出会い
母に髪を編んでもらいながら、ミルワは前々から気になっていたことを聞きたくて、いつ聞こういつ聞こうと思っていたことを、とうとう聞き出してしまおうと思っていた。
「ねえねえ・・・」
「ん?」
池のほとりで、ふたりは語り合う。
「父上のこと、いつから気になってたの?」
「---------え?」
「いつから父上のこと好きになってた?」
「・・・」
母は、突然の質問に戸惑ったようだった。
「ラウラ姉さんが、ふたりは熱愛だったって言ってた。父上は母様のことすっごく大切にしてたって。母様も負けないくらい父上のこと愛してたって。いつから気になる存在だったの?」
「そうねえ・・・」
髪を編み終わって、母は隣に座った。
「なんだったかなあ・・・」
何かを思い出す顔になっている。その脳裏には、在りし日のことがまざまざと浮かんでいた。
リザレアに来て最初に驚いたのは、その清潔さであった。街はどこも整備され、砂埃が舞うとはいえどこもかしこもきれいである。アスティは一年修行の折りリザレアに立ち寄ったが、その清潔さに目をむいた。他国は、もっと汚れている。その理由はすぐにわかった。
リザレアの厠は、水洗なのである。
着任してすぐ、王城の厠がみな水洗であるということに、アスティは驚いていた。
それをそれとなくディレムに言うと、彼は言った。
「城を建てる時、陛下がこだわったのが上下水道だ。リザレアは砂漠の国だが、海の国でもある。あまりある海水を利用しない手はない、と仰ってな。城下もそのように整備された」
「ふうん・・・」
王城の厠に入ると、天井から大きな水槽がぶら下がっている。用を足してからそこにある紐を引っ張ると、水槽の中の海水が流れていくのだ。そのため、排水溝は海水に強いものが採用されたという。
「『豊かな生活というのはまず清潔な街づくりにある。いくら金があっても作物がとれても、清潔な暮らしをしないことには豊かとは言えない。この国を、そこから豊かにしていきたい』と仰ってな」
王城の仕掛けもカシルが発案したものだという。その仕掛けは、朝アスティが顔を洗い、窓の外の樋にその水を流すと、侍女たちがいる部屋まで水が流れていく。すると侍女たちは、アスティの部屋の樋から水が流れて来たからアスティが起きたということを知る。そうしてアスティの身支度が終わった頃に部屋にやってくるのだ。
「ひとの暮らしのそんなところに目を向ける王様がいるなんて、その時は思ってもみなかったのよ」
「へえ、そんなところが好きだったの?」
「それがとっかかりだったかな。あとは段々、民の生活を第一に考えるところとか執政するにあたって厳しいけど優しいところとかが気になっていって、気がついたら好きになってたわ」
「ふうん・・・」
ミルワは手をついて両親の若い頃に思いを向けた。
「じゃあさ、」
「?」
「父上は母様のどこが好きになったんだろうね」
「そんなの知らないわよ」
「今度聞いてみてよ」
「やーよ。そんなのいまさら」
「照れちゃって」
母は笑った。母とそんな話が出来るとは、ミルワは思ってもみなかった。
母と別れて、ミルワは父と母に思いを馳せた。幼い頃の父と母の記憶は、どれも仲睦まじいものだった。自分はああいうふうになれるかな、ミルワは思った。
母が父を思うくらい、好きな人はできるかな、と考えていた。