私を偽装するなと言われても、知りません!
「エリーを騙る偽者め!当然、君との婚約は解消してもらう。国外に去れ!」
「はっ?……偽者ですか?どういうことですか?」
えっと意味が分かりません。
今日は若き貴族の子弟たちの成人を祝う式典。
その祝いの場で、あろうことか婚約者であるスコット王子がとんでもないことを言い出しました。
偽者とはどういう意味でしょうか???
私はエリー。エリーゼ・フォーネルトです。フォーネルト公爵家の娘で、現在は聖女の認定を頂き、神殿に籍を置いております。
一方、婚約者であり、私に意味不明なことを言い放って睨みつけてくる男性はスコット王子。この国の第一王子であり、次期国王の第一候補です。
「ふん。正直に偽っていると言うのなら許してやってもよかったが、あくまでもしらを切るつもりか。許せん。誰かこの者を捕らえよ!我が婚約者であるエリーに成りすましたなにか……悪魔かもしれない」
「悪魔!?」
本気で言ってるのでしょうか?正気ですか?
聖女として悪魔を祓うべき私が悪魔?
そう、聖女です。貴族の義務として参列した聖獣様の300年祭で偶然力を発現してしまい、即聖女認定されてしまって半年。まだまだ新米ですが、聖女は聖女です。
ちなみに前の聖女様が生み出した聖獣様はようやく使命を果たしたと仰られて天に消えていきました。私の力なら何も問題ないとお墨付きを頂いたので問題はありません。
それに幼い頃の記憶。
弟と共に迷い込んだ森の中で悪魔に襲われ、聖獣様に助けられた。
それ以来、我が公爵家は王家派でも貴族派でもなく神殿派です。私の聖女就任も喜んでくれています。
そんな優秀な聖女である私に向かう王子様の表情は何かの決意に満ちていますね。まったく会話になりそうな雰囲気ではありません。
私はそれでも多少は動揺しながらも周囲を見渡しますが、まぁ当然ですが誰も動きません。
そもそもなぜ今日の式典の場で言い出したのでしょうか?
みなが驚きの表情でこちらを窺っています。
子供から成人に変わる日。16歳を迎えた者たちの祝いの場です。多くの同級生たちがいます。
そんな場での婚約破棄、そして国外追放。
今日からは大人なのです。その言葉には責任が伴います。発言はすでになされたのですから、もう戻りません。
「王子。本気ですか?」
そう言いながら近寄ってきたのはルリア・ウィンバード。私と同じく公爵家の令嬢です。
いわばライバルの家。恐らく婚約破棄は確定したものとして、王妃の地位でも狙うつもりでしょうか?
空気を読まない女を背中に貼り付けた男を?
もうどうでもいいですが。
「当然だ。俺は"真実の愛"を見つけたのだ。このミリアこそ、俺の全てだ。俺はミリアと結婚する」
「まぁ、そうでしたか。それはおめでとうございます。ではこれで私は失礼いたしますわ」
そう言って彼女は凛とした姿勢でつかつかと歩いて行ってしまった。
少しだけ私の方を振り返ったその顔は氷のようでした。
あれ?
