第四章 風見鶏荘 3
--でもまあ、ミスター・デールに正体は打ち明けられたのだし。夕方になったらサラに伝令を頼めばいいわ。
ミスター・デールが元気に栄えて幸福にやっていることだけは確認がとれた。
レディ・アメリアはさぞほっとするだろうが、ミセス・デールの存在は、やはり伏せておくべきかもしれない。
しかし、そうなると、三月二十五日に鏡に映った死に顔のようなものというのは、一体何だったのだろう?
――〈恋人同士の合わせ鏡〉に未来を映す機能なんてものはなかったわよね……?
それともターブの魔術師独特の特殊技術として開発されているのだろうか?
その場合、次には何を調べたものかと考えながら歩くうちに、いつのまにか林を抜けて大通りへ差し掛かっていた。
さすがに賑やかな村のことで、土のままの道に行く筋も轍の跡が刻まれている。まっすぐ歩いていくと、行きに見かけたあの賑やかな一画に出た。
エレンの乗ってきた貸し馬車は左手の居酒屋の前に停まっていた。
あそこが〈薔薇と竪琴亭〉だろう。
居酒屋の前にはもう何台か馬車が停まっていたが、そのなかにやたらとピカピカした上等そうな二頭立ての屋根なしの二輪馬車が混じっていた。
繋がれている馬のレベルが他の車とは段違いだ。
馬車馬に使うのが惜しいような脚の細い優美な栗毛で、わざわざ揃えてあるのか、どちらの額にも真っ白な星が入っている。暇な紳士のスポーツとして乗り手自身が御すタイプの馬車だから当然御者はいない。番を仰せつかったのだろう村の子供が、泥だらけの手でしきりと鏡板を突いている。
こんな場違いな上等の馬車で村の居酒屋に乗り付けてきた紳士はどんな人物なのだろう?
エレンが密かな好奇心に駆られつつ居酒屋の入口へ向かおうとしたとき、いきなりドアが内側から開いて、見覚えのあるやたら身なりのいい長身の男がつかつかと歩み出てきた。
「――もういい、君には訊かん! おい誰か、外で見ていたものはいないのか? 白地に黒い水玉模様のドレス姿の、赤みがかったブロンドの女神みたいな娘だ! 彼女はこの村の何処に行った!? 誰の家を訪ねている――」
怒りの籠ったバリトンでやたらと喚きながら出てきた男は、すぐ鼻先に立っているエレンの姿に気づくなり、整った顔に率直な驚きの表情を浮かべた。
エレンは一瞬ためらってから訊ねた。
「失礼ながらサー、わたくしをお捜しで?」
「ああ」
男がまだまじまじと目を瞠ったまま答える。「間違いなく君だ。改めて訊きたいんだが、一体何者なんだ?」
「そっくり同じ台詞をわたくしもお返ししますわ。その前に場所を移しません? 随分注目を浴びていますから」
「そうか? ここに人なんぞ――」
貴公子はそこまで口にしたところで、馬車の番をする村の子供や待機中の御者や、向かいの食料品店の前で足をとめてヒソヒソ言葉を交わしている白いボンネットの村のおかみさん連中の視線に初めて気づいたようだった。
「――失敬。いるな。確かに人はいる。君の言う通りだ。場所を移そう。私の二輪馬車でターブ市街へ戻って午後のお茶というのはどうかな? 鉱泉館のパーラーは素晴らしいアイスクリームを出す」
「悪くありませんね」
朝食抜きで空腹のエレンは喜んで同意した。「すぐ戻りますから待っていてください。雇の御者に支払いを済ませなければ」
「幾らだ?」と、貴公子が財布を取り出そうとする。
エレンは眉を吊り上げた。「お構いなく。わたくしの仕事ですから」