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第一章 鏡に映る死者 2

レディ・アメリアが値段交渉を始めてしまう前に、エレンは火蜥蜴(サラマンダー)をひっこめることにした。


「ありがとうサラ。助かったわ」

「いやなに、本当に何もしておらんよ。というか、儂今なんで呼ばれたんじゃ?」

「いわゆる顔見世ってやつね」

「ほほう?」

 分かったような分からないような応えを返しながら火蜥蜴はエレンの掌越しにどこかへと沈んでいった。



「では、改めてお仕事の依頼なのですけれど――」と、レディ・アメリアは口ごもり、睫をしきりとパチパチさせながらエレンを見上げてきた。


「その前にひとつ約束してくださる? この部屋でわたくしが話したことは誰にも秘密にすると」

「その点はコーダー伯爵夫人たるマイ・レディの名誉に関わる問題なのです」と、ベアトリスも後ろから口添えする。「口止め料が必要なら交渉に応じますから」


「勿論、職務上で得た顧客の情報は、基本的には秘密にいたしますわ」

 エレンは慎重に言葉を選びながら応じた。

「ただ、もし人の生き死にに関わる事件を警察が調査している場合は、必ずしも秘密厳守というわけにはいきませんけれど」

「そう、人の生き死に! まさしくそれに関わっているのよ!」と、レディ・アメリアが肘掛椅子から身を乗り出す。「わたくしねミス・ディグビー、あなたにある人物の生死を確かめてもらいたいの!」


「生死――でございますか」

 エレンは戸惑った。「その調査に、何か魔術と関わることが?」


「あるに決まっているでしょう。だからあなたに頼みに来たのだから」

 レディ・アメリアは呆れたように応じ、背後の付添女性(コンパニオン)を振り仰いで命じた。


「ミス・ベアトリス。あれを出して頂戴」

「はいマイ・レディ」

 ベアトリスが機械的な恭しさで応え、手に提げた小さな黒皮の鞄から何かを引っ張りだした。黒天鵞絨の平たい布包みだ。大きさは掌を二つ合わせたほど。


 一体何が出てくるのだろう?

この事務所唯一の従業員(スタッフ)であるメアリ・マディソン夫人も油断のならない興味深そうな視線を向けている。


 守秘義務という言葉を思い出したエレンは、ちょっとした対抗意識にかられて命じてみた。「ねえミセス・マディソン、あれを持ってきてくれる?」

「あれって何です?」

「――当然、お茶とジンジャーブレッドよ。できればホイップクリームを添えてね」

 エレンは敗北感とともに答えた。




 マディソン夫人が名残惜しそうにチラチラと背後を振り返りながらも扉の外へと消えるのを待って、有能そうなミス・ベアトリスが包みをレディ・アメリアに渡した。


「これなのよミス・ディグビー。どうか見て頂戴」


 差し出された布包みを解くと、中から楕円形の手鏡が現れた。

 素材はどうやら銀無垢のようだ。背に複雑な蔓草文様の浮彫がなされて、二匹の蛇が絡み合ったような形の取手の真ん中に白濁した丸い水晶のような珠がはめ込んである。


「これは――」

 エレンは思わず指を珠に這わせながら呟いた。

燦水晶(グリッタール)?」


「あら、ちゃんと分かるのね」と、アメリアが意外そうに感心した。

 さまざまな魔術の動力源になりうる純粋の光の息吹(プネウマ)が凝ったとされる燦水晶(グリッタール)は極めて希少価値の高い凝石(エレクタ)だ。

ただ、純度が高いほど明度も増すため、この取手に嵌められている珠はどちらかというと粗悪品だ。

連合王国指折りの富豪であるコーダー伯爵家の夫人が持つにしては意外な等級である。


 いずれにしても、取手に汎用性の高い凝石が嵌めこまれているということは、この手鏡には何らかの魔術的な仕掛けが施されているのだろう。

 エレンはしばらく考えてから、白く濁った燦水晶(グリッタール)に指を添え、自分自身の魔力(グラマー)をわずかに注ぎこんだ。

 途端に鏡の面がカッと赤っぽい色調で光ったかと思うと、次の瞬間、先ほど火蜥蜴を包んでいたのと同じ淡い金色の微光があふれ出した。



 魔力の阻害反応である。

 手鏡そのものに籠められていた誰かの魔力が、後から入ってきたエレンの魔力に反発して外へと押し出したのだ。



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