星がうたう夜
抱き合い、くちづけを交わし、見つめ合う時間がどれだけ過ぎたことだろう。
すべてが終わって、カシルはその腕にアスティを抱きながら感慨にふけっていた。
「静かだな」
彼はぽつりと言った。
「天上界というところはこんなにも静かなところなのか」
「いいえ」
アスティはこたえる。
「いつもは、もう少しだけ賑やかです。ほんのすこしだけ。でも今夜は・・・新しい神が生まれた夜は、星がうたうといいます」
「---------星が?」
「はい。その星のうたう声を聞きたくて、天上界の住人はひっそりと息をひそめているのです」
彼女は起き上がって、乱れた髪を直した。
「ではお前のときも---------」
「はい。静かでした」
「美しい夜であったろうな」
髪を直す、その手が止まった。
「・・・でも、ひとりでした」
カシルは見つめていた天井からその背中に目を移した。
自分も起き上がってその横顔を見る。
黒い瞳と、黒い瞳が交差した。
カシルは彼女を抱き締めた---------息もできないほどきつく、強く。
十七年---------ふたりは互いを失って、ひとりだった。孤独だった。
---------それも今日限りだ
彼は言おうとして、少し考えてやめた。彼女の唇に触れると、そっとくちづけした。
「---------」
もう離さない---------その言葉も、彼は飲み込んだ。
言葉など、いらないと思っていた。
「ふたりの養育に・・・感謝しています」
アスティは言った。
「苦労をかけてしまいました」
下界をいつも水盤で見守っていた彼女は、彼の苦悩を逐一見ることが出来た。母を恋しがって泣く息子と娘に、彼は苦戦していた。
「苦労・・・?」
カシルは意外そうに呟く。
「なんてことはない・・・そんなものは。オレはその苦労がしたかったのだ」
お前がいなくて、それだけを支えにして生きてきた---------彼は言った。
「王・・・」
あの日。
あの戦の日。
身を挺して彼を庇わなかったら、自分は彼を失っていただろう。それを思うと、死んだのは自分でよかったと思っている。たとえ、幼い子供を残して逝ってしまうことになったとしても。
彼を失ったら、自分は今度こそ生きる希望を失って、あの失意の日々のように生きた屍となり、後を追っていただろう。
アスティはカシルの十七年を思った。
自分は、見たいときに好きなだけ水盤を通して下界の様子を見ることが出来た。
彼の顔を、見ることも出来た。
しかし彼は。
彼は、そんなこともできずに十七年を生きてきたのだ。
十七年。
それは、ひとりの人間を忘れるには充分な年月であったが、そうでない者にとっては永遠とも思われる長い歳月であった。
今彼を見ると、自分を飽きることのないように見つめ、抱き、くちづけを交わしている。 その激しさに、アスティは戸惑った。
十七年。十七年分の想いが、彼の一挙手一投足に込められていた。
カシルはもう一度アスティにくちづけすると、その柔らかい肩を抱いて横たわらせた。 ファサ、と髪が広がる。その髪に触れ、顔に触れ、唇に触れ、カシルはしげしげと彼女を見つめていた。懐かしい、愛しい女の顔。あの日、突然自分に別れを告げた顔。自分の腕の中で冷たくなっていく彼女の身体を、どれだけ虚しい思いで抱き締めていたかわからない。
天上界の夜は長いと、天使の誰かが言っていた。
神の生まれた日の夜は長いと。
ならばその夜の果てるまでこうしていよう---------彼は思った。
こんなにも会いたかったのだから---------