第三瓶
僕がこの手紙を書いたのは三通目という事になる。この前に書かれたものと同じように、これを拾った人や読む人、そして読める人が果たしているのか、分からないけれど、続けていきたいと思う。実はこれ以外にも書き物はしたり普通の手紙を綴ったりはしているのだけど、それは読ませる相手が決まっていて、そうして(どれほど詰まらない内容でも)目的や用事を確実に済ませるものとしてやりとりをしている訳だ。でもここで殆ど目的らしきものもなく相手が誰なのかも決めずにやっている事は、「本当に純粋に手紙を書く」ということで、例えば目的地を決めずにただ歩く行為であったり、部屋の中でただ何もせずにいるだけの行為に似て、何も生み出しもせず何も壊しもしない。僕は一人この部屋の中でただ手紙を綴っている。この部屋にはなるべく物を置かないようにしている。そのおかげで僕は気分次第で後ろに寝転び手足を伸ばすことが出来る。これを書き終えるまでに僕は何度も立ち上がったりして部屋に空気を入れるために窓を開けたりする。風を入れて顔に感じるのが心地良い。机の上には書きかけのこの手紙があり、書き終えてこれを入れるための瓶は既に用意してある。手紙を濡らさないように、また瓶に水が入り沈んでしまわないように、中に入れたら封印をするわけだけれども、その時にはきっとこの部屋の空気も封じられていく筈だ。それでも、もしこの瓶が無事に拾われて封を開けられた時に漂うのは、この瓶が入れていた薄荷水のすっとした香りの方だろう。この部屋の外、僕の街を巡る風も届けられたら良いのだけど、瓶の中では風は風のままでいられない。この部屋の中では僕は僕なのに、瓶の中で風は止まってしまい、手紙は一枚の紙に戻るだろう。見知らぬ海でこの瓶を拾った者は、中を透かして見て文字の書かれていない紙が入っているのを見たら何だと思って開封もせずに海に投げ戻すかもしれない。それはそれで良い気もする。でも敢えて開封し中のこの手紙を取り出した誰かが僕の言葉を発見する時。一緒に入り込んだこの街の風がそこに届くのではないか、とも思っている。世の中には色んな形の手紙がある。風もまた。海の波は遠くの水そのものが岸に届く訳じゃない。水を伝わった振動がその形を表して届くものだ。風も空気の中の動きだ。そうして本当は質量のない言葉の羅列が手紙を通じて「あなた」に届くとすれば、これもまた波や風と似て……
初出:2023年(令和05)06月21日(水)05:53
[pixiv] https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=20116121
『pixiv小説1000億字突破記念「1000字コンテスト」』テーマ「ボトルメール」( https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=19909583 )内
「1000字コンワンライ」第3回「部屋」( https://x.com/pixiv_shosetsu/status/1665705031197409281 )未参加作品。[※募集期間外投稿 2023年06月05日(月)22:00~23:00の開催期間後に書かれたものです。]
再録:2025年(令和07)02月15日(土)
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