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『七時半の女』

「・・・天狗様だったの?今の女の子・・・楓さんの事を『様』付けしてたけど・・・楓さんって本当は神様なの?」

麗香が空を見上げたまま呟いた。

「さあね~」

爽やかな笑顔で雫が応える。

難しい顔の美鈴と由衣が説明を求めに寛美の所に歩いて来た。

寛美(ロミ)さ~ん。何で愛鷹山から来たら、神具の預け先が諏訪神社で納得出来るの?(シズ)さんが寛美さんに確認取っていたよね。」

空を見上げて微笑んでいた寛美が美鈴達に向き直す。

美鈴(みー)は愛鷹山の位置や歴史は知ってる?富士山のほぼ南東に位置して正確には愛鷹連峰として北に最高峰の越前岳があって、呼子岳、割石峠を経て鋸岳が続いて位牌岳そして山頂に愛鷹明神奥宮拝殿がある愛鷹山が一番南に位置しているの。全て標高一千メートルを超える山塊よ。新生代第四紀、258万8000年前から現代までの成層火山で約40万年前に噴火を始めて10万年前に活動を終えている。今では開析(かいせき)が進んで位牌岳西側にあった火口は見えなくなっているのよ。フォッサマグナ地域に属して・・・」

寛美が説明し続けるのを、美鈴は笑顔で両手を振って静止する。

「あ、あの・・・端的に。出来れば神具と天狗様との関係性だけ抜粋して。」

不思議な顔をする寛美に後ろから抱き着き、麗香が話しを続ける。

「今はね、愛鷹明神を祀るのは沼津にある桃沢神社とされているの。山頂の明神様は愛鷹山縁起によると孝霊天皇元年とも元正天皇霊亀三年の創祀とも言われている古いお社。愛鷹明神と桃沢神社はもとは別の神社だったのが、いつの頃か合祀されて今の姿をしているのよ。愛鷹明神が馬を愛でると言われていた事から源頼朝が吾妻鑑や曾我物語にも出て来る富士の巻狩りの際に神馬を九十九頭奉納したのが切っ掛けで今川や武田、徳川家康も愛鷹山を放牧地として馬を保護したとされている。ここまでは歴史や地理で習っているでしょ。地質年代も理解しているよね。」

ここまで話すと忍と共に聞いていた雫に合図する。

「最後まで話せばいいのに。日本の神話に出て来る山の神は国津神である大山祇神(おおやまつみのかみ)を筆頭に箱根神社の御祭神でもある木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)天孫瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)が多くの場合鎮座するの。愛鷹明神でも御祭神は木花開耶姫命と瓊瓊杵尊。そして建御名方神(たけみなかたのかみ)が祀られている。建御名方神は月読神社でも話した諏訪大社の主祭神。それで、月読神社と長野山諏訪神社、愛鷹明神が遠からず繋がりを見せたっていう事よ。まあ、後付けの解釈でもあるけどね。あとね、愛鷹山の東麓には・・・」

雫は寛美に視線を送る。

(シズ)が話せばいいじゃない。愛鷹山は山体的にもいろいろな魅力があって、来る時に見えていた狩野川の水系で桃沢川の源流には『つるべ落としの滝』があるの。普段は涸れている事が多くて位牌岳に雨が降ると火山によって生じた板状(ばんじょう)節理(せつり)の崖に落ちる滝を見る事が出来るのよ。板状節理があることから愛鷹山が火山であったと考える事が出来るとも言えるわね。それで、このつるべ落としの滝の下流にはもう一つ、愛鷹山の神を祀るお寺が有ってね。」

