人としての寿命
その日、カシルとアスティは珍しく天界の空をふたりして飛んでいた。またもや怪物が出たので、退治に行った帰りである。
「あれは?」
ひとつの星の前で、カシルが翼を止めた。
その星は、霧がかかっていた。まだ昼だというのに、人の影もない。
「カゲロウ族の住まう星です」
「カゲロウ族・・・」
「降りてみますか」
「うむ」
ふたりはその星に降り立った。空から見た通り、人通りが一切ない、寂しい星であった。「ここの住人はどこにいる」
「彼らは夜にならないと出てこないのです」
彼は眉を寄せた。
「ではこの時間はなにをしている」
「ひっそりと寝ていると言います」
「・・・」
彼は通りを歩いた。誰も歩いている者がいない。人っ子ひとりいないとは、このことであった。霧が立ち込め、太陽の光も淡い。と、歩く彼の足元が崩れ、彼は地面にめりこんだ。
「大丈夫ですか」
ああ、とこたえながら、彼はアスティの手を借りてそこから抜け出した。
「彼らの造った地面は、彼らに合わせてあるので脆いのです」
「そんなに弱い眷属なのか」
はい、とアスティはこたえた。そうこうする内に、日が傾いてきた。
すると、建物の中から細い身体をした人々が出てくるのを、彼は見た。
「・・・」
その背中からは、薄い羽根のようなものがのびている。しかし、それで飛べるわけではなさそうだ。出てくる人という人の姿かたちが、すべからく細く、美しいのにカシルは気づいていた。
「みんな細いんだな」
「彼らは天上界で一番美しい眷属だと言われています。こうして太陽が沈むのと同時に家から出て来て、短い夜を過ごすのです」
「確かに美しいが・・・」
その、向こう側が透けてしまいそうにはかなげな彼らのたたずまいは、美しいとはいえ弱々しい。
「ずいぶんと頼りないんだな」
「彼らは強靭にはできていないのです。夜生活しているのも、太陽の光に耐えられないからだといいます」
「太陽の光に・・・」
彼は絶句した。
「では、先日オレが刺されたみたいに刺されたら・・・」
「衝撃ですぐに死んでしまうでしょう」
「---------」
「彼らの寿命も、そう長いものではないようです。ですから彼らは、短い人生を精一杯楽しむために美しいのだと言われています」
青竜宮に帰って食事をしている間も、彼はなにかを思案しているようだった。
アスティはそれに気づいていたが、あえて気づかないふりをしていた。
自分が天上界に来た時の戸惑いと微かな悲しみを、彼女は思い出していた。
地上にいた頃とはかけ離れた世界が、広がっていた。そして、地上を見守りながら、また地上の見知った人々が死んでいくのを見なければならないことは、神になったとはいえ喜ばしいものとは言えなかった。
カシルはその日一日無口だった。