縁 ENISHI
8月18日 金曜日 13時20分 『スペイン風料理 El Mar Hermoso』
ランチタイムの店内は満席になり炎天下の外階段で入店待ちの観光客がメニューを見ながら楽しそうに話していた。その横を申し訳なさそうに上り、ドアを開けると店長の沙紀が店の奥から手を振って来た。
翔は頭を下げると別の店員が近寄り「海が見える窓際の席をご用意出来ています。」と言われ階段下で待っていた聡史に手招きをする。
聡史は手を挙げて応え、哲也達と階段を上り始めた。
遅れて来た美幸と美恵子も店に入り、全員が席に着くと注文もしていないのにサラダが並べられ、白身魚と蛸のカルパッチョとフランスパンのスライスにオリーブオイルが人数分置かれて行った。
素子が笑み全開で隣に座った美恵子に話し出す。
「美恵子さんは朝から宗像神社で御馳走食べて来たんですよね。あそこってお店出せるレベルのご飯食べられるじゃないですか。私も刈谷さんから宗像神社に泊るって聞いた時羨ましかったんですけど夜遅かったんで諦めたんです。悔しかったんで安倍川餅欲しさに静岡駅で『大御所弁当』買って食べて来ましたけど、お店着いてすぐに綺麗なサラダにカルパッチョ!お通しですかね。この後何食べられるのかな~楽しみですよね・・・ところで、お店の名前どういう意味ですか?スペイン語?」
美恵子が首を傾げるのを翔が応える。
「スペイン語です。El Marは『海』Hermosoは『美しい』この浜のまま『美しい海』という意味です。」
「翔君スペイン語分かるの?噂には聞いていたけど青嵐って特殊なカリキュラムだから高校生でも第二外国語習うの?」
素子の声に聡史が応える。
「自分達は他校の授業知らないんで良く分かりませんが、スペイン語は中学で履修済みです。学校の成立時にローマカトリック教会の助成で明治初期から私立学校として活動していて大学令が施行されると大学として設置したというのが沿革みたいで、スペインの宣教師の方が多いからですかね、授業やキリスト教の説法に支障ないように習うんですよ。英語についても授業の大半は英語でやられちゃうんで必要になるんです。今じゃ何故かアラビア語まで学習しています。バチカンの公用語とされているラテン語は入信希望者が習います。やっぱり自分達が特殊だったんですね・・・もう慣れましたけど。」
素子は頷きはするものの、珍しい生き物を見る目で翔達を見回す。
別の店員が来てターコイズブルーのゴブレットに氷の入った水が並べられ、それぞれがサラダとカルパッチョに手を出し始めた頃、店長の沙紀がやって来た。
「いらっしゃいませ。徳武さん、村上さんご無沙汰です。その節はお世話になりました。神崎社長達のお陰でこんなに立派なお店を開店出来ました。皆さんはビールにしますか?」
明るく張りのある声で沙紀が言うのを村上は勤務中、八田は運転すると言い断るが、哲也と美恵子、美幸はビールを頼み、美恵子に勧められて曽野川も頼む。沙紀は承諾すると店員に伝え、ピッチャーでソフトドリンクとアイスティーをテーブルに置いた。
「お食事はこちらで勝手に作らせて頂きます。お好みで取り分けて下さい。落ち着いたらお話ししたいのでお時間の許す限りゆっくりして行って下さい。」
他のテーブルに向う沙紀の後ろ姿を見送りながら慎也が翔に話す。
「なあ、お礼しに来たのに更に気を使って貰っちゃって・・・哲也さんとお前の叔父さんに縁があるみたいだけど、この炎天下に外で待っているお客さんも含めて何か申し訳ないよな。」
高校生三人が顔を合わせて頷く姿に美幸が声を掛ける。
「大丈夫よ。慎也君も横浜に帰ったらこの土地やお店の宣伝してくれるんでしょ?私達もちゃんとお父さんに報告してこのお店に下ろす果物や野菜でお返しするように頼んでおくし、お兄ちゃん経由で漁協から良物のお魚優先的に入れてもらう様にするから。ね。」
