第十七話:転校生は敵か味方か
新しい転校生がこの学校にやってきたのは、まさに予期せぬ出来事だった。彼女の名前は天野夏希。海外での生活が長く、英語と日本語を自在に使いこなす、いわゆる「帰国子女」だ。その風貌は、どこか冷たい印象を与えるが、視線の先にある鋭さが彼女をただの転校生ではないと感じさせる。
転校初日、教室に入ってきた夏希の目は、どこか不思議な輝きを放っていた。彼女は大人びていて、他の生徒たちが感じる緊張感とは異なり、どこか堂々としている。しかも、クラスの中心に座っていた千夏に一度も視線を向けることなく、すぐに弘彌の方を見つめていた。
「……あなたが龍ケ崎弘彌くんね?」
その言葉が響いた瞬間、教室の空気が一変した。夏希の口調はどこか優雅で冷徹な印象を与えるもので、誰もがその言葉を耳にして振り向いた。
弘彌は一瞬驚いたが、冷静に答える。「はい、そうですけど。あなたは……?」
「天野夏希。よろしく。」彼女は微笑んだが、その笑顔にはどこか隠された意図が見え隠れしているように感じた。
教室ではすぐに夏希が話題になり、彼女が一体どんな人物なのかを知りたがる声があちこちで上がった。しかし、夏希は誰とも積極的に会話を交わすことはなく、すぐに自分の席に座った。
その後の休み時間、弘彌は興味本位で夏希に声をかけてみた。
「君、転校生の割には落ち着いてるんだね。海外生活が長かったから?」
夏希は少し考え込んだ後、答える。「ええ、まあ。こっちの世界には慣れているから。それに、あなたのことにも興味がある。」
その言葉に弘彌は驚くが、彼女の冷静で知的な雰囲気に惹かれるものがあった。「俺に興味?」
「ええ。あなたの噂、いろいろ聞いてるから。」夏希はそう言ってクスッと笑った。その目は、ただの好奇心からではなく、何か別の意図を感じさせるものがあった。
「俺に興味があるって、一体どういうことだ?」
「あなた、ただの高校生じゃないでしょう? そうじゃなければ、あんな立場の人間に取り入ろうとするなんて普通は考えないわ。」
その言葉に、弘彌は何か見抜かれた気がした。彼は瞬時に思った、夏希は普通の帰国子女ではない、ただの転校生ではない、と。
「君、何者なんだ?」弘彌は少し警戒心を込めて尋ねた。
「ただの転校生よ。けれど、あなたが一体どんな目的でここにいるのか、知りたくて仕方ないの。」夏希は言いながら、どこか楽しそうな表情を浮かべた。
その瞬間、弘彌は彼女がただの好奇心から言っているのではないことを感じ取った。彼女の瞳には、計り知れない深さと冷徹さが潜んでいた。
弘彌は少し間を置いて答える。「俺は……ただの高校生だよ。大したことはない。」
夏希はそれを真に受けたかのように微笑んだ。「ふーん、そう。でも、あなたの立場が変われば、もっと面白いことができそうね。」
その言葉に弘彌はわずかな違和感を覚えたが、夏希の態度に悪意を感じることはなかった。ただ、彼女が持っている「何か」を掴むには時間がかかりそうだと、直感的に感じた。
そして、昼休みが終わり、次の授業が始まった。夏希は弘彌とクラスが違ったため、その後は彼と顔を合わせることはなかったが、彼の頭の中からは彼女の言葉が離れなかった。
「あなたの立場が変われば、もっと面白いことができそうね。」
その言葉がどこか心に引っかかり、弘彌は少しだけその意味を考えるのだった。
放課後、弘彌が図書室に向かっていると、ふと夏希が近くに立っているのを見かけた。彼女は弘彌の目を見つめて、にっこりと笑った。
「どうしてこんなところにいるの?」
「ちょっと調べ物をしていて。」弘彌は言葉を選んだが、夏希はそれに満足したのか、何も言わずにそのまま歩き去った。
弘彌は再び図書室に足を踏み入れ、その日1日の出来事を頭の中で整理した。転校生の天野夏希。彼女が言った言葉や行動、そして冷徹さに、何か予感を感じていた。夏希の登場が、単なる偶然で終わらないことは確かだった。
その予感が、これから起こる新たな波乱の始まりを告げているのかもしれないと、弘彌は直感的に感じ取っていた。




