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再び学生の会話で賑わっていたラウンジが急に静まった。
皆が同じ方向を凝視する。
視線の先には一人の可憐な美少女が立っていた。
異変を感じた雫達も振り返って同じ方向を見る。
背を向けていた雫と忍は立ち上がって手を振った。
「楓さ~ん。ここですよ~」
雫の声に美少女は右手を軽く上げて応えると歩き出した。
しなやかな身のこなしでテーブルに来ると、寛美に声を掛ける。
「寛美ちゃんごめんね~寝てないんだって~大丈夫?」
「はい大丈夫です。あ、こちらは美鈴の姉で森澤麗香です。」
寛美が楓に言い、麗香は立ち上がってお辞儀をする。
「初めまして。美鈴がお世話になりました。あと、しゃもじはお返ししなくてもいいんでしょうか?あの子、家で物凄く寛いでますけど。」
雫と忍の頭に森澤家で自由奔放に過ごしているしゃもじの姿が浮かんだ。
『・・・あいつめ・・・』二人は同じ事を考えているのが分かり目を合わせて笑った。
楓は両手を振り笑顔で麗香を見上げる。
「初めまして秋月楓です。麗香さんか~背高いね。琴乃ちゃんくらいあるかな?モデルさんみたいね。しゃもじはお邪魔じゃなければよろしくお願いしますね。あれでも神様なんで、何かあれば必ず守ってくれるよ。お会い出来て嬉しい。これからも雫ちゃんをお願いね。」
「はい。雫もですけど翔君達も救って頂いたと伺いました。私達にとっても彼は弟みたいな者ですから寛美共々感謝しています。私は168あります。それでは、しゃもじは大切にお預かりいたします。どうぞ今後ともよろしくお願い致します。」
静まったラウンジの中で、特に男子学生の視線は雫達のテーブルに釘付けになっている。
『おい、森澤麗香が頭下げているのって高校生だよな・・・あの席、三人揃っているのに際立つ美少女だな。附属の娘か?』
学院内でも有名な三人が集まっているだけでなく更に二人目の見知らぬ美少女が来たのを見て、テーブルを眺めながらヒソヒソと勝手な妄想に花を咲かせていた。
深山と浅井がカウンターで話をしてからメニューと、アイスコーヒーを人数分持って来た。
雫達がお礼をしてコーヒーを受け取る。
「代表して頼んできますから、皆さんお好きなものを注文して下さい。」
浅井からメニューを受け取った雫が楓に渡し、アイスコーヒーのガムシロップを寛美に渡す。麗香も寛美に渡すと、三人分のガムシロップをグラスに普通の事の様に入れてストローを挿して掻きまわすと一口吸う。寛美は目を瞑って飲み込んだ。
「寛美さんって甘党なんですか?」
意外そうな顔をして忍が聞いた。
「違う違う。ここのガムシロップは別途注文しないとノンカロリータイプは出て来ないのよ。だから成分は基本『果糖ブドウ糖液糖』がメインなの。寛美は普段ブラックだけど何日も貫徹してるでしょ。ざっと96時間は頭使い続けているのよ。一つ当り大体25キロカロリーあるけど脳の栄養素になるって言われているブドウ糖は今の寛美には必須なの。この表情見て。薬と思って飲んでるから決して美味しそうではないでしょ。私はこの顔見る時が一番楽しいのよね。勝った気がするでしょ?」
麗香が本当に楽しそうな笑顔で忍に説明した。同じ顔の雫を見ると口を開く。
「そんな事まで極普通の事の様にされるんですね。勝ち負けはちょっとよく分かりませんけど・・・」
忍は改めて目の前の三人の絆と各人の能力に感心し、憧れを持って尊敬した。
楓は天ぷら蕎麦、深山と浅井は親子丼定食に決める。
「忍ちゃん。皆でいろいろ頼んでシェアしようか?」
雫が提案して「はい、是非。お任せします。」と忍が応えた。
「それじゃ、ご飯は普通盛りでいいよね。汁物はつみれ汁かな~サバのカレー竜田揚げと、トマトと鶏肉のネギ塩炒め、ステーキも行っとく?ソースはレモン醤油かな。あとはブロッコリーと海老のサラダといんげんのクルミ和え。忍ちゃん。食べられないものある?」
「はい、全部大丈夫です。こんなに種類あるんですね。」
「ん?メニューに無いものもあるよ。ここはね~言ったもん勝ちの裏メニューが存在するのよ。痛みやすい生ものは用意されたもの以外夏は出してくれないけど、無茶なお願いじゃなければ叶えてくれるシェフが揃っているの。附属校の子達は利用頻度少ないから知らないのは仕方無いんだけど来年大学に来たらお願いしてみるといいよ。極端な話し、お茶漬けだけとかも出してくれるから。その日の健康状態に合わせて栄養士の先生が相談に乗ってくれるよ。あ、楓さんもシェアします?」
楓も参加すると言い、天ぷら蕎麦もシェアの対象になった。
雫と忍の掛け合いを見ていた麗香は、寛美に笑いかけると二人に声を掛ける。
「本当に姉妹みたいね。私達もそれでいいよ。忍ちゃん、気付いた?これ全部脳の活性に良いって言われているメニューだよ。食べて直ぐに効き目がある訳では無いけどね。」
麗香達も同意したので雫は浅井と一緒に注文カウンターに行った。
「雫ちゃんってあんなに活発な子だったっけかな。」
深山が感心しながら独り言を呟く。
