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第二章 長距離馬車での報告書 1

三日後である。


 エレンは首都タメシスから南西に六〇マイルばかり離れたアルビオン王国指折りの保養地ターブへ向かう長距離駅伝馬車に揺られていた。

 経費はレディ・アメリア持ちで専用に借りた二頭立ての快適な車だ。

 保養地にエレンのような身分の未婚の令嬢が一人では格好がつかないため、涙を呑んで事務所(オフィス)を閉め、メアリ・マディソン夫人にも付添女性(コンパニオン)として同行して貰っている。


 四月初めのアルビオン南部の田園風景はすばらしかった。

 開け放たれた窓から吹き込む爽やかな春の空気にほつれ毛を遊ばせながら、エレンは改めて、三日前に聞いたレディ・アメリアの訴えを思い起こしていた。


 三月二十五日の夕方、約束通り覗いた〈恋人たちの合わせ鏡〉に、額から血を流して強張ったかつての恋人、絵描きのアルフレッド・デールの死に顔らしきものが映っていたという話だ。



                   ★



「――アルフレッドとはターブで知り合ったの」と、アメリアは打ち明けた。「わたくしは十八の単なるミス・アメリアで、アルは修行中の若い肖像画家でした。彼は本当に才能あふれる画家で、少し魔術の心得もあってね。街中でたまたまわたくしを見かけて、アーデンの森に住まう泉乙女(ニンフ)樹木精霊(ドライアド)が人の乙女に化身して現れ出たのかと思ったのですって!」

 レディはそこで頬を染め、キャー恥ずかしい! と十八歳の小娘そのものの口調で叫んで両手で顔を覆ってから、クリーム入りの紅茶を飲み飲み、愛しいアルフレッド・デールとの出会いから別れまでを、ありとあらゆる紋切り型の美辞麗句を駆使して事細かに語りつくした。


「……――ねえ? 哀しい話でしょう?」と、幅広のレースの縁取りのある白麻のハンカチで目元を拭いながら、上目遣いに同情を強要してくる。

「ええとても」と、エレンは事務的に答えた。「ところでレディ・アメリア、ひとつ確かめたいのですが――」

「なあに? アルの眸の色?」

「いえ、それは先ほど伺いました。深い深い神秘的なマリンブルーなのですよね?」

「そうよ」

「その神秘的なマリンブルーの眸をしたミスター・アルフレッド・デールには少し魔術の心得もあったと仰せでしたよね?」

「ええ」

「では、この〈恋人同士の合わせ鏡〉に魔力を籠めたのはミスター・デール当人なのでしょうか?」

「そりゃそうでしょ、アルが用意したのだから」と、修辞的に形容すれば〈気まぐれな青い小鳥みたいに〉感情の変わりやすいレディ・アメリアは呆れ声で応えた。「彼はわたくしのために貯金をはたいてくれたのよ! わたくしを愛したのは断じてお金のためではないといって、わたくしからはついに一ペンスもお金は求めなかったの!」

 そう宣言するレディ・アメリアの顔は愛されたものの誇りに満ちていた。


 その答えにエレンは疑問を感じた。


 今手許にある魔鏡に魔力(グラマー)を籠めたのがアルフレッド・デール当人だとしたら、今しがたの阻害反応はなぜ生じたのだろうか?



 魔具に魔力(グラマー)を籠めた場合、事前にしかるべき手段を講じない限り、魔力の源である魔術師当人が死んだら、魔具のほうに分けられた魔力も消失するのが普通だ。


 しかし、三日前に事務所で確かめたとき、レディ・アメリア曰くアルフレッド・デール当人が魔力を籠めたらしい〈恋人同士の合わせ鏡〉は間違いなく阻害反応を起こした。


 そうなると、可能性は二つだ。


 第一の可能性は、〈合わせ鏡〉に魔力を籠めたのは実はアルフレッド・デールではなかったということ。

 第二は、アルフレッド・デールはまだ死んでいないということ。


 レディ・アメリアの話では、額から血を流して蒼褪めた死に顔のようなものが映った数秒後に、あちら側の鏡が床に落ちて砕け散ったように見えたのだという。鏡を手にしていたアルフレッドが力尽きて倒れたのだろう。


 しかし、必ずしも死んでいるとは限らない。

 こうして魔力が残っている以上、ミスター・デールが生きているか死んでいるか、可能性は五分五分といったところだろう。


 あの日、エレンがそう告げると、レディ・アメリアは顔をくしゃくしゃにして泣きだし、エレンの両手をしっかと握って、いますぐターブに発ってアルフレッド・デールの生死を確かめて欲しいと懇願してきたのだった。


 条件は秘密厳守だ。

 経費は無制限に使用していいと言う。

 エレンは即決で引き受けた。


 これが果たして魔術師の仕事としてふさわしいのかどうか今一つよく分からないが……独立して一年七か月目のタメシス市域の事務所(オフィス)を維持して有能なメアリ・マディソンに賃金を払い続けるためには、金払いのいい上流階級の顧客は何としても手放せない。


 働くってのは全く辛いものだ。


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