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第七章 記憶の鳥 1

 画家組合の会館をあとにしたエレンは、一度宿へ戻って昼食をとってから、マディソンも連れて鉱泉館の右隣の社交会館へ向かった。


「タメシス警視庁任命の諮問魔術師、セルカークのエレン・ディグビーと申します。こちらの会館に祭典魔術師が書き残した技にまつわる書物は残っていますか?」

 開き直って堂々と身分を明かして頼むと、従僕は疑わしげに印章指輪を確かめ、

儀式長(セレモニーマスター)に確認いたします」

 と、慇懃無礼に言い置いて奥へと消えていった。

 エレンはロビーで所在なく待った。


 ややあって、光沢のある黒い上衣と縞の半ズボン、真っ白なストッキングに身を包んだ小柄な白髪の老人が現れた。

「諮問魔術師どのですか?」

 エレンを見て柔和かつ丁重に訊ねてくる。

 エレンは長椅子から立ち上がって答えた。

「ええ」

「失礼ながら印章指輪を」

「こちらです」

 エレンが右手を差し出すと、老儀式長は廷臣みたいな優雅さで腰を折り、片眼鏡(モノクル)をかけた右目を近づけてじっと指輪を確認してから、背を伸ばして莞爾と笑った。

「結構でございます。蔵書室へご案内いたしましょう」

「ありがとうございます。――お名前をうかがっても?」

「フェイトンといいます」

「そうですか。ありがとうございますミスター・フェイトン」

 告げながら、エレンはどこかで目にした名だと思った。

 少し考えてからすぐに思い出す。


 さっきのサー・リチャードの肖像画を描いた画家の名だ。

 フルネームはたしか――


「――ミスター・フェイトン」

 柔らかな赤い絨毯を敷き詰めた大階段を上りながら訊ねる。

「何でしょう?」

「グラディス・フェイトンという方は御身内ですか?」

 訊ねるなり、前を歩く老人が足を止め、ひどく愕いた面持ちで振り返ってきた。

「グラディスは姉です。どこでその名を?」

「画家会館の肖像画の部屋で。サー・リチャード・スキナーの肖像画を描いた画家の名でした。女性名の男性かと思っていましたが――本当に女の方だったのですね」

「ええ」と、フェイトンが安心したような声で応じた。「美しい自慢の姉でしたよ。――図書室はこちらです。あまり好んで使われる部屋ではありませんから、少々埃っぽいかもしれません」

 フェイトンが黒い重たげな樫の扉を開きながら笑う。



 部屋は意外と小ぢんまりとしていた。床に深緑の絨毯が敷かれて、四つの書き物机が並んで、窓を除く三方が天井まで届く書架に蔽われている。

 縦長の窓から淡い陽が射しこんで、苔を思わせる絨毯の繊毛を淡い銀色に光らせている。

 蔵書の装丁もすべて緑だ。


「いい部屋ですね」

 エレンは思わず口にした。

 儀式長が得意そうに笑って頷く。「実にいい部屋です。魔術関係の書籍はあのあたりです。どうぞごゆっくり。御用があるときはドアの横のベルを鳴らしてください」

「ありがとうございますミスター・フェイトン」

 エレンは心から告げた。



 落ち着きのある図書室に腰を据え、片っ端から魔術関係の書籍に目を通してゆく。


「どうですミス・ディグビー。お捜しの情報は見つかりそうですか?」

 窓辺で青い毛糸を編みながらマディソンが興味深そうに聞いてくる。

 エレンは肩を竦めた。

「今のところ全然。さすがにターブだけあって、本はこれだけあるのに、殆どが鉄人駕籠の制作方法についてなの。それから祭典魔術師(フェスタマギステル)の契約魔は不死鳥(フェニックス)だったらしいわ」

「不死鳥ですか」と、マディソンが編み棒を止めて興味深そうに訊く。「不死鳥ってことは、死なないのですか?」

「死してまた蘇る――のかしらね? 老いると自ら焔のなかに飛び込み、灰のなかから再び蘇る鳥だと言われている」

「美しい鳥なのでしょうね」

「きっとね」

 エレンが視線を書物に戻すと、マディソンもそれきり質問をやめた。

 

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