた命、無駄にはしない。」
霧島が叫ぶ。
「こいつを囲め!撃て、撃てぇッ!」
だが、弘彌は飛び交う銃弾を、柱や水槽の影を使い華麗に回避しながら突き進む。
「……その程度か。王に刃を向けるには、千年早い。」
次々と倒れていく黒翼の戦闘員たち。
最後に残った霧島は、背後に爆薬を仕掛けていた。
「ならば、道連れだ……ッ!」
爆薬に火が走る。
「弘彌様ぁっ!!」
叫ぶ声の中、弘彌は朧を抱き上げ、吹き飛ぶ衝撃の中で一瞬の隙を突き、水槽の非常口へと飛び込んだ――。
爆炎が広がる。
その炎の中で、龍ケ崎弘彌親王の姿は、なおも消えず――。




