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第四章 風見鶏荘 1

 画家組合の会館を訪ねた翌日、エレンは屋根付きの二輪馬車を雇ってストラトフォード川北岸のウッドサイド村へと向かった。


 服装は前日と同じく水玉の薄綿織だが、サッシュと帽子のリボンは黒にして、これは日ごろから愛用している明るい紺色の薄地の絹外套(ペリーズ)を羽織っているため、昨日ほどは浮ついては見えない。



 目的地の村はすぐ近くだった。

 さすがにターブの近郊だけあって、村の入り口には立派な旅籠屋や居酒屋や食料品店が立ち並んで、ちょっとした市街地のようだ。その賑やかな一画を過ぎたあとにも、現代風の洒落た田舎家(コテージ)が道の左右に立ち並んでいる。


 風見鶏荘はその大通りから東へ一本入った先の林の向こうにあった。

 赤レンガ造りの二階家で、右手に突き出す可愛らしい塔の円錐屋根の頂に真鍮製らしい風見鶏が飾られている。


「お客さん、着きましたよ!」

 御者が外から声をかけてくれる。「お帰りはいつごろで?」

「ちょっとそのまま待っていて。もしお留守ならすぐに戻るから」

「了解で」と、御者が残念そうに応える。たぶん待ち時間を村の入り口にあった居酒屋で過ごすつもりだったのだろう。

 ごめんなさいね、とエレンは内心で詫びた。

 もし万が一にも、この邸のなかで腐乱死体を発見する羽目になったら、一人だといろいろ心許ない。



 ――もし本当にそうなった場合、ターブ市警はレディ・アメリアの名誉のために、わたくしの存在を口外しないでくれるかしら……?



 コーダー伯爵夫人は若き日の恋人の存在を何としても世間に知られたくないのだ。

 三十一年前の一冬の純愛にそこまで神経質にならなくても――と、正直エレンは思うが、きっといろいろ複雑な背景があるのだろう。



 ――お願いミスター・デール。元気で栄えていて。



 内心密かに祈りながら呼び鈴の紐を引っ張る。

 すると、内部で軽やかな鈴の音が鳴って、さほど待つ間もなく、内側からドアが開いた。

 現れたのはごく普通にみえる中年のメイドだった。

 エレンの姿を上から下まで胡乱そうに眺めまわし、

「どちら様ですか?」

 と、つっけんどんに訊ねてくる。

 エレンは職業的な笑顔を浮かべて名乗った。

「タメシスからきたディグビーと申します。ミスター・デールは御在宅?」

「失礼ながら、旦那様とはどのようなご関係で?」

「勿論肖像画を頼みに来たのよ。――レディ・アメリアの紹介です。そう伝えてください」

 思い切って口にしても、メイドの胡散臭そうな表情に変化は見られなかった。いかにも渋々といった様子で、

「お待ちください」

 と、言い置いて奥へと引っ込んでゆく。

 エレンはほっとした。


 ミスター・デールは少なくとも生きてはいるようだ。



「お嬢さん、お帰りはいつ頃で!?」

 車寄せから貸し馬車の御者が大声で訊ねてくる。エレンは慌てて駆け寄りながら答えた。

「少しお話ができそうだから、どこかで食事でもしていて! ――私がここにきていることはあんまり他言しないでね? 確実に黙っていてくれたならこれと同額を払うから」

 念のために釘を刺しつつ半クラウン銀貨を握らせると、御者はニヤッと笑って頷いた。

「こいつぁ御奮発を。ありがたく頂戴します。じゃ、御用が済みましたら〈薔薇と竪琴亭〉いらしてくださいや」

 馬車が遠ざかるのと入れ違いのように邸の扉が再び開き、赤褐色の縮れ毛をした大柄な男がぬっと姿を現した。口のまわりに同色の髭を生やしたずんぐりした熊みたいな五十がらみの男だ。鼻にツンとくる松精油(ターペンタイン)と煙草の入り混じった匂いをまとっている。その目は鮮やかなマリンブルーだった。

 


 ――意外な系統ね。



 エレンは愕きを感じた。

 あの貴婦人(レディ)が十八の頃に恋した相手となると、もっと分かりやすく派手な美男子を思い浮かべていたのだが。

 愕きと同時に感じたのは奇妙な既視感だった。

 どうもこの画家はどこかで見たことがある――ような気がする。


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