「私も失礼しますわ」
私の方は国外追放とまで言われたのですから、むしろ私が先に出ていくべきでしょう。
そう思った私は歩いて行ってしまったルリアを追いかけるように会場を後にしました。
「それでは私も失礼します」
「王子、僕も失礼します」
「えっ?えっと、私も失礼しますわ」
……後に続く何名かの者たち。いずれも高位貴族や神殿とつながりのある家の方々ですね。
しかし王子は全く気にしていないようです。
なぜなら既におべっかを使っている者たちが王子とミリアという女を囲んでいたからです。
王子は満足そうな顔でそれに答えているようでした。
□王宮にて(スコット王子)
「お前は自分が何をやったのか、わかっているのか?」
成人の祝いが終わって王宮に帰ると、父である国王陛下から呼び出された。
なんだ?俺はミリアと今後のことを話し合わなければならないのに。
「俺が何をしたと?ただエリーの偽者を追い出しただけ。責められる謂れはありません。むしろアレを見抜けなかったマヌケどもをどうにかしてください。それでは」
「どこへ行くのだ!まだ話は終わっておらぬ!」
なんだよ煩いな。
「まだ何かあるのですか?私は婚約者としたミリアと今後のことを話し合わなければならないのです」
「ふざけるな!そのような婚約、許可しておらぬ!」
「許可?もう成人したのです。俺は俺の自由にさせてもらいます」
「はぁ?」
「そもそも考えが古いのです。隣国を見てください。商業国の自由さ、帝国の規律を。家長だから、国王だからと婚姻の自由を奪うことは許されません。そのような古いしきたり、俺の代で全てなくしてやります。その第一歩として俺は俺の自由に、俺の愛する者と結婚します。では」
まだ何か父が喚いているが、気にする必要はない。
どうせ何もできない。
貴族たちの顔色をうかがうばかりの父には何もな。
なにせ母である王妃と、祖父……つまりこの国で長く宰相を務めるグーリッジ大公には話を通してある。
「神殿にどう説明するのじゃ!聖女を婚約破棄し、国外追放したなどと」
「なぜ説明などせねばならぬのですか?むしろやつらには謝罪をさせる必要があります。なにせ偽者を聖女になど仕立て上げたのだ」
「何をバカなことを!悪魔への対処はどうするつもりだ!」
「そんなもの。神殿長に任せればよいのです。偽者のエリーを聖女などと掲げる前は、神殿長が行っていたのですから」
それで話は終わりのようだ。
まったく。困ったものだな。少し考えばわかるだろうに。
私心なき王などと呼ばれ、長年貴族の利害調整しかしてこなかった哀れな男にはわからんのだろう。
我々は王族なのだぞ?なぜ貴族や神殿に気を使う必要がある?
国を治めているのは王族だ。気に入らぬ者、歯向かう者は潰せばいい。我々の意に沿うように命ずればいいのだ。
それにこの300年の間、歴代の神殿長が魔を祓っていたのだ。聖女などいなくても、どうにでもなるということだろう?
そんなに聖女という神輿が必要なのであれば、ミリアにさせればいい。そうすれば問題ないだろうな。
まったく、ちょっとは考えろ。
案などすぐに出てくるだろうに。耄碌しているのか?
俺はミリアを聖女に認定するように指示を出しておいた。
□神殿
追放とのことだったので、私はまずは実家に戻ることにしました。
遅かれ早かれ話は回るでしょう。
その前に神殿には挨拶していきましょう。
「と言うわけで国外追放を言い渡されましたので、ご挨拶に参りました」
「待ってくれエリーゼ様」
何をでしょうか?
『行くのか。では我も共をしよう』
「ありがとうございます、ファルム様」
私の背後が眩く光り、背後に暖かい魔力を纏う大きな狐さんが現れます。
この方は私の聖獣です。
とても強く優しいモフモフです。
私は我慢できず首に抱きつき、毛皮を撫でます。ファルム様は満足そうに受け入れてくれます。
「さぁ行きましょう、エリーゼ様。まずはご領地でしょうか?準備は万端です」
「ありがとうございます、クラウス様」
「待てクラウス。なぜもう準備が?それになぜお前まで旅装を?」
大きな荷物を抱えて出てきたクラウス様に神殿長が疑問をぶつけていますが、そんな余裕はないのです。
「むしろなぜ準備をしないのですか、マーシャル神殿長。もしや自殺願望でもおありなのですか?なら止めません。ご愁傷さまでした」
それは本人に向かってかける言葉ではないのですよ?
