プロローグ
1770年5月15日
翌日に結婚式を迎える女の部屋に、1通の手紙が置いてあった。
封筒には「フランスと王家の存続のために、この手紙を読みなさい」と書かれてある。
その手紙を見つけた女は、封も切らずに、窓から投げ捨てた。
23年後 1793年10月16日
短く刈り込まれた髪の女が、後ろ手に縛られ、ギロチン台へと引き立てられていく。 コンコルド広場を埋め尽くす群衆からは、次々と罵声が飛んでいた。
「あいつが我々を苦しめたんだ!」 「『パンがなければケーキを食べろ』だと? 我々が飢えているときに、どんな贅沢をしてきた女だ!」 ……。
(そんなの、私の言葉じゃない……)
なぜ、私がそんな贅沢三昧の生活をしたと思われるの? なぜ?
私の国民たちに、誤解されたままこの命を終えるのが悔しい。 ギロチンの執行とともに、一瞬、目の前の群衆の姿が傾き――意識も、命も途絶えた。
「共和国万歳!」 「共和国万歳!」 「共和国万歳!」 コンコルド広場は、熱狂的な歓声に包まれた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
マリー……。 マリー……。
どれほどの時間が過ぎたのだろう? それとも、断頭され、意識が消えゆくほんの一瞬の時間だろうか? 真っ暗闇の中で、私を呼ぶ声が聞こえる。
(誰?)
『パンがなければケーキを食べれば良いではないかと言った、あなたの噂を聞きました。私はあなたに、大いなる期待をしています』
『マリー……私の希望の星』
『あなたはこれから生まれ変わり、望むままに生きてください』
(あなたは誰? ……わたし、もう疲れた……)
◇◆◇◆ 歴史を変えるのです ◆◇◆◇
信じられないほどの長い時間が暗闇の中で過ぎた。 時間が進んでいるのか、戻っているのかもわからない。 不意に周囲が明るくなり、人の声が聞こえた。
「産まれましたぞ! 元気な双子の男の子と女の子にございます!」
周りは、まったく理解できない言葉であふれている。
「男の子は、拾丸。女の子は真理、と名付けよう」
その瞬間、私の魂に『豊臣真理』という名が刻み込まれた。
――歴史の歯車が欠けた。




