彼女
カシルはその日、噴水の縁に座って水盤を見ていた。
後に残してきたリザレア、自分の死後、未だ王のいないリザレアの民たちの暮らしを見てみたいと思ったのだ。彼らの暮らしぶりは、大きくは変わらないようだった。ただ、国王の不在で裁判が滞った。現在裁判は長老たちが裁いている。新しい王の選出が一日も早く求められた。
そんな人々の暮らし向きを見てしまうと、彼は満足して手を払い地上の暮らしから目を離した。そして、ふと思い立ち、もう一度手を払って水盤を見つめる。
そこには、かつての妃シリアの姿があった。
「・・・」
かつて地上にいた時、自分はアスティの人生を大きく変えてしまった。王妃との結婚で彼女を傷つけ、そのこころが凍ってしまうほど悲しませた。それを知った日から、彼は決意していた、王妃との間に子供は残すまいと。それは、もう一人の女の人生を変えてしまう選択であった。アスティと結ばれてから向こう、指一本触れなくなった妃、そんな自分を責めるでもなく、ただ笑顔で毎日送り出していた妃、自分の死後、寡婦となって王城に住み続ける妃。その妃のその後が、気にならないと言えば嘘になる。
水盤の中で、王城を歩く彼女の足が止まった。
顔を上げ、笑顔になる。
笑顔を向けた相手は、ひとりの騎士であった。ふたりでなにやら話しながら歩いている。 その王妃の笑顔を見て、カシルはほっとしていた。どうやらオレがいなくとも大丈夫なようだ。
ふと、背後の扉の向こうで気配がした。アスティが出てこようとしている。彼は手を払って水盤の映像を消した。
「---------王、香茶でもいかがですか。お酒にしますか」
「たまには酒もよかろう」
彼は振り向いてこたえた。
その時には、もう彼は今見ていたもののことなど忘れてしまっていた。