ミルワの日常
ミルワはその日、王城の図書館に調べものをしに行こうと歩いていた。肩まで伸びた髪が、さらさらと陽に光っている。
角を曲がって東棟に差しかかった時後ろから呼び止められて、ミルワは自分の勘違いではないかと思った。
「?」
自分を呼び止めたその声が、あまりにも小さかったから。
「あの・・・ミルワ殿」
振り向くと、騎士団の恰好をした若い男が立っていた。
「はい?」
彼はおずおずと持っていたものを差し出した。
「これを---------あなたに」
「---------」
差し出された一輪の花に、ミルワは硬直した。
恐る恐る受け取ると、小さい声で礼を言う。名前を聞こうとして顔を上げたら、
「では」
と男は行ってしまった。
「あ・・・」
ミルワは茫然としてその背中を見つめていた。
「青二才め」
それを水盤で見ていたカシルは、忌々しげに呟く。隣で見ていたアスティが高らかに笑った。
「まあ恐いこと。・・・娘のこととなると、あなたもかたなしですわね」
「ふん」
カシルは立ち上がると、苛々として歩き回った。
「あんな若造のすることなど知ったことか」
「そう言わずに」
と、水盤の中のミルワが、図書館から出て来て自分の部屋に帰るところが見えた。おや、と思う。ミルワがドキッとした顔で立ち止まったからだ。アスティは水盤を覗き込んだ。 ミルワが、先ほどとは違う男と話している。若い。背は高く、筋骨隆々としたその身体はしなやかで逞しい。そしてその男の顔に、アスティは見覚えがあった。
男とミルワは少し話して、そして別れて行った。男の立ち去る様子を、ミルワは本を抱えて見つめている。
「ミルワの興味は、彼の方にあるようですわよ」
「なんだと」
カシルは振り向いた。水盤を覗き込む。そして映ったその顔に、彼は絶句した。
「---------エセルではないか」
そう、ミルワと話していた男とはエセル、エセルディエドであった。かつて両性具有であった少年は青年へと成長し、騎士として騎士団に在籍している。
「こんなに立派になって・・・」
カシルは面白くないようだ。
「---------歳が離れすぎている」
「あら」
アスティは振り返った。
「私と王の歳だって離れています。年齢なんか、関係ありませんわ」
「それにしたって離れすぎだ」
「そんなに興奮しなくても」
「興奮などしておらん」
くすくす笑うアスティを、カシルは睨む。
「なにしろお前の娘だからな。引きも切らんだろう」
彼はアスティの地上にいた頃を思い出した。
出会う男という男を、虜にしていたアスティ。本人の望む望まないに関わらず、いつも誰かに愛されていた。
カシルは手を払って水盤の映像を消した。
「あら」
「もうよい」
カシルは苛立たしげに言うと奥へ行ってしまった。アスティは笑いながらその後を追った。
部屋には噴水の水が落ちる音が聞こえるのみである。