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天使のうたた寝

青嵐学院大学 考古学総合資料館データーセンター 15時54分


寛美(ロミ)ちょっと寝なさいよ。ご飯食べて少し緊張ほぐれたでしょ。これから先、あんたの先導が絶対に必要になる筈だから少しでいいから横になりなさい。お願いだから。」

IDでデーターセンターのキーロックを解除して中に入ろうとする寛美の手を掴み麗香はエレベーターホールのソファーに座らせる。

雫が1階の備品室からシーツ換わりのフリークロスを数枚とクッション材を持って来た。

三人を見ていた楓が滑る様に近寄って寛美の両肩を抑えている麗香に微笑むと、寛美の額に軽く触れる。途端に寛美の力が抜け、前屈みに倒れるのを麗香が受け取った。

麗香の腕の中で寝息を立てる寛美を見て楓が微笑みながら寝かすように合図する。

そのまま麗香と忍がソファーに横にすると、雫がクッション材に布を巻いて頭の下に差し込み、サンダルを脱がせてから大きめの白いフリークロスを伸ばすと、三枚重ねて寛美に掛け、三人でゆっくりとソファーから落ちないように背もたれ側に背中を預けさせ少し横向きになる様に寝かせ直した。

皆で寝顔を覗き込む。

「はぁ・・・これは・・・天使だわ・・・」

麗香が呟いて周りを見る。雫は勿論、忍や楓までも麗香を見てニヤニヤする。

麗香(れいか)(あね)さん。終に負けを認めましたね。」

雫がわざとらしく言いながら笑い出した。

「本当に綺麗な寝顔ね~(くつろ)ぐ姿が美しい。名前の通りね。」

寛美の前髪を整えながら楓が言い、皆で顔を合わせると小声で笑った。

雫は手に残ったフリークロスを楓の肩に掛ける。楓は微笑んで雫に礼をした。

雫はそのまま歩いて皆に振り返ると、わざと悪戯顔を見せてから寛美を見る。

「写メ撮っとこう~寛美(ロミ)の寝顔なんて次何時見れるか分からないもんね~ご利益ありそう。水橋寛美大明神様~」

言ってスマホで寝顔を撮影する雫に呆れた顔をしてから麗香が呟いた。

「今日は寛美(ロミ)の寝顔や(シズ)の可愛いお尻も拝見出来たし、いい一日になったわ。」

「え~私の場合は寝顔じゃなくってお尻?寛美と雫の可愛い寝顔見れて嬉しい~じゃないの~私の寝顔はお尻に敵わないの?」

雫が言い返すが麗香は真顔で静かに言う。

「雫の寝顔は珍しくないでしょ。あんた人一倍良く寝るじゃない。お尻の方が珍しいよ。」

「・・・あ・・・はい・・・」

言い返せない雫は悔しそうに身体を振るが諦めて下を向いた。


「それでは楓さん、寛美が聞こうと思っていた内容を教えて頂けますか。私と雫で調査します。忍ちゃん、申し訳ないけど寛美を見ていてくれる?1階の受付挟んでエレベーターホールの反対側に休憩室があるから起きたら連れて行ってあげて。そこでだけお茶飲めるから。」

麗香は言うと寛美のIDを手に取り、データーセンターに向かう。

室内では既に深山と浅井が作業を始めていた。

午前中に寛美が選別した資料を一件ずつ関連性を見ながら進めている。

ミーテイングテーブルに座ると楓は話し出した。

「寛美ちゃんはね、お爺ちゃんの康士郎(こうしろう)君というか、ひいお爺さんの創玄(そうげん)君が相談を受けていた内容に近いんじゃないかって思っていたのね。ただね、その内容はデジタルの資料にはしていないんじゃないかって、それでお父さんの義久君に紙の資料の保管場所を聞こうと思っていたみたいなのよ。年代的にピッタリだし、寛美ちゃんが推理している内容も私が探そうとしている事と近いなって気がしているのよね。」

深山もテーブルにやって来た。寛美が集計したデーターをプリントアウトして持っている。

雫と麗香に手渡すと椅子に座った。

A4の紙で六百枚以上ある資料には、年代別にびっしりと国内外の事象が日本語は勿論、英語やスペイン語、ポルトガル語の他、情報入手国の言語も交えて表記されている。二人は手早く一枚目から資料に目を通していく。

