第八章 図書室での会合 1
復活祭の当日、いつもお祭りみたいなターブ市域はいつも以上にお祭りそのものだった。
今日は地味な身なりではかえって浮いてしまう。エレンは初日と同じピンクのサッシュと帽子のリボンで華やかに装って、鉄人駕籠で鉱泉館へと向かった。
するとファサードの階段にすでにエドガーがいた。
「やあミス・ディグビー! 久々に見ると君はますます美しいな」
「ありがとうございます」
二人並んで待つうちに、右隣の社交会館の鐘が鳴り始めた。
正午だ。
そろそろ来るかと待つうちに、ようやくに人混みをぬってこちらへと来るアルフレッド・デールの大柄な姿が見えた。
「卿、彼ですわ」
「あれか。確かに全く似ていないな」
エドガーが小声で囁く。
「すみません、すみません、ちょっと通してください!」
人混みを抜けるなり、デールは全く迷わずにエレンたちの前へと駆け寄ってきた。
「ミス・ディグビー、お待たせしました! 今日はとても――」と、言いかけたところで、ようやくにエドガーの姿に気づく。
「あ、あの、そちらのお連れのお方は?」
「初めましてミスター・デール。私はスタンレー卿だ」お忍びのはずの貴公子はよく徹る声で堂々と名乗った。「レディ・アメリア・キャルスメインの長男――と言ったら分かりやすいか?」
「えええええ!」
画家は分かりやすく愕き、怯えた大きな獣みたいに左右を見回した。「え、あ、その、ええと――ここに一体何しに?」
「あなたの顔を確かめに来たのさ」と、エドガーは憮然として応えた。「見たところ、私とは全く似ていないな。おかげで安心したよ」
エドガーはおそらく、自らは群衆の一人として巧いこと埋没している――と、心から信じているのだろう。長身の洒落者の貴公子と大柄な中年男の意味ありげな会話に、道行く人々がわざわざ足を止めては聞き耳を立てている。エレンは慌てて口を挟んだ。
「お二人とも場所を変えません? 特別使用料を支払えば、ちょうどいい静かな部屋を借りられる気がしますから」
「今日のターブに静かな場所なんか存在するのか?」
「それが存在するんですよ」
エレンはにんまりと答えた。
この愉快なお祭り騒ぎの日に、わざわざ社交会館の図書館を訪れる奇特な保養客はまずもっていないだろう。
ロビーで顔なじみの従僕を捕まえてスタンレー卿の来訪を告げるなり、エレンたちは豪華な調度の特別室みたいな小部屋に通された。
「しばらくこちらでお待ちを。何か飲み物をお持ちいたしますか?」
「ああ、もしあればデライラ葡萄酒と葉巻を頼む。このご時世だからね、葉巻の銘柄は何でもいいよ」
貴公子がいかにも貴公子らしく鷹揚に贅沢な注文をする。「お嬢さんはアイスクリームかな?」
「――お茶をお願いいたします」
「あ、ではわたくしも」
頼んだ品がピカピカ輝く銀の盆にのせて運ばれてきてすぐ、今日は白い縦ロールの鬘を被った儀式長のフェイトンが息せき切って駆けこんできた。
「卿、お待たせいたしました! わたくしめが当館の儀式長のハロルド・フェイトンと申します!」
一息に告げてお辞儀をしてから、初めて気づいたようにデールを見やる。
「――アルフレッド?」
「ええ」と、デールが気まずそうに立ち上がってお辞儀をする。「お久しぶりです叔父さん」
「親族なのか?」と、エドガーが意外そうに訊ねる。
エレンも愕いた。この二人は大きさが違いすぎる。
「畏れながら卿、姻族でございます」と、フェイトンが恭しく答える。「わたくしの姪がこの男に嫁いでいるのでございます」
「ほほう」と、エドガーが興味深そうに応じる。「ところで儀式長、君に頼みたいことがあるんだが」
「わたくしにできることであれば何なりとお申し付けください」
「図書室を貸してくれ」
エドガーが告げると、フェイトンは目をぱちくりさせた。「図書室――でございますか?」
「ああ。そして我々がいるあいだは人払いをしてほしい」
「――それは、何のために?」と、フェイトンがとても心配そうにエレンを横目で見やる。
「何って君、決まっているだろう?」と、エドガーは不本意そうに答えた。「君たちは知らないのかもしれないがね、貴族だってたまには本を読むんだ」