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第三章 画家組合の阿呆鳥 1

「ところでミス・ディグビー、ひとつ聞きたいのですが――」


 馬車旅も三日目に差し掛かってだいぶ打ち解けてきたころ、マディソンが興味深そうに訊ねてきた。

「絵描きに魔術の心得があるというのはよくあることなのですか?」

「ええ、結構よくあるわね」と、エレンは嬉しく答えた。ちっとも懐いてくれない猫がようやく寄ってきてくれたようだ。「ミセス・マディソン、たとえば一〇〇〇人あたりだったら魔力を備えた人間が何人くらいいるか知っている?」

「いいえ生憎。一人か二人ですか?」

「正解。大体そんなところね。サー・フレデリックの最新の統計によると、魔力を備える人間が生まれる割合は0.3%程度だそうなの。それも、ごく微細な力も含めてね」

「ああ、田舎の村にたまにいる一つだけお(まじな)いを使えるおばあさんのような?」

「そうそう。そういう人も含めて一〇〇〇人に三人――職業的な魔術師としてやっていける程度の力となると、たぶんその十分の一くらいなの」

「つまり、一万人に三人ですか?」

「そういうこと。だから、独立した魔術師組合を持っている都市はアルビオンでは首都タメシスだけで、他の都市の場合、大抵は金細工師組合や画家組合、場合によっては鍛冶屋の組合なんかに一緒に入っていることが多いのよ」

「ああ、ならターブもそうなのですね?」

「ええ。最もターブの場合はタメシスから近いから、街道がこれだけ整った今は、魔術だけで一本立ちできると思った魔術師は大抵タメシスに出てきちゃうでしょうけど。ひと昔前はかなり強力な魔術師も画家組合に所属していたらしいわ」

「……ひと昔前っていつ頃です?」

「大タメシス街道が整備される前だから――六〇〇年前くらい?」

 長命の契約魔と付き合うためか、魔術師全般の時間感覚は一般とは微妙にずれている。マディソンはちょっと面白そうに「そうですか」とだけ答えた。




 そうして少しは打ち解けつつ三日目の馬車旅を続けていたエレンたちは、よく整備された大タメシス街道のおかげで、昼前にはターブの郊外へ着くことができた。


 春の最中の保養地は大層賑やかだった。

 エレンは先に出した速達郵便(エクスプレス)で予約しておいた新カナル通りの宿に着くとすぐ、長旅用に着ていた古ぼけたラシャの乗馬ドレスを脱ぎ捨て、白地に黒い水玉を散らした薄地綿(モスリン)のハイウェストドレスに着替え、派手なローズピンクのサッシュを結んだ。


 この服は経費での新調である。

 デザインは最新流行だが素材は中級品で、シンプルでオーソドックスな高級品が好みのエレンの日ごろの服装とは対極にある。


 きついシニヨンにまとめた赤みがかったブロンドをほどき、鏝でしっかりカールさせてから崩れそうな形に結って、頬紅をしっかりはたいて整いすぎた青白い顔をできるだけ華やかに見せる。

 仕上げにローズウォーターを手首に振りかけてから、エレンはドレスの裾をつまんでくるっと回ってみせた。


「どうミセス・マディソン、果敢ない最後の機会にかけて保養地に夫捜しにやってきた若作りの御令嬢に見える?」

「ありあまるほどの機会をふるいにかけて最後の大物を狙っている野心的な御令嬢に見えますよ」と、保養地らしい麦わら製のボンネットにサッシュと同色のサテンのリボンを結びながらミセス・マディソンが請け合ってくれた。

「どういう設定なんですか?」

「だから、そういう設定よ」と、エレンは先の細すぎる黒いエナメル靴に足を突っ込みながら肩を竦めた。「ここだとどこに知り合いがいるかわかりゃしないもの! お互いよく顔は覚えていない昔の学校友達かなにかにばったり出くわしたら、セルカークのエレンの遠縁の従妹のセシリアとでも名乗っておくわ」

「お互い顔をよく知っている近しいお友達に会ってしまったら?」

「その場合、この格好を見ればわたくしがわざと別人に見せかけようと思っていることは察してくれるはず。――わたくしが正気を失ったんじゃないかと案じるかもしれないけれどね! どっちにしろ声はかけてこないでしょ?」

「周到なご配慮ですね」と、マディソンは意外そうに言った。「それで、ミス・セシリア、本日はどちらへ夫捜しに?」

「当然まずは肖像画を頼みに行くわ。椅子駕籠を手配して頂戴」

 エレンはレディ・アメリアの態度をまねてつんと顎をそびやかして命じた。

「はいマイ・レディ」

 マディソンがやけに恭しく応じる。

 揺らぎの少ないダークブラウンの眸が面白そうに光っている。

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