第一章 鏡に映る死者 3
「――間違いなく魔具のようですね」
「当たり前でしょ、魔術師のところに持ち込んでいるんだから」と、レディ・アメリアが小さな肩を竦める。
「それが何だか分かる?」
残念ながら生憎――という答えを期待している口調だ。
エレンは諮問魔術師の名誉にかけて知識を絞り出した。
「燦水晶で力を底上げした鏡の魔具となりますと――〈恋人同士の合わせ鏡〉では?」
真顔で口にするのは少しばかり気恥ずかしい通称を告げるなり、レディ・アメリアは悔しそうに頷いた。
「正解よ。だから秘密なの」
「--すると、対になる鏡をお持ちなのはご夫君では?ないと?」
「そういうこと!」と、貴婦人は開き直ったように認めた。「勘違いしないでね? 遠い昔の話よ。わたくしがまだほんの少女だったころ、コーダー伯爵夫人と呼ばれる前にたったひと冬だけ恋した若い絵描きがあったの――」
レディ・アメリアはそこで言葉を切ると、細い肩を震わせて大仰にすすり泣き始めた。
「ああアルフレッド! アルフレッド! 彼はわたくしに求婚したわ。すべてを棄てて着いてきてほしい、一緒に大陸へ逃げようって。だけど、わたくしには勇気がなかった。だから最後にこの鏡を思い出として分かち合ったの――……」
アメリアの口調は極めて、きわめて芝居がかっていたが、その声からは確かに本物の悲しみが感じられた。
エレンは急に目の前の貴婦人が気の毒になった。
「レディ、どうかお泣きなさらず。もうじきお茶が来ますから、どうぞ一服なさって、落ち着いてからゆっくり話してくださいな」
ちょうどそのとき外から扉が叩かれて、マディソン夫人が熱い紅茶とジンジャーブレッドを運んできてくれた。もちろんホイップクリームつきだ。
この世のどんな哀しみだって、熱々のジンジャーブレッドと甘いホイップクリームとミルクたっぷりの紅茶の風味を損なえはしない。
熱い紅茶にクリームを浮かべて啜ると、レディ・アメリアはだいぶ落ち着いたようだった。
「ミス・ベアトリス、あれを出して頂戴」
「はいマイ・レディ」
ベアトリスがまるで魔法みたいに鞄から化粧道具ともう一つの鏡を取り出す。
アメリアはベアトリスに鏡を持たせてササっと目元の化粧を直してから、改めてエレンへと向き直った。
「ミス・ディグビー、〈恋人同士の合わせ鏡〉がどういうものか、あなたは勿論知っているわよね?」
「ええ勿論。魔力を籠めた一対の鏡で、二人の人物があらかじめ決めておいた合言葉を唱えて鏡を覗くと、もう一方の鏡に映っているものを見ることができる品です。――通常は離れて暮らさざるをえない夫婦や婚約者同士が、時間を決めて互いの顔を見るために用いるものですけれど。――レディは、そのご結婚前に知り合ったアルフレッドという方と、鏡を分かち持たれていたのですか?」
「ええ、その通りよ」と、アメリアは認めた。
「勘違いしないでね? わたくしたちは一度だって不義を働いたことはないの。ただ約束していただけ。わたくしたちが別れると決めた三月二十五日、受胎告知の祝日の夕方にだけ、必ずお互いの名を呼んで顔を見せあおうと。わたくしたちは長いことその約束を守ってきました――」
アメリアがそこで言葉に詰まり、不安を堪えきれないように瞬きを繰り返した。
「でもね、今年の三月二十五日にその鏡を覗いたら、とんでもないものが映っていたの」
「何ですか?」
「死に顔よ」と、アメリアは潜めた声で応えた。
「額から血を流して目を見開いたアルフレッドの死に顔が映っていたの……!」