九歳児のカレー論
「ほら、ちゃんといただきますしなさい」
「いただきます」
本当ならもうすぐ仕事から帰ってくる父上を待つべきだが、お腹が減って仕方ないので先に夕食を頂くことにした。
小学生も仕事で忙しいのだ。
フ、最近のがきんちょでも遊びに対する情熱はいつの時代も変わらないらしいな。
付き合うのにも骨が折れる。
ん?
ああその通り私もまだ九歳児だが。
周りの奴らとは精神年齢が違うのだ!
そういえば私が秘密基地を作って以来、皆それにのめりこんでPSPやマンガを持ち込んでいる。
まあどうしても、というのなら貸してやらんほど私の器は狭くない。
べ、別に褒められたりおだてられたワケでは断じて無い!
私の心が広かっただけだ!!
「ちょっと今日のご飯不味かった?」
「いや、全然そんなことない」
床に着かない足をぶらぶらさせて思考に耽っていたら、いつの間にか箸が止まっていた様だ。
クソ、私の身長が小さいのではなくこの椅子が高すぎるのだ!
しかし今日の私は機嫌が良い。
特別に許してやろう、デクのぼーなデカいす。
なにせ本日のメニューはカレーだ!
カレーだ、カレーなのだ!
私のこの世の星の数ほどある料理の中で最も好きなカレーだ!!
カレーに関して私が引けを取るのは某ひぐ〇しの田舎学校の某教師や、某ゲームの埋葬機関の某先輩ぐらいものである。
あ、そこ、何で九歳児がそんなこと知ってんだとか言わない様に。
本道のインドとジャパニーズ・カリィライスの違いは大きい。
しかしそれは日本のアレンジャーとしての力を示しているのではなかろうか。
ただ良いモノを吸収だけでなく、取り入れたものを更なる高みへと昇華する力をこの国は持っているのだ。
「パパ、傘忘れちゃったんだって。ちょっとママ迎えに行って来るね」
「ふむ、道中には気をつけるのだぞ」
「はいはい。じゃあ行って来ます」
ケータイを片手でパタンとたたみ、上着を着て傘を二本持ち母上は出かけていった。
あの田舎駅にはテイクアウト可の透明な傘も無ければ、コンビニなど気の効いたものも無い。
父上も一時間に二本しか電車が無いのは辛いと言っていたな。
さあ、人類の秘宝とでも言うべきこのカレーを冷ましてしまうのは、欲しいカードの為にパックを何十も買いあさるようにもったいない。
ノーマルとかはシングルで買うべきだ。
閑話休題。
無駄な思索に走りたがる気持ちを切り替えるか。
「改めて・・・・いただきます」
キャラクターの絵が描かれたいい加減買い換えたいスプーンを握り、一口目をすくう。
今日のカレーはいつものと趣きが少々異なるようだ。
新調理法?
どれ・・・・
「――――ッ!」
カレー愛好家の偉大なる女神二人に抱擁される感覚を掴む。
無論、妄想。
何かカレーっぽい辛さは無いが、美味い。
カレー界の織田信長や!と某有名人っぽく叫びたくもなる味だ。
「よし・・・次はジャガイモだ」
ジャガイモはカレーにおいては非常に重要なポジションを占めている。
辛さの抑制機関であり、ライスに続く第二の炭水化物と言っても過言でなかろう。
更に肉のように高価でもないのでケチられる対象にならない。
「これは・・・よいものだ」
流石に母上、芯の部分が硬いといった初歩的ミスはないな。
しかも無駄な思考に耽ったせいか、程よく熱さが抜けていて食べやすい。
評論する間もなく口の中から消えてしまった。
「そしてニンジン」
サラダに入っているのは苦手でも、カレーに入っていれば全く気にならないという方もいるだろう。
見た目の上でもアクセントとなる紅き秘宝を咀嚼する。
「甘いッ!これが妙に辛さが無いせいでいつもよりも甘さが際立っている!」
おっとつい興奮して声に出してしまた。
自重するのだ。
カレイヤー(?)としてゆっくりとこのすばらしい芸術品を楽しまねば。
しかし・・・
「美味い・・・美味すぎるッ!」
箸、もといスプーンを自らの意志で止めることができない。
まるで自分の腕ではないように動く。
魂がこのカレーを求めているのだ。
影に織り交ぜられたナス、カレーの引き立て役に徹するブロッコリー、根幹となるライス。
全てが絡み合い最高の美味が完成している。
芸術だ、天才だ、風雲児だ、最高だ!
これを褒める言葉など、今なら口からとどまることを知らない大河のようにあふれ出てくる。
いや、ここまで神格化したものを言葉で表現するのは侮辱に当たるかもしれない。
味わうためでなく、伝えるためでもなく、ただただ感じるのみだ!
「ふぅ・・・」
気づけば私を皿を洗う必要がなくなるというほどに、貪欲に喰らい尽くしていた。
これまでのカレーと全く違う辛さではない何かがあった。
カレーというには邪道かもしれない。
だがしかし、これが生きてきた九年間で最高のカレーだったことは認めざるを得ない!
まだ余韻が体に残っている。
何となく叫びだしたくなった。
「ごちそうさま、だ!」
ガチャリ
母上と父上が帰ってきたようだ。
危ない危ない、親に精神異常者として見られたら大分傷つく。
「ただいま~」
「ただいま。ママ、今日はカレーかい?」
「ビーフシチューよ。あなたの鼻はどうなってるのよ、まったくもう・・・」
パリーン!
床に落ちた皿と共に、自分の中の何かが崩れていく音が聞こえた。
実は私はビーフシチューほとんど食べたこと無いっていう・・・
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