「ああ、寛美が楽しくなって来ちゃったの良く分かるわ。でももうほとんど纏め終わって、絞り込んでいるのね。楓さんが百年くらい前の事って言わなかったらあの子、地球創世から嬉々として選別作業してたわ。寛美にとってここはいい遊び場だから・・・」

麗香の話を聞きながら雫が資料に目を通して言う。

「うん・・・百年前だって言ってるのに明治元年、1868年から始めてる・・・これ、私も興味ある資料になってるわ。国内外の出来事も交えながら時系列で纏め直しているのね。今回と関係なく寛美と共同研究したくなる・・・本筋部分は二十世紀に入ってから、1900年代の国内事件が各県毎に纏めた後で犯罪傾向別にしてる。プロファイリングして捜査官にでも成る気かしらね・・・深山さん。25年に異常な事件や事故っぽいの多くないですか?三月の月間自殺者数も急激に伸びています。でも四月には平均値に戻っている・・・海外にも同様の傾向が確認出来ますね。南半球、南米、アルゼンチンとチリ・・・南アフリカ、ニュージーランドとオーストラリアに特に多い。凄いな寛美・・・自殺者や強迫性障害、統合失調症の患者の職業リストまで作っている。欧米も含めて全体的に芸術家や宗教指導者・・・シャーマンを含めた霊能者が全体の八割以上を占めている。感受性が強い職業の人が多いっていう事になるのかしら・・・芸術家には当時著名な人も含まれているんですね。発表されていた死因や引退理由は捏造されていたって事なのかも・・・」

雫の意見を聞いて麗香も別の資料から一致する内容を見出す。

「国内の医療関係の資料も25年に関しては各地の癲狂院(てんきょういん)、今の精神病院から症例としてほぼ同一の情緒不安定症状を訴える患者や集団パニックの情報が3月の一か月間に特に多い・・・ツタンカーメンの発掘は冗談半分としてこの二年前には関東大震災、ナチス親衛隊設立とか、雫が『海から何か浮かび上がる』とか言ってたからつい目に入ったけど、大正六年の大津波が東京湾で発生して横浜港でも多数の船舶が転覆している。改めて眺めると第一次大戦が終結して大東亜戦争に日本が向かうまでの間、世界中で公開されていない事件も含めてかなりきな臭い事件が起こっていたのね。話を戻すと、雫の言う通り、この年の一カ月間の出来事は異常性という観点で見ても、世界規模で同時期に発生していると言えますね。楓さん、この件ですか?」

深山は苦笑しながら楓を見る。

「あらら深山君。立場無くなっちゃったね~ものの5分で答え出ちゃったよ。二人共凄いね。寛美ちゃんの分析のお陰ではあるけど二人の資料読む速度、尋常じゃないよね。あなた達って何ヶ国語理解出来るの?深山君達が(つまず)いてたのってそこでしょ。」

楓が感心するのを聞きながら、一度皆を見廻してから雫が言う。

「でもこれ、25年三月に起きた世界的な症例というか事件について纏めた資料がある事までは突き止めていますけど、楓さんの仰っていた・・・寛美が思っていた通りデジタル化されている内容はほんの概要でしかありませんね。海外との医療、事件事故について関連性の統合調査報告者の注記にS・MIZUHASHIの表記がありますけどその詳細な調査報告書自体が無いんです。寛美はこの紙媒体の調査書に的を絞っていそうです。」

麗香も続く。

「事件の選別は寛美も内容を見るのが相当嫌な作業だったらしくて、憂鬱になったって言ってましたけど、こうして一覧になっているのを見ても決して気持ちの良いものではありませんね。特に近年の凶悪化している狂気じみた事件は記憶にも新しく、読んだだけでぐったりします。だけど、この大正十四年、1925年の一カ月間に起きた世界規模の事件は凶悪性というよりも異常性が顕著に出ています。原因と収束する切っ掛けを纏めた人が当時の警察や調査機関そのものがなかったみたいなので、それぞれ個別の事件や事故として処理していたみたいですね。今回寛美が纏めたので統一性が見えて分かった事ですけど・・・当時も水橋創玄教授が関連性に気付いた唯一の人間、若しくは気付いた人達の中心人物だったのかも。いずれにしてもこの調査報告書に答えがありそうですね。多分、寛美は途中で答えが出ていて、検証作業として国の情報まで収集し始めてます。ほとんど答えと立証資料が出来ていますから、もう少し時間が有れば全部日本語訳してましたよ・・・やっぱりあの子は天才だわ。」

