第九話 「帰宅と待ち受ける影」
夕餉の席を辞し、俺は千夏たちに見送られながら屋敷を後にした。
門を出た瞬間、待ち構えていたのは黒塗りの高級車。そして、その傍らには数名の男たちが控えていた。
「お迎えに上がりました」
スーツに身を包んだ男たちは一糸乱れぬ礼を示し、俺の帰宅を支援すべく待機している。
千夏や若い衆がぽかんとした表情でその光景を見つめる中、綾乃ばあちゃんだけは微かに目を細めた。
「……なるほどねぇ」
彼女の口からこぼれた言葉は、何かを悟った者のそれだった。
「お、おい……弘彌、これ何?」
千夏が不思議そうに俺を見つめる。
「いや、まぁ……送迎サービス的な?」
俺は適当に誤魔化しながら車に乗り込む。
「じゃあな、千夏。また学校で」
「お、おう……?」
狐につままれたような顔の千夏たちを残し、車は静かに発進した。
マンションに到着し、エレベーターで最上階へ。
ドアが開くと、そこにはすでに待ち構えていた影があった。
「お帰りなさいませ、殿下」
黒髪を背で束ね、鋭い眼差しを持つ少女——俺の護衛役であり、同級生のくノ一、斎宮が静かに頭を下げる。
「ただいま、斎宮」
「お食事は済まされましたか?」
「まぁな。今日はちょっと特別な夜だったよ」
「そうですか……」
斎宮は俺の言葉に意味深な微笑を浮かべながら、そっと俺のコートを受け取る。
偕楽園の夜景が広がる最上階の窓。
ライトアップされた遅咲きの梅と桜が、幻想的な輝きを放っている。
花の香りがわずかに風に乗って運ばれ、夜の静けさを彩っているようだった。
「……なんか、今日一日、濃すぎたな」
ソファに深く沈み込みながら、俺は目を閉じた。
部屋の中は静かで、外の夜景だけが穏やかに輝いていた。