寛美は麗香に抱き着かれたまま両手で雫に『お返ししますよ』と合図を送る。

「変なリレーになったね。建立したのは明治36年だから比較的新しい日蓮宗の愛鷹教会水神社があって、明治初期に壽善院日龍上人(じゅぜんいんにちりゅうしょうにん)が滝行の修行をされて、この滝の水神明王という龍神様から許しを受けて修行道場を建てたとされている。逸話ではこの滝行をアシストしたのが権現様で、お姿が天狗様だったとされているのよ。厳しい修行をしている御坊様がいらっしゃると聞きつけた人達が上人様から説法を受けにやって来て草庵だったと言われる道場が次第に大きなお寺になって行った。そこは仏教のお寺だからお釈迦さまや日蓮聖人はともより龍神様の水神明王と法華経にある天に棲んで天候を司るといわれる八大龍王を勧請(かんじょう)されているの。山奥にも拘わらず水神社には漁師さんや海洋航海士さんから、大漁祈願や水難守護の神様として熱心に信仰する人達が沢山いてね、蛇足になるかも知れないけど、今回の件って海に関係する事件を追おうとしているから水神様も繋がるのかなってね。そこで、愛鷹山山頂の明神様と、この水神社の権現様、桃沢権現の繋がりに考が及んだのよ。『神は明らかなお姿で現れる』とする『明神様』と山岳信仰と神道、仏教の融合で『仏は仮のお姿で神となって現れる』とされた『権現様』という呼び名はどっちも神様に違いないんだけど、さっき言った飯綱権現や関東東海でも箱根権現、熱海の伊豆山権現なんかが有名で、長野県にある飯綱山を起源にする飯綱権現は烏天狗のお姿で現れて、狐や天狗を使役するとも言われる。飯綱権現は高尾山や千葉県、日光でも熱心に信仰されていて高尾山薬王院は徳川家にも庇護されて来た経緯があるの。この子が権現様に使わされたと言っていたから疑問に思ってあの神様に伺ったのよ・・・ご回答は聞いた通り。本当に楽しい問答だった~忍ちゃんに止められなかったら何時までもお話ししていたかったな。」

言い終わると忍に振り返る。頷く忍に微笑むと美鈴と由衣を見る。

「あれ?難しかった?」

消化不良な表情の二人を見て雫が聞くと美鈴が応える。

(シズ)さん達って今話していた事を全部覚えているの?寛美(ロミ)さんはもう当たり前としても、お姉ちゃんなんか経営学部なのに何でそんな事まで覚えているのよ。忘れるとかっていう機能何処かに置いて来た?」

「何で覚えてるって、卒業してまだ一年半よ。三年間寛美(ロミ)のお陰で先生達の狂気じみた授業受けて、重箱の隅突(つつ)き過ぎて穴空いたところから漏れ出す程の知識身に付ければ大抵の事は覚えているわよ。二人の影響もあるしね。美鈴(みー)も授業や課題で履修済みでしょ?公式には伊豆半島ジオパークに分かり易く記載されている内容だし、実際私達は歩いて見ているしね。それに吾妻鑑や曾我物語は読んでるよね。身に付けていて無駄な知識なんてものは無いのよ。無駄に終わらせてしまう人は沢山いるけどね。まあ、この情報量と解析作業をこの二人は目を合わせた瞬間にやっちゃうんだけど・・・寛美と同じレベルの化け物がもう一人ここにいるのを思い出したわ。」

美鈴が何度も頷く横で、由衣がキョロキョロ周りを見て雫に聞く。

「あの、雫さん。お話しの内容は理解出来ましたし、もっと深く伺いたい事も沢山あるんですけど・・・そもそも今のって、現実なんですよね。お二人の能力で幻覚を見せていたとかじゃないですよね。」

唐突な質問に雫は忍の顔を見る。気付いた忍が空を見上げ微笑むと話し始める。

「そうか~そういう方法もあるね。雫さんは最近指導を受け始めたばかりですからこれからになりますけど、私はそういう方法を師匠から教えて貰っていますよ。でも、由衣ちゃんが見た事、聞こえた事は全部現実に起こっている事なの。びっくりしたよね。ほんの十日前に私と雫さんはもっと大きな事件を体験しているけど皆さんは初体験ですね。最初の大きな霊体験、神秘体験で神様とお会い出来るなんて凄い事なんですよ。」

