第二話 「爆音と共に現れた少女」
朝の教室は、まだ静寂に包まれていた。
昨日の入学式を終え、今日から本格的に高校生活が始まる。
俺、龍ケ崎弘彌は窓際の席に座り、外の景色をぼんやりと眺めていた。
「殿下、油断は禁物です」
俺の隣には、当然のように護衛兼侍従の結城楓が座っている。
「だから、その呼び方やめろって。俺はただの高校生、龍ケ崎弘彌だ」
「しかし、立場を忘れるわけにはいきません」
頑固なやつだ。
とはいえ、こいつは俺の正体を知る数少ない人物の一人。こうして近くにいるのは安心でもある。
教室内は、新しいクラスメイトたちがぽつぽつと会話を始めていた。自己紹介はこれからあるらしいが、それでも周囲の人間関係は自然と形成されつつあるようだった。
「しかし、やはり浮いてしまいますね」
楓が小声で言う。
確かに、俺たちは周囲の生徒たちとあまり馴染んでいない。
(まあ、そりゃそうだよな……)
俺は今まで特別な教育を受けてきたし、楓に至っては侍従兼護衛としての訓練を受けてきた身。周囲と自然に馴染めるわけがない。
「まあ、焦ることはない。これから少しずつなじんでいけばいいさ」
「そう簡単にいくでしょうか」
「やってみなきゃわからないだろ?」
そんな会話をしていると、突然、窓の外から爆音が響いた。
「ブオオオン!」
まるで戦場の合図のような轟音。
教室内の全員が驚き、教師たちの怒号が外で飛び交う。
「な、なんだ!?」
「バイクか……? こんな朝っぱらから!?」
みんながざわめく中、俺は冷静に窓の外を見る。
校門の前、一台のバイクが停車していた。
そこに乗っているのは——長い金髪を無造作に結び、学ランのような改造制服を身にまとった少女。
見た目は完全にヤンキー。
しかし、彼女はバイクをきちんと駐輪場に停め、ヘルメットをロックし、軽く一礼をしてから校舎へ入っていった。
(……妙に礼儀正しいヤンキーだな)
俺の脳内に、「不良」と「常識人」という相反する二つの要素がせめぎ合う。
そして数分後。
遅刻した彼女が、俺たちのクラスに入ってきた。
「よお、遅れて悪ぃな。転んだ婆ちゃん助けてたら時間くっちまった」
教室が一瞬静まり返る。
彼女の発した言葉に、誰もが驚いたのだ。
そして——
「カッケェ……」
誰かが小さく呟いた。
その瞬間、クラスの空気が変わった。
今まで「ヤンキーが来た」と警戒していた空気が、「こいつ、もしかしていいやつ?」に変化する。
「まあ、しゃーねえよな!」
「それならしょうがない」
ざわめきは好意的なものに変わる。
ヤンキーのイメージとは裏腹に、彼女の言葉には優しさがあった。
「名前は?」
誰かが聞いた。
「ん? 俺か? 佐倉千夏。ヨロシクな!」
彼女はそう言って、豪快に笑った。
(佐倉千夏……こいつが、これからの俺の高校生活に関わってくるのか)
なんとなく、そう確信する。
「おい、そこの窓際のやつ」
不意に千夏が俺の方を見た。
「ん?」
「なんか……お前、ちょっと変わってんな?」
「……よく言われる」
俺は苦笑する。
千夏は俺の返答に少し考えるような仕草をしてから、ふっと笑った。
「お前、気に入ったぜ」
「……は?」
「よろしくな、龍ケ崎!」
そう言って、千夏は俺の背中をバシッと叩いた。
(……これは、波乱の予感しかしないな)