美幸が言うのを哲也が強く頷いて応えた。
「哲也さん。御馳走様です。」哲也に向って三人は合掌する。
「はあ?ワリカンに決まっているだろ。自分の分は自分で払え。お前等のバキューム胃袋に付き合えるかよ。」
男達が騒ぐのを他所に美恵子は海を眺める。
「美恵子さん、何か感じるんですか?」
素子が囁くのを微笑んで応える。
「いいお店ね~ここは神の恩恵を受けやすいロケーションになっている。この浜は皆に愛されて清められているわ。全国的には無名の須佐之原だけど・・・流石は楓さんが示した場所ね。」
「ここって秋月先生が関わっているんですか?」
「例の鍾乳洞の調査で青嵐大の教授に呼ばれて下田入りした時に沙紀さん達が退院したら『ここにお店出させなさいな』くらいの感じで刈谷君にアドバイスしたのよ。私は感じていなかったんだけど、楓さんには沙紀さんと御主人が独立してお店を出したいって思っている事が分かっていたみたいね。ここは神崎本家の別荘地が直ぐ後ろにあるし・・・楓さんがここら辺の神様集めて『頼むね~』ってね。本当に楓さんと一緒にいると刺激的だわ。それで、刈谷君からこの話を聞いた宮島さんがこの店舗の権利を取得して格安で沙紀さんに貸しているって訳よ。」
二人の話に聞き耳を立てていた慎也が美恵子に尋ねる。
「あのう、自分は楓さんという方とは会った事無いんですけど、神様に『頼むね』とか簡単に話をする事が出来るんですか?皆さんが来る前に哲也さんからも普通の人間と思っても仕方ないみたいに言われましたけど・・・」
慎也の問い掛けに美恵子は妖艶に微笑む。
「ふ~ん。慎也君も中々イケてる男の子ね。楓さんは絶世の美女、美少女よ。そっちの二人はこの前に見ているわね。私達術者の心の師匠。私にとっては救いの神様と呼んでも決して大げさな表現にならない。今の私があるのは楓さんのお陰。」
美恵子の語りを静かに聞いていた美幸が続ける。
「翔君達はこの前、実際に会ったから分かるよね。国内の多くの術者に留まらず、世界を見渡しても最高峰の能力者よ。楓さんにとって物怪や精霊、神様は普通にお友達なのよ。慎也君も会えば分かるよ。」
微笑みかける美幸に翔が問いかける。
「話し変わりますけど、例の鍾乳洞って言っていませんでした?青嵐大の教授の調査って・・・」
美恵子と素子が顔を合わせ、素子が話し出す。
「三年前、下田で大きな事件が有ってその時にこのメンバーで解決したんです。その時に発見したのが下田市の高峰山鍾乳洞。縄文や弥生文化とは違う文化圏の儀式で使われていたと思われる祭壇と古代文字の書かれた壁があって、地元の大学や歴史博物館の職員が解読しようと試みたんだけど描かれた言語に統一性が無くて偽物とか、落書きという答えが返って来たところで、横浜の青嵐学院大学考古学部の水橋研究室が調査を行って一万年から五千年前の間に伊豆諸島から入って来た海洋民族による古代宗教の遺跡という事が分かったの。調査隊は三年前の丁度今頃、八月の後半に入場して僅か一週間で文字の解読と高峰山にある地下迷宮の立体地図まで作成してしまった。その時に監修で秋月楓先生がいらっしゃっていたとは聞いています。私は残念ながら立ち会えなかったんですけど・・・」
「最終的に楓さんがチェックしに行くって聞いて私も同行させて貰ったのよ。古代文字は海洋の神族群についての系統とその呼び出し方みたいなことが書かれていたんだけど核心部はぼかして体の好い言葉に換えて発表されたみたいよ。先行した研究者達も納得する内容で発表されたって聞いているわ。実際に解読、差障りの無い言葉に変換したのは教授が連れて来た綺麗な女の子。まだ高校生くらいだったと思うな。」