「惜しい人をなくしましたね。でも我々は歩みを止めるわけには行かないのです。さぁ、馬車に乗ってください。では……」
そして扉からもう一人……身の回りに世話をしてくれていたアリューゼが入ってきました。
「そうですわね。挨拶も終えましたし、行きましょうか」
「待て、待ってくれ!俺も行く!こんなとこに残るのはゴメンだ。オール収納!」
慌てながらそう叫び、見当たるもの全てを収納魔法に収め、神殿長もついて来るようです。
「まったく。とっとと準備して下さったら、荷物をまとめる手間はいらなかったのに」
「泣く泣く聖母様の像にお祈りして別れを済ませる必要はなかったのに。優柔不断なジジイは困りますわ」
散々な言われようで追放を言い渡されて沈んでいた心が軽くなったのは内緒だ。
そうして王都の教会は文字通りなくなった。
なにせ建物まで収納して行ってしまったのだから。
王都民は嘆いたし、貴族たちは騒然としたが、王子は絶好調だった。
『偽者と指摘したら忽然と消える。これぞまさに偽者だった証拠だ!もしや邪神でも崇めていたか!?』
などと吹聴しているようです。
そんな折、ミリアという女の地元で悪魔が出たようです。
子爵邸は破壊され、消失したものの、多くの一族のものは逃げ出せたようだった。
それに対して王子は近隣の神殿に対処を指示した。
当然断られた。
怒った王子は隣町から神殿関係者を呼びつけた。
なお、呼びつけたとは言ったものの、騎士団によって高齢の神殿長を拉致した、と言ったほうが近い。
□王城にて(スコット王子)
「貴様らはすぐに神殿の義務を果たせ。今の間にもミリアの地元が荒らされておるのだ!」
まったく、なぜ王太子である俺がこんな些事の対応をせねばならんのだ。
「私には無理でございます。後任の神殿長だったマーシャルならもしくは、と思いますが、力なき私には無理です。もしそれを成したければエリーゼ様を探し、頼むしかありません」
「なんだと?貴様は神殿長であろう。長年この王都の神殿長として悪魔に対処していたはずだ。まさかできぬとは言わせぬぞ?」
俺は知っているのだぞ?
偽エリーゼが聖女となったとき、神殿長を退任して隣町に引っ込んだことを。
平民出身であるにもかかわらず、長らく王都の神殿長として崇められてきただろう。今も地元で良い生活を享受してきただろう?
なら責務くらい果たすのが筋だ。にも関わらずできないだと?さらに偽物のエリーに謝って頼めだと?
俺をバカにするのもいい加減にしろ!
「長年対処してきたのは聖獣様がいたからです。エリーゼ様が聖女と成られたとき、天に帰ってしまいましたが」
「なんだと?どういうことだ!まさか手柄を偽っていたのか?」
「もしやご存じないのですか?神殿長に悪魔を払う力などありません。聖女様か、聖獣様にしかその力はありません。聖女様が不在の間、300年間も聖獣様に頼ってきた。それは王家が頼み、先代聖女が聖獣様にお願いされたからです。それを知らぬと?」
「ふざけるな。行きたくない言い訳をするな!とっとと行け!」
まさかそのような嘘までついて行くのを断るとは、なにが神官だ。ふざけるな!
「行くのはお前だ、スコット」
「なっ……父上?」
何しに出てきた耄碌ジジイ。ずっと病に伏せていると言い訳して出てこないからまだ王でもないのに俺がやってやってたんだぞ?それをいまさらなんだ?
それになぜミリアを連れている。
「お前の望んだ通り、ミリアは聖女と認定されておる。実家のことなのじゃ。対処するのじゃ。なに心配はない。そなたの婚約者であるスコット王子も行くのでな」
「なんだと?ふざけるな!俺はここで責務を果たすのだ」
「とっとと行くのじゃ!騎士団よ。2人をセバト子爵領へ送れ!」
「待て!何をする!離せ!」
「やめて下さい!私に悪魔を払う力などありませんわ!王子!話が違います!」
当然ながら大喧嘩をしながらも馬車に詰められ、中からは開かないように施錠され、2人は仲良く子爵領に送られました。
騎士団員は接触したくないし、会話も聞きたくないので宮廷魔道士団に依頼して、遠隔操作で王子たちの馬車を悪魔にぶつけた結果、プチッと踏みつぶされたようです。
国王は調和を乱したことにブチギレしていたようです。
□聖獣の棲家
『地上で悪魔があばれてるみたいだからマーシャルを派遣しておいたよ』
「えっ、大丈夫ですか?」
『働かせればいいのさ。エリーは気にするだろ?セバト子爵領だっけ?クラウスとアリューゼも同行したようだから』
「わかりました。あの領地はフォーネルト領の隣ですしね。みな心配でしょう」
『国王からの謝罪もあったしね』
目の前にいるのは背が高く、金髪碧眼の男性。
凛々しさの中に小動物のような可愛らしさ、抜け目のなさ、茶目っ気を持たれています。
今の私の伴侶。まぁ聖獣様ですが。
私は国外追放になったので聖獣様の棲家にやって来て今は楽しく暮らしています。