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最終瓶

夫が旅立ちもう10年が過ぎました。そうして私自身も旅立ちの近づきの予感と共に、まだしっかりとしている内に様々のものを整理していた折に。夫が昔綴っていた懐かしい手紙の名残を見つけ、そうして川に流さないままでいた一枚の手紙が出てきました。それは生きている間ではなく夫がいなくなった後の私に向けたものでした。読み終えて少しおかしくなったりしたものです……これなら普通に私に口伝えで言っても良かったのでは?でも人間など不器用なもので、大切な言葉ほど結局言えずじまいになってしまうものかもしれません。残されていたこの薄荷水の瓶も最後の一本を使い、後は全て処分します。最後のこの瓶の手紙は私が初めて書きますが、これまで夫が綴り私が封蝋し、そうして二人で川に流してきたものの最後になります。これを読んでいるあなたが分かるように、夫が書いていた手紙はパーキンスブレイラー……点字タイプライターによるもので、今私も同じ機械で書いているのです。当時は晴眼者の私は点字を十分に学べておらず、夫の手紙の内容も知らないままでしたが、次第に覚え今はパーキンスブレイラーの操作も十分に行えるようになりました。夫の形見でもあるこの機械には思い入れもありますが、この手紙を打ち出し終えたらこれからもっと若い方にお譲りして役立ててもらおうと思っています。夫には何故点字の手紙で出すのか、内容を清書してもっと多くの人に読んでもらった方がいいのでは?と聴いたことがあります。夫は内気でどこまでも優しい性格でしたが、少し天邪鬼なところもあり、そういうものかとも思ったのですが、苦笑いして曖昧にはぐらかしました。実のところ、孤独な魂にとって、言葉が単に届くのが大切なのではなく、深く届く事が重要で、遥かな距離や障害を越えて手紙を放つ、その行為こそが夫にとって大切だったのかな、と今は思います。点字を学び自力で読めるようになった私に向けて書かれた手紙の言葉は私たちの絆が繋がっていたことを教えました。夫の手を引いて川にかかる橋まで歩いた道筋を思い出します。外国旅行に生涯行けなかった私たち夫婦も風の匂いを楽しみながら瓶を流しに行きました。手を繋ぎ自宅と橋を往復する時間は私たちにとって目くるめく世界旅行のように充足した時間でした。この手紙は夫の最初の手紙と同封して瓶で流すつもりです。私たち夫婦の言葉が手を繋いで海の中を遠くまで旅するように。

初出:2023年(令和05)07月01日(土)21:32

[pixiv] https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=20180848

『pixiv小説1000億字突破記念「1000字コンテスト」』テーマ「ボトルメール」( https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=19909583 )内

「1000字コンワンライ」第1回「言葉」( https://x.com/pixiv_shosetsu/status/1660088021486800896 )参加作品。

[※募集期間外投稿 2023年05月21日(日)10:00~11:00の開催期間後に書かれたものです。]


再録:2025年(令和07)02月15日(土)

[小説家になろう]


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