・・・・・・・・・・・・
「寛美さんだ!」
翔と聡史、慎也は顔を合わせて言う。
「は?」
声を上げた三人に哲也が振り向く。
「うちの大学史上最高の天才って言われている人です。水橋寛美。これから来る神奈川のメンバーです・・・哲也さんは槍穂神社前の捜索本部で会っていますよ。雫さんの親友です。」
聡史が説明する。
「ああ、あの物凄い美人か。意外な接点だな。」
「今朝話していたんですよ。翔の初恋の人ですから~」
聡史が畳みかける。翔は相手にせずに海に視線を移した。
「翔、拗ねるな。あんな子を小さい頃から見て来たんなら当然だ。お前異性には全く興味示さないから別の性癖があるのかと思ったんだ。ま、そういうのも今の時代普通になって来るんだろうけどさ。それで女の子に興味ない感じだったのか。雫ちゃんが幼馴染の子にもそっけないって言ってたしな。でもさ、全国を探してもあの子くらいの女の子は中々いないぞ。雫ちゃんの親友なら内面も優れているんだろ。あんな所に乗り込んで来る度胸も含めてな。」
慎也と聡史は嬉しそうに頷く。
前菜を食べ終わるタイミングで大皿のパエリアとフェデウアが二皿ずつ並ぶ。
翔と慎也が小皿に均等に分け、聡史がそれぞれ配って行った。
沙紀が来て『ポラ』というツナとクラッシュされたゆで卵が浮かんでいるガスパチョと同じトマトベースの冷製スープを置いて行く。
「食後はデザートにクレマカタラーナご用意していますけど甘い物が苦手な方いますか?」
視線は一点、八田に注がれる。
背筋を伸ばし左右に視線を動かす八田を楽しそうに見ていた美恵子が口を開く。
「八田君は~甘党よ。ホールケーキまんまいけるクチ。」
美恵子の発言に更に驚愕の視線が八田に集結する。
「・・・サンティアゴ、ホールで持って来ましょうか・・・あ、それでは後ほど。もう少しでバイトの子が来てくれますから私も混ぜて下さいね。」
空いたグラスと食器を片付け、ビールのお替りを置いて沙紀は厨房へ戻って行った。
哲也は笑いながら店内を見回す。
「本当に雰囲気の好いお店になったな。下田の宮島社長が罪滅ぼしにって、ここの権利買い取った時は廃業続きの空き店舗で、父さんと見に来た時は『大丈夫か?』って思たんだ。その後美幸が一目見て太鼓判押してっからは買い付けも上手くいって、今の旦那さんの幸助さんとスペイン旅行行っている内に勝手に店舗の準備始めたんだったな。」
目の前の皿を一心に頬張っていた聡史が手を止めて哲也に聞く。
「あのう、さっきから登場している宮島さんはどういう御関係なんですか?罪滅ぼしとかって聞こえたんですけど。」
哲也も手を止め、眉をひそめて村上に視線を送る。
「ああ、はい。これは個人情報に係る内容ですし、沙紀さんも来られてから話しても良いようなら・・・今回の件と繋がる要素も考えられますから、その時にお話し出来るかも知れません。皆さんも触れられたくない過去ってあるでしょ?」
美幸が美恵子に微笑む。
「うん。今の沙紀さんは大丈夫よ。私達からあの事件の説明を聞きたいから・・・聞けるようになったから席に着こうと考えているの。だから、彼女が来てから話しましょ。」
その後は目の前の料理を静かに食べ終わる。
そのタイミングを見てデザートのカタラーナが並ぶ。
パリパリとしたカラメルソースを割ると冷たく柔らかいカスタードクリームが出て来た。口に運ぶと程よい甘さとシナモンの香りが鼻孔を通り過ぎる。口の中でカラメルとクリームの味わいの中に柑橘類の舌触りがしてオレンジの香りと薄い苦みが甘さを際立てた。
あと一口といったタイミングで珈琲が配られる。
食後に絶妙のタイミングと温度だった。
会計を終えた客と席待ちの客が入れ替わり、テーブルメイキングの店員が増えた。