楓は二人を眺めて微笑む。

「そうなると、寛美ちゃんが起きてから義久君に聞いて貰わないと先に進まないね。まだ起こしたくないし、ご飯食べた後だからゆっくりしましょ。」

「あ、それじゃ忍ちゃんにも知らせないと。寛美の資料見せてあげたいし、私呼んできます。」

雫は麗香からIDを受け取り、ドアを開けエレベーターホールのソファーにいる忍に声を掛けに行った。


深山は資料を眺めている。

()鳴島(なるしま)・・・江戸幕府先住民制圧、幕府直轄統制・・・流刑地、金鉱採掘・・・伊豆諸島の東京都移管・・・夢鳴島気象観測所設置・・・』

両親が実験施設崩壊によってその他の科学者と死亡したとされる島の表記を凝視していた。


ドアの外、エレベーターホールの窓はブラインドが閉まり照明が消されていた。

薄暗くなったソファーに『天使』が静かな寝息を立て時間を止めている。

雫がドアから出て来たのを見て忍が近寄って来て囁く。

「雫さん、何か進展ありましたか?寛美さんはぐっすり寝てます。寝返り一つしないで綺麗な寝姿ですよ。本当に『天使』みたいですね。ずうっと見ていられます。」

「忍ちゃんが照明落としてくれたのね~ありがとう・・・寛美(ロミ)は・・・もう『女神様』の域に入っているね。寛美が纏めていた資料を見たらほぼ答えが出ていたの。後は寛美が起きたら、お父さんに連絡して貰って、データー化されていない紙の資料の保管場所を聞かないと進まない所まで来たよ。無理に起こしたくないから自然に目が覚めるまで待つ事にしたの。だから忍ちゃんも中に入って資料見てみて。」

雫の囁きに忍が喜んで声を上げる。

「いいんですか。見たいです。」

自分の声が大きい事に気付いて両手を口に当て雫に頭を下げた。

雫は笑顔で両手を振る。

「うん。折角来たんだから、寛美が午前中だけで纏めちゃった資料を見てあげて。」

雫は寛美の寝顔をもう一度見て、掛けた布を少し直してからドアへ向かう。

IDをかざしてドアのロックが解除されるとポケットの中のスマホが震えている事に気付いた。取り出すと『翔』とある。忍を先に部屋に通し、耳に当てる。

「楓さんから聞いたよ~また嵐なんだって・・・翔?どうしたの・・・え?何で警察に行くのよ・・・はぁ・・・女の子?二人共怪我とかはないの?・・・あ、そう。大丈夫そう?身元引受とかは無いよね。もし必要なら明日私達がそっち行くまでその交番でお世話になりなさいよ。まあいいや皆無事ならいいよ・・・寛美(ロミ)?今徹夜明けで寝て貰っているから話せないよ。分かったからさ用が済んだんならさっさと別荘行って掃除しときなさいよ。管理人の矢崎さんに手土産渡してね・・・バッグに入れてあるよ。潰してないよね・・・うんビニール袋に入ってる。本当に大丈夫ね・・・うん。それじゃね。」

雫が話し終わるのをテーブルで皆が待っていた。

「翔からです。楓さん、またあの二人やらかしましたよ~言われた通り山の光っている所に入ったら『神様』がいて何か頼まれたって・・・相変わらず『何』を頼まれたか分からないって言ってます。金色の(やじり)みたいな物を置いて行ったそうです。それで、その神様がいる空間に高校生くらいの女の子が倒れていたので聡史君がおぶって二人で空間から出て来た時には嵐が静まっていたんですって。今はその女の子を救急車で病院に運んで、これから交番で調書取られるみたいです。女の子に怪我は無くて、二人共無事ではあるみたいですけど~明日から私達も合流するんで・・・また何か起こるんでしょうか・・・あ、今回の件と関係あったりしますかね。その神様っていうのも気になりますし、前回同様、あいつが何か頼まれると大騒動になる様な・・・おぼりんって海水仕様ですか?」

視線が楓に集まる。楓は天井を見上げてから微笑み。

「何かは起こると思うんだけどね。関係は、う~ん分からないな。寛美ちゃんが起きてから何か分かるといいけど、関連するかどうかは何とも言えないな~そもそもさぁ、何で翔君って相手のお願いを理解して聞く事出来ないのかしらね。あの子、凄く頭良いのに人の気持ちとか心を汲む力が足りないのよ。忍ちゃんも美鈴ちゃんも苦労する訳だわ。麗香ちゃんも雫ちゃんと一緒に翔君に再教育してあげてね。あとは~おぼりんもせいちゃんもオールラウンドだから海は大丈夫よ・・・多分ね。」


