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目的の地

静岡県賀茂郡東伊豆町 伊那美濱病院 16時58分


「そうですか、あの嵐の中自然公園に高校生がいたって言うのも不思議な話しではあるんですが、丁度昨日の捜索願を出された方の娘さんに該当していたんでもう直ぐご家族がいらっしゃいますから、もう少し待って下さい。調書にサインだけお願い出来ますか。」

病院の空室を借りて翔と聡史が少女の発見をした時の内容を聴取した巡査が、二人の同意を得てまとめた調書を見せながら言った。

翔からの通報で少女を救急搬送した後、事情聴取の為に駐在所に行くところだったのだが、担当していた警察官に連絡があり、急遽病院内での聴取となっていた。

調書には『8月17日15時30分 綿津美山自然公園内の南松並木通路の祠前で特別家出人として捜索願が出された伊那美濱1丁目済世寺、(いぬい)由良(ゆら)を発見した。発見時は意識不明、昏睡状態であったため直ちに消防と警察へ通報した。以下、発見者氏名住所』とだけ書かれていた。

二人が記名欄にサインしているとドアをノックする音が聞こえ、法衣を着た僧侶が別の警察官と入って来た。

「あ、確認させて頂きました。あなた方が由良を・・・娘を見つけてくれたのですか。ありがとうございます。」

サインし終わると二人は僧侶に対し立ち上がって頭を下げた。

「自分達はどうしても須佐之原海岸に行かなければならない事情が有りまして、バスが運行出来なくなったので公園経由で歩いていた所を、たまたま倒れていた娘さんがいたので通報しただけです。お怪我とかも無くて良かったです・・・差し出がましい事ですが、家出だったんですか?」

聡史が言った。

「ああ、違いますよ。捜索願が出された方で、今回の娘さんの様に未成年者であったりする場合、特異行方不明者として一般家出人と区別するんです。それで、特別家出人と書いたに過ぎません。本当に家出かどうかはこれからご本人の回復を見て判断する事になります。」

調書をまとめていた巡査が説明した。

「娘が家出する理由が私にも見当が付かなくて・・・先日も弓道の全国大会で個人戦の優勝を2年生で成し遂げたばかりですから・・・学校でも普通に生活していたと思いますし。」

僧侶が応える。

『おい、またしても弓道関係者か・・・同い年って、もしかして忍さんの知り合いかな』

聡史が翔の耳元で呟いた。

『それで、(やじり)渡されたのかな。本当に呼ばれていたのはあの子だったりするのか?』

翔も応えて囁く。

周りの視線を感じ二人はお辞儀して「それでは、自分達はこれでよろしいでしょうか。海岸まで急がないといけないものですから。」と言いバッグを肩に担ぐと出て行こうとする。

翔達が出ようとしたところで廊下から駆け寄る人影があった。

三十代後半で短く整えられた頭髪にグリーンの半袖ワイシャツ、グレーのスラックスを履いた175センチメートルほどの細身の男性だった。

「神崎翔君だね。」

翔は「はい」と応え男性を見るが、見覚えは無かった。

「実際に会うのは初めてだけど、深山さんとはよく話していたんだ。新井さんの後任をしていた刈谷(かりや)(あつ)(ゆき)です。佐々木君からも報告を受けてますよ。今は静岡県警特殊事例対策本部の監理をしてます。」

刈谷の到着に警察官達は直立し敬礼をした。刈谷は微笑むと手を振って警官達を労う。

「特事の監理官の方ですか・・・まさか、今回も特殊事例が?」

翔は出来るだけ係わらない様に聡史と出て行こうとする。

刈谷は二人の行動を見透かして笑いながら廊下に出ると翔の腕を取って話し出す。

「神崎総本家の史隆さんにも相談したところなんだ。佐々木君からも推薦されている。手伝って欲しいんだ。哲也君も来るらしいしね。」

聡史が隣で肩を揺すりながら笑いを(こら)えているのを肘打ちしながら翔が言う。

「手伝うって、自分は未成年ですよ。それに急いで別荘の管理人さんに挨拶しないと個別な事情で自分が姉から特殊事例を受ける羽目になるんです。先ず、自分の身の安全を優先させてください・・・それから事情をお聞きして・・・出来る限りの事はします。」