「この二人のお陰よ。寛美ちゃん麗香さん。二人共ありがとうね。」
楓は二人に感謝を告げる。二人は無言のまま笑顔で返しただけだった。
雫の過去を知る忍は目の前の二人が外見だけでなく内面から美しい人間であると確信した。
「楓さん。先に伺ってよろしいでしょうか。」
寛美が楓にこれから調査する内容について聞こうとするのを楓は微笑んで応える。
「うん。寛美ちゃんが思っている通りよ。でも義久君が康士郎君から詳細を聞いているかは分からないな。更に上の創玄君の時だと思うんだな。当時、私は直接対応していなかったのよね~確か南極の方で起こった現象が世界中に影響していたんだと思ったな。」
二人の会話を麗香は首を傾げて聞いていた。
「あの・・・寛美と予め話しをしていたんですか?寛美は楓さんに確認してから動き出そうと思っているって言ってたんですけど。」
「フフフ、森澤麗香君。君だけが知らない事をこの私が教えて進ぜよう。」
注文を終え、戻って来た雫が勝ち誇ったように麗香に言って寛美と麗香の後ろに立つ。
「まあ、私も知った口きける程では無いんだけどね~楓さんはね~人の深層心理の更に奥にある無意識の中まで見抜く力を持っているのよ。本人が望まない内容は覗かないけど、知って欲しい事とか聞きたい内容は話さなくても理解出来るの。弟子の忍ちゃんも出来るし、これからは私も教えて頂く予定なのよ。物凄く勘が良い人っていうと理解しやすいかな。」
麗香は唖然として聞いていたが直ぐに納得した表情をした。
「成程。これだけの人達が肯定しているんだから了解したわ。要するに頭の中に明確な考えを纏めさえすれば話しが早い人って事ね。」
「・・・まあそういう事になるのか・・・麗香ってさあ、新しい事象を抵抗なく理解して受容するの早いよね。楓さんの事も会うまでは半信半疑だったくせに会った途端、格上の人物って察知して礼儀正しくなるし。頭の中で凄い数のシュミレーションした結果出した答えだっていうのは知ってるけどさ。そういうところ本当に尊敬するわ。」
雫は言ってから楓を見る。楓も微笑んで見ていた。
「寛美ちゃんも麗香さんも本当に優れている人物ね。既成概念や自身の知識に固執しないで柔軟に物事を把握して結論を出せる。新しい現象が起きれば過去に判断した事も変える勇気も持っているのね。ただ、頭の悪い人達からは優柔不断って言われかねないから相手を見て自分の考えを表現してね。そういう人に限って声が大きくってしつこいからね。雫ちゃん本当に素敵な親友に会えて良かったね。」
言われた雫はこれ以上に無いほどの笑顔で二人を抱きしめた。
カウンターにいた浅井がカートに積んだ料理を持って来た。
「ここのシェアってこういう形で出てくるんですね。次からは自分も参加させて下さいよ。」
浅井は雫達のシェアしたプレートを並べて行く。忍は目を丸くして目の前の皿を見た。
大きな区分け皿に同量の料理が盛られている。別で蕎麦の猪口とご飯の盛られた茶碗、イワシのつみれ汁が置かれていった。
「凄~い。懐石料理みたいですね。私、一品ずつのお皿を取り分けると思っていました。大狗庵の朝ご飯思い出しちゃいました。雫さん来年の為にも今度改めて注文の仕方教えてください。同級生達集めて宴会出来ちゃいますね~」
子供の様にはしゃぐ忍を深山は目を細めて眺めていた。
食事をしながら楓が雫に話しかける。
「あ、そうだ、翔君から連絡あったよ。また嵐に遭っているんだって。」
話しを聞いて雫と忍が箸を止めて楓を見る。
「嵐って、伊豆ですか?今頃は東伊豆の別荘に着いて掃除始めている筈なんです。私には何も連絡来てないんですけど・・・」
雫が言いながらスマホを見る。着信は母親から電話が来た時に確認してからは無かった。ラウンジのサンルーム側、窓の外は夏の青空が続いている。スマホの気象レーダーを見ると雨雲は無く、予報欄も関東東海は晴れのマークが並んでいた。顔を上げて楓を見る。
「予報もレーダーも晴れのままですけど、巳葺山の時みたいな嵐ですか?」
「そうらしいね。翔君も慣れたもので落ち着いて話ししてたよ。嵐で海沿いの道が通行不能でバスが運行出来なくなったんで、徒歩で山越えの道に行こうとしたらその山に光が差している所があるって言ってたから、招かれてるから行って来なさいって言っといたのよ。」
楓が言うのを聞いていた麗香が寛美を見る。
寛美は特に気にする素振りが無く他の人達も動揺する事が無いのを見て楓に聞く。
「あの、皆普通に聞いているんですけど、十日前の山みたいな危険は無いんですか?私はまだ何があったのかは詳しく教えて貰って無いんですけど、噂では行政の区分や仕組みを変更するほどの事件だったって・・・」
楓に代わって雫が言う。
「うん。忍ちゃんも言っていた通り明日、皆いるところでゆっくり話しはするけどさぁ、今回は大丈夫なんじゃない。楓さんの判断仰ぐくらい冷静なら心配いらないよ。あの二人って怪異磁石でも持っているのかしらね~翔の奴、山ごと吹き飛ばさなければいいけど。」
楓が笑い出して言う。
「それね~私が言っといたよ~翔君は何もしないでおぼりんに任せるようにってね。」
聞いた雫と忍は目を合わせると笑い出した。