「え?忍ちゃん幻覚とか見せる事出来るの?」

頷きながら聞いていた雫が忍に尋ねる。

「はい。私を何だと思っています?あの秋月楓の直弟子ですよ。まだまだ未熟ですけど隠し玉は結構あります。」

忍には珍しく悪戯っぽく笑う。

雫は同じくらいの悪戯顔で笑い返すと麗香に振り返った。

「それにしても、麗香(レイ)寛美(ロミ)って何が有っても動じないよね~由衣ちゃんの反応が正常だと思うんだけどな。それでもパニックになって騒がなかったのは凄い事なんだけど。美鈴(みー)ちゃんも流石、麗香(レイ)の妹って感じだしね。森澤家の家訓か何かなの?」

麗香は寛美に抱き着いたまま応える。

「感動はしているよ。でもさ、こういう事が起きるのを前提に朝から動いている訳でしょ。その十日前の大事件も細かく聞きたいしね。今回の件で、自分の命の心配はしなくて良い事が実践出来たし。不思議と天狗様が現れた時には怖さ無かったしね・・・私達を怖がらせない為にあの姿で現れたって訳でも無さそうよね。うちの学校は母体がカトリックで西欧の思想は学ぶけど強制されていないし、二人の影響で日本人の心底に根付いている事柄も深く理解出来ているつもりだからこういう事が起きた時や海外に行っても自分を見失わないのよね。最初は雫の事が心配だったのが理由だけど、研修すっぽかして帰国したのも、これだけの体験が得られるなら正解だったわ。」

麗香の応えに雫が問いかける。

「やっぱりすっぽかして来たの?幹部候補生用の社員研修でしょ。」

「一応、手続きは済ませたよ。まだ学生で正式契約も結んでいないんだから大丈夫よ。」

「正式契約前だからまずいんじゃないの?学部推薦の研修だし、なんか申し訳ないな。」

「一応学部の研修だけど四年生の人達は残っているから大丈夫よ。私は卒業後本社勤めにこだわっている訳じゃないし、まだ二年も先の話しだからね。まだ呼ばれる事もあると思うし、世間の言う出世って興味ないのよ。それに今回の研修でY.PACの人達って人を見下す人はいないな、っていうのが感想なの。ほとんど大学の先輩達だからかな。向こうの人達もルールに厳格な人が多かったけど自分の職務に忠実なのが伝わって来るから嫌な感じはしなかったな。ただね、優秀っていうか突き抜けた天才級の人が多いから皆キャラが立っていたわ。それでも、頭脳的賢さは雫や寛美見てるからね~それは兎も角、海外勢は思考がぶっ飛んでいた。あれは日本人には真似出来ないと思うわ。私がどうしても帰国する必要があるって言ったら担当官はルールがどうの折角のルートがとか言っていたけど、『先端科学工業』の真田社長が『なんならうちが引き取りますから大丈夫です。』って助け舟出して帰りの飛行機の手配まで即決でしてくれたからその日のうちに帰国出来たの・・・それなのにあんた達は神社の銭湯で寛いで巫女のコスプレまで楽しんでいたって聞いた時は少しだけ殺意が芽生えわね~」

麗香は笑いながら応える。

「先端って・・・あの青嵐大病院の北にあるY.PACの子会社?あの会社って開発や研究をメインにやっているところでしょ?なんかさあ、年に何度か小火騒ぎやら爆発事故起こしていたりする危ない会社ってイメージなんだけど、そういう処にも回されちゃうの?」

「個性的な会社だと思うけどな。真田社長にお礼言ったら(シズ)寛美(ロミ)の気が変わったら何時でも特別待遇で受け入れるって言ってたよ。社長も本社からの出向で代表やっているんだって。帰国の要件が雫に係る事だから最優先で手配してくれたんだ。寛美は仕方ないけど雫は是非欲しいっていうのが本社取締役会の希望なんだってさ。お陰で役員の真田社長と仲良くなれたのはラッキーだったわね。寛美も真田社長は知っているんでしょ?」