翔は係わらない様にとも考えたが叔父の史隆に言われた事を思い出した。

『恩恵を感じたのなら自分に出来る事がある時に出来る事をするよう恩を送る事を心掛ければいい。力がある者にはそれなりの義務が生じるんだ。』

翔の発言を聞いて、聡史は目を輝かせている。翔はもう一度肘を入れた。



リゾートヴィラ須佐之原海岸 17時32分


「やっと来たのかよ。なんだその恰好、もう泳いで来たのか。何かすげえ嵐だったのに。」

刈谷に送られて目的の地、須佐之原海岸リゾートヴィラへ図らずとも辿り着いた翔達は管理棟へ入ると、応接室には同級生の真崎(まさき)慎也(しんや)が管理人の矢崎(やさき)夫妻とお茶を飲んでいた。

慎也を無視して矢崎夫妻に雫が用意した手土産の『馬車道十番館のビスカウト』を手渡して挨拶をする。

「社長からは人数も多くなったようなので保養所の方も使えるようにしておいて欲しいと申し付かっておりますので準備してありますよ。どちらも隣り合わせですからご自由にお使いください。」

初老の管理人、矢崎は翔達に話す。

かつては神崎本家の湯江山農園で働いていた夫婦であったが、子供が出来ず、老齢で退職するのを社長夫人の美里から保養所の管理をしながらゆっくり余生を過ごしたらどうかと提案されて管理棟を終の棲家として給金を受けながら生活しているのだった。

「何から何までありがとうございます。お世話になります。」

翔がお礼をするのを矢崎夫妻は目を細めて応える。

「ぼっちゃんも立派になられて・・・隆一さんに本当に似ていらっしゃいましたね。」

翔は頭を掻きながら照れ笑いをする。

父親の隆一が生きていた頃から、父の実家である神崎本家に遊びに来るとみかん畑を管理する矢崎の手伝いをした。

作業が終わると褒美のみかんや旬の果物を翔や雫に食べさせてくれたのだった。

保養所の鍵を渡されて管理棟を出る。

取り残された慎也は矢崎夫妻にお礼を述べて翔達の下に走って行った。

「おい、無視すんなよ・・・アレ、俺って見えてないのかな?なあ、おい、翔、聡史!」

まだ陽が高く管理棟の横にある気温計は32℃を示していた。

別荘地の一角にある『リゾートヴィラ須佐之原海岸』は、神崎本家の会社『湯江山農園』が運営している貸別荘で、会社の保養所は矢崎の住む管理棟と社員が利用出来る集合施設『水無月』と本家の『葉月』の三棟を専属で保持している。他にある十棟は貸別荘として他社や個人に契約貸をしていた。

管理棟前の駐車場には六台の普通車が止められるスペースがある。翔はその駐車スペースに止めてある白いクラウンに合図すると静岡県警監理官の刈谷が降りて来た。

「挨拶出来たみたいだね。今、史隆さんと話が出来たんだ。明日から哲也君もここに来て貰う事になったよ。美幸ちゃんも一緒みたいだね。どうせなら皆一緒に聞いて貰いたいから今日の所は一旦帰って状況を整理して来るよ。さっき渡した連絡先を登録しておいてね。」

再びクラウンに乗ると手を振って出て行った。


翔は社員用の『水無月』のドアを開けて中に入る。

両開きの大きなドアは片方にフランス落しが掛かっていて右側のドアだけが開いた。

中は広い玄関があり、靴箱が左側にあった。管理人の矢崎が冷房を入れてくれていた為、室内は心地よい温度で汗ばんだ身体を冷やしてくれた。

二人は(かまち)に腰掛けてサンダルを脱ぐと目の前に立っている慎也を見て、聡史が声を掛ける。

「慎也~何でここにいるんだよ。」

慎也は認識された事が嬉しくなって応える。

「お前等が何やっているのかなって美鈴に聞いたら今日から海水浴の合宿だって言うじゃないか。それなら俺も参加したいと思ってさあ、聞けば女神様御三方もいらっしゃるらしいじゃねーか。美鈴も男手足りなそうだからいいんじゃないって言ってたからさ、お前等の手伝いしようとな。」

