第36話:遠足前夜、少女たちの思惑
大洗の海風が夜の帳に混ざる頃、水戸市内のとある高級ホテルの最上階スイートルームでは、龍ケ崎弘彌が静かに天井を見つめていた。
明日は、アクアワールド大洗への学校遠足。その表向きはただの高校行事。しかし、弘彌にとっては裏で動く相馬財閥の陰謀を阻止するための鍵となる一日だった。
「――殿下、明日の同行予定者が揃いました。」
朧が手帳を片手に、静かに報告する。
「一班は千夏様、深雪様、風花様。二班に麗華様、琴音様。そして特別同行者として――」
「“霞”か。」
「はい。護衛任務と、現地での情報収集も兼ねております。」
霞――それは朧と同じく、龍ケ崎宮家に仕えるくノ一の一人。可憐な外見とは裏腹に、彼女の諜報能力と身体能力は一級品だ。
「千夏たちには危険を感じさせたくない。護衛はあくまで自然に、な。」
「承知いたしました。」
弘彌は一息つくと、窓の外に目をやる。大洗の夜景が、遠くに微かに光っていた。
――だが、その頃。
水戸市内の別の場所では、別の“少女たち”も明日に向けて、密やかに動いていた。
「へぇーんしん!」
原付のエンジン音を響かせながら、千夏が革ジャン姿で自宅前の車庫から登場した。
「明日は遠足!だけど、なーんか気になるんだよな……弘彌の様子。」
彼女は小型無線機を手に取り、誰かに連絡を取る。
「そっちも明日、念のため動いて。うちの直感、そう外れねえからさ。」
千夏はかつての“ヤンキー仲間”たち、いや、元レディース仲間に指示を出していた。
一方、麗華は部屋の中で手帳を睨んでいた。
「……まさか、あの龍ケ崎弘彌が、裏社会と戦っているなんて。」
彼女の家は地元の政治家一族。情報網を持ち、常に周囲の動向を分析する癖がある。
「父上からの警告もあった。相馬財閥が本格的に動いていると……」
ベッドの上には、政治家ルートで手に入れた極秘資料が置かれていた。
「でも、私は“ヒロイン”として、彼の隣に立ちたい。それが恋だとしても、誇りだとしても……!」
その頃、霞は密かに警視庁のデータベースに潜入していた。
公安が監視している相馬財閥の関連企業、その動向。
「……ふむ、やはり大洗で何かがある。」
朧からの指示により、霞はすでに水族館の地下通路の構造図と防犯システムの情報を入手していた。
――そして、弘彌。
「ここまで来たら、もう退けない。」
彼は立ち上がり、愛用のタブレットに視線を落とす。
その画面には、公安や警察庁、霞や朧からの最新情報が集約された専用の作戦アプリが表示されていた。
「俺は、“ただの高校生”として、やるべきことをやるだけだ。」
風が夜の街に吹き抜ける。
明日、波打ち際で揺れる運命が、静かにその姿を現し始めていた――。