麗香の手を振りほどいた寛美が振り返って微笑む。

「お爺ちゃんがお世話になっているからね。研究費や施設は全部Y.PACを通じて真田さんが先端科学工業内に用意してくれているみたいよ。お陰で今は中近東。何処にいるのかは、お祖母ちゃんが知っているみたいだけど、最初はトルコに入ってそこからアラビア半島、イエメンのサナアに進んだのは聞いているけどルブアルハリ砂漠の古代遺跡に行っているみたい。利益重視の会社が何でお爺ちゃんに出資するのかは、私には分からない大人の事情があるのかもね。」

話しを聞いていた由衣が麗香に近付く。

「麗香さん、まだ二年生なのに就職先決まっているんですか?青嵐とY.PACって特別な繋がりがあるのは噂では聞いていましたけど本当なんですか?」

麗香は一度雫と寛美を見ると応える。

「自分で言うのも何だけど、成績優秀者は大学入学時にスカウト受けるよ。忍ちゃんは来年話が来ると思うな。他の会社や大学院に進む人、あんまりいないけど公務員を目指す人とか、独立起業したいって考えている人は応じないけど私は二人と違って社会人に興味あるからね~」

麗香は冗談ぽく話すが、雫が反応した。

「私も青嵐会のお陰で授業料免除されているからお返ししたいとは思っているんだけどさ、私に会社員って出来ると思う?寛美(ロミ)は水橋家の家業みたいなもので考古学部教授に座るんだろうなって誰しもが納得している・・・生活するにはお金は必要だけど、勉強が出来るのと稼げるって違う能力だと思うんだ。そういう意味で、麗香(レイ)は総合的にバランス取れていてしかも他者より抜きん出ているから企業には最適よね。」

(シズ)はさ~組織の中に入っちゃえばどんな部署でも絶対に頭角を現す筈なんだけど、一つだけ大きな欠点があるからね~」

麗香は寛美と顔を合わせると二人で声を出す。

『朝がね~』

二人に向って頬を膨らませ「それだけ?」と言うのを寛美が続ける。

「七時半の女を克服しないと会社員どころか社会人として最大の欠陥になるよ。何時までも翔君が起こしてくれると思わない事ね。」

『七時半の女?』

忍と由衣が問い、美鈴が笑いながら応える。

(シズ)さんってさ~徹夜とかは割と大丈夫なのに何故か寝ると朝は七時半まで絶対に起きないのよ。前に徹夜明けで朝の十時に寝たらやっぱり次の日の朝七時半まで起きなかったって逸話を残しているしね~深山先輩が起こして来た事に皆で驚いたのはそういう処なの。電波時計が入っているのかっていうくらい正確に七時半に目覚めるのは特技と言ってもいいよね。」

「今までは学校が近いから大丈夫だったけど会社員って必ず同じ時間に同じ場所で仕事するとは限らないからさ。(シズ)の場合目覚まし時計って鳴り響いても周りに迷惑かけるだけで役に立たないからね。何っていうのかな・・・冬眠?仮死状態並みの身体機能停止だからさ。」

森澤姉妹の連携に反論の出来ない雫が愛想笑いで応える。

「そこに関しては本当、自分でも何故か分からないんだよね。心配事がある時とか体調が優れない時はそうでも無いんだけど、健康な時は何故か起きない・・・起きられないんだよね。たださ、これに対しての解決策として今朝みたいに忍ちゃんと一緒に暮らすっていうのはどう・・・あ、ダメですね。」

雫の話しに全員が、しゃもじと飯綱までが凍り付く。


寛美が周りを見て微笑むと、雫の手に乗ったままの飯綱に目線を合わせて話し出した。

「この子が許可すればあの箱開くんじゃない?材質は桐だと思うんだけど蓋とか繋ぎ目が見つからなくて困っていたのよね。お願い出来るかな。」

飯綱が「キュィン」と短く鳴き雫が応える。

「権現様のお許しが出たから開けられるってさ。風丘さん達が心配するからそろそろ戻ろうか。せいちゃんありがとう。」

雫が話すと飯綱は肩に登りしゃもじを見てから大人しく伏せて短く鳴いた。

雫が忍と視線を合わせて微笑み、「通訳~」と言う麗香に「あとでね」と言い返して草原を後に歩き出した


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