聡史が足を拭きながら応える。

「しようとな。じゃねーよ。お前、部活は?三年達引退したからこの夏から部長なんだろ。サボって来たのかよ。」

「失礼だな。ちゃんと小泉先生にもお前らのスカウトに行くって言って許可貰ってるんだよ。美鈴から聞いたぜ。二学期から復帰するつもりなんだろ。」

翔は笑いながら部屋に入って照明のスイッチを押す。

吊り下げ型の大きなシャンデリアが二つあり、広い空間を照らした。

ラウンジのような吹き抜けの空間には東側に大きな窓が並び、林の隙間から海が見える。1階にはこのラウンジと厨房があり、大きな風呂と男女別のトイレがあった。

ラウンジにはソファーセットとオーディオ設備があり、長いテーブルが二つある。

テーブルにはそれぞれ六脚の椅子があった。

2階への階段があり、回廊の様な手摺のある廊下から部屋に入るドアが四つ見える。

後から来た聡史が慎也と話しを続けていた。

「大体よ、何でここの場所知ってるんだよ。俺だって住所とか知らないんだぜ。」

「はあ?美鈴に聞いたよ。LINEのグループで共有してたらしいけど。聡史が知らないの?お前が今回の首謀者だろ。」

聡史はスマホを一度だけ見てから翔に言う。

「雫さん達のグループかな。翔、知ってる?」

翔は風呂場の状況を見てトイレの照明と換気扇をチェックしてから聡史の問いに応える。

「ああ、槍穂岳の件があってから情報の共有をしてそれぞれの近況を報告しようって、麗香さんの提案でグループ作ったんだよ。忍さんもねーちゃんが招待して入ってるぜ。」

「・・・入ってるぜって、お前も参加してるの?」

聡史は唖然となって翔を見る。

「ああ、グループ作ったの俺だからな。」

翔は言うと階段を上がり一部屋ずつドアを開けて室内を確認して行く。一部屋当たり四人は入れる広い部屋はいずれも綺麗にベッドメイクされていて自分達が何かをする必要はない事が分かると改めて矢崎夫妻に感謝した。

聡史は口を開けたまま翔の動きを見ている。


翔が降りてくると聡史が近付いて来た。

「おい、翔。ちょっとそこに座れ。何で俺にグループの存在を黙っていた。」

聡史に言われるがままテーブルの椅子に座ると静かに話し始める。

「グループを作ったのは槍穂神社から帰った日。正確には翌日の朝だ。麗香さんが深夜に帰国して家に来てから一晩中三人で女子会やって、帰り際の事だった。さっき言った通り麗香さんが提案して俺が作った。深夜の女子会は俺も美鈴も途中棄権で寝ちゃってたけどな。それからは、伯父さんの寺で須藤さんの葬儀にはお前も一緒にいたけどさ、ああいう場所で話す事じゃないだろ。その後はお盆の準備やらなんかでお前とも会ってないじゃないか。俺もお前も墓参りに行っていたし、巳葺山の記者会見も涼子さんが現れなくて残念だったっていうのはそれぞれ別の場所で動画配信見て感想言ってただろ。お前とは今日の朝迎えに行くまで実際に顔合わせていないんだから別に故意や他の考えがあって存在を隠していた訳じゃないよ。」

「いやいやいや、いろいろと突っ込む事満載の発言だぞ。あの日帰ってから麗香さんも合流してお前の家で三女神様揃い踏みだったのかよ。まず、その時点で俺に連絡する義務があるだろ。またお前一人でハーレム気分だったのか?美鈴もいて・・・お前はどこかの王様なのかよ。確かにお前とは会っていないけど、連絡は取り合っていたよな。会わなくても近況を報告する為の物だろLINEてのはさあ。しかもその後で忍さんもグループに参加してるんだろ?何故そのタイミングで『あ、聡史も招待しとこう』ってならないんだよ。俺というエンターティナーが参加して初めて盛り上がるグループになると何故に考えが及ばない。」

聡史がいきり立つのを何時もの事だなと平然と聞いて一つずつ回答する。

「まず、麗香さんが家にやって来たのは深夜だった。その段階でお前呼ぶってのは普通に考えれば非常識だっていう判断付くだろ。あんな事があったその日だぜ。それにお前に連絡するかどうかは任意であって義務ではない。あと、雫は姉だ。麗香さんや寛美さんも前にも言った通り優しい姉達として思っている。美鈴は幼馴染で麗香さんの妹だ。言ってみれば親戚が集まっている状態になるから、お前の言うハーレムには該当しない。グループに招待していないのは特に必要性を感じていないからだ。知らせる必要がある内容は俺が直にお前に連絡すれば足りるだろ。このメンバー聞いて気付けよ。大神祭の神楽のグループになっているって事を。お前が入って来て荒らし捲ったら皆が迷惑するだろ。以上だ。」

隣に座っていた慎也が笑い出した。

「聡史ー理詰めの話しは翔には適わねーよ。まあいいじゃないか。これから楽しくやろうぜ。年上で超美人のお姉様達との一つ屋根生活なんて一生の宝になるぜ。新学期には皆に自慢出来るしな。それにしても、あんな事ってどんな事よ。」

翔と聡史は慎也を見て同時に言う。

『いいから、お前は帰れ!』

言われた慎也は笑いながら立ち上がるとスキップしてトイレに向いモップと掃除用具を見つけて風呂掃除を始めた。

翔達は肩を落とし、翔のバッグから出した掃除用具を手にそれぞれ掃除を始める。


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