話しを聞きながら資料を見ていた忍が麗香の隣に座って囁く。

「あの、この資料って大学に保管されている内容ですか?図書館の保存資料や新聞掲載記事とかは分かりますし、医療系は医、歯学部があるし附属病院がありますから入手出来るのかなって思うんですけど、情報元の欄に警察庁の内部資料とか国土交通省、外務省、国防省や内閣官房の極秘資料の表記も有りますけど、大学ってこういう資料も入手可能なんですか・・・これって、一応言いますけど違法行為になりますよね。」

麗香は微笑んで忍に呟く。

「手に入れた情報を使って強迫や社会に拡散する事を目的にしている訳じゃないし、分からなければ立件出来ないでしょ。こんな事普通の大学や、寛美以外の学生には入手出来ないよ。ここからY.PACのメインコンピューターを経由してハッキングしているの。寛美に掛かったらこの国の役人程度が万全とか言っているセキュリティーなんて何の意味も無いのよ。暗算で暗号解読しちゃうからアメリカ辺りの天才級の技師が集まっている軍事施設や一部の企業クラスでも無かったら軽々入り込めちゃうのよ。」

麗香を見上げて忍が続ける。

「それって、危険じゃないんですか。いくら何でもハックされた事は分かっちゃいませんか。国家機密みたいな扱いの物まで見れてしまうんですよね。」

「だからY.PACを経由するのよ、今言った通りにね。ある企業のデータセキュリティーは国のものを大きく上回るの。海外の機密事項は忍ちゃんが言っている通り危険度が高いし国際問題にもなるから情報共有している大学の情報以外は手を出さないけど、この国のエリート面してる役人の考えている事やそれにたかっている程度の技術者まがいが作っているセキュリティーなんて、寛美が仕掛けてるトラップに追いつけなくてハックされた事にも気付かないよ。それにY.PACのセキュリティーの方が格段に上だからお役人様に報告が上がってから逆探知したところでY.PACまで辿り着かないわ。そもそも役人にセキュリティーの概念が分かっている人なんて割といないのよ。決まり事を上から言われた通りに業務をこなす能力に優れているだけで新しい技術を開発する事まで出来る人は官僚にはならない時代なの。一人一人の仕事量も膨大だし。肝心な上の人達は最新の技術を学ぼうともしないしね。彼らは常に過去の情報に生きている。勿論それは国家運営の為には当然必要で重要な仕事だけど、あくまでも枠が決まっている範囲の仕事を完璧にこなす事を目的にする公務員と、枠の中だけでは仕事にならない民間企業の違いね。企業の情報って何時ライバル会社から技術盗まれるか分からないでしょ。想定している事例にしか対処出来ない様なら致命傷に成り兼ねないのよ。先進企業にとって公開されている情報はあくまでも過去の技術なの。グローバル化が進んだ現代は、最新の情報を手に入れる為の攻防はある意味戦争みたいな緊迫感をもって企業間では普通に起こっているのよ。開発を依頼したり技術共有する傘下の中小企業を守る為にも大きな会社は責任を持って技術の漏洩が無いように休みなく監視しているの。うちの卒業生がY.PACへの就職率高いのはそういう技術を身に付けて卒業する生徒が多いからよ。文系学部のつもりで受験して大学から入って来る生徒に中退者が多いのもその辺の理系大学よりも数学や物理の授業が多いからって噂もあるくらいだしね。附属校だって文科省が出してるカリキュラムなんて1年生の内に終わらせて、高度な研究主体の授業内容やっているし。授業に付いて行けなくて大学進学資格の取得見込みのない人は3年の二学期から分けられて、仕方なく他の私立大や国公立大に進むクラスを脱落組って悪く言う人いるでしょ。でも、彼等は100パーセント別の大学に合格している。単に校風に合わなかっただけで優秀な事には変わりないの。忍ちゃんも知っての通り、うちの学校って所謂(いわゆる)エスカレーター方式の附属校じゃないのよ。まあ話が逸れたけどこの大学というか寛美からのアクセスはどうやっても分からないわ。」

忍は呆然として聞きながらも一つの疑問が浮かぶ。

「そのY.PACのメインコンピューターに寛美さんは潜り込んじゃっているんですよね・・・」

麗香は首を傾け忍に微笑むと人差し指を忍の唇に付けた。


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