大きなアルミのポットを抱え店長の沙紀が新しく入って来た店員に声を掛け、翔達のテーブルに向って来るのが見える。
テーブルに着くと珈琲のお替りを注ぎ、翔と聡史がずれて哲也の正面に席を作ると、バンダナキャップを取り、二人にお礼を言って席に着く。
「いかがでした。本当は全てのメニューを試して頂きたかったんですけど、まだ翔君のお姉さん達は到着していないようでしたからまたの機会にお願いします。」
一同は視線を合わせると美幸が応える。
「勿論美味しかったです。本場スペインの味は知らないんですけど食べやすくってまた食べたくなる味でした。流石に修行の成果ですね。デザートも凄く美味しかったな~」
「ありがとうございます。修行と言っても、本当の所は食べ歩きですけどね。仲良くなったシェフにレシピを教えて貰ったり、お料理を食べて貰って感想を教えて貰ったりといた感じです。出る前に神崎社長から紹介して頂いたお店で三カ月間雇ってもらった程度ですから。帰国したらこのお店を皆さんでサプライズプレゼントして頂いた時の記憶は嬉しすぎて飛んでたりするんですよ~」
中学生の平均身長より少し低いくらい、152センチメートルの沙紀が弾ける笑顔で話すのを、皆が頬を緩めて聞いている。同い年の素子も沙紀の笑顔を見て自分の心配が杞憂である事を確信した。
「あ、翔君から聞きました?今朝、この浜で大きな鯨の神様に会えたんですよ。翔君とはお話ししていたみたいですけど、外国の神様で日本語では無くってスペイン語で話していたらしいんです。」
沙紀の告白に冷たい視線が翔に集まる。
いたたまれなくなって翔が弁解しようとするところを聡史が肘で小突いて話し出す。
「はい。自分達も宿に戻ってから三人で話したんですけどこいつが何言っているか分からなかったって言うんで、哲也さん達にも聞いたんですけど本人が分からないものは分からないって事で参りましたよ。でも今、美恵子さんが浜を見て皆さんが毎朝清掃しているお陰で神様から愛されているって聞いて納得しました。この浜は沙紀さんが言っていたように神様が見守ってくれているらしいですよ。浜の人達も皆いい人ばかりでしたしね。」
聡史の説明に感心した美恵子が微笑んで話す。
「本来ね、神様の言葉は人間には理解出来ないの。特定の人にのみ神託の様に聞こえて来る。逆に万物からの望みは全て聞こえている。これは聞き入れて叶えてくれるのとは少し違うけどその者が定められている運命から外れる瞬間に助けてくれたりするのよ。『信じる者は救われる』って言葉あるでしょ。あれは、救われたと思った時に神を身近に感じる、信じる事が出来る。神の存在を感じる事が出来た時に幸せが訪れるという意味だと私はある人から教わったわ。」
美恵子の言葉を聞いて感慨深気な顔をする沙紀に美恵子は続ける。
「沙紀さんにも聞こえたでしょ。『住処を整えよ』って、私はまだ行っていないけど県警の刈谷君がとても立派なお社が完成して神社庁も認める神社になったって言ってたわ。社を整える約束は私がしたからちょっと安心よ。あの神様は約束を果たした私達、あの土地に根差す縁ある人達に恩恵を与えて下さる筈よ。ご両親もあのホテルの経営権を持てたんですってね。これから皆で再スタート。私も微力ながら応援しているわよ。」
哲也はふざけていない美恵子に驚きながらも正面の沙紀に大きく頷く。
今まで笑顔だった沙紀が俯いて涙を零す。手に持っていたバンダナキャップで頬を拭うと再び笑顔が戻り「ありがとうございます。」と言い天井を見詰める。
事情を知らない翔達は哲也に視線を向けるが逆に睨まれ背筋を伸ばして海を眺める。
暫く沈黙が訪れ「あ、珈琲のお替りあります。」と言って立ち上がるところを哲也が右手を挙げて制し口を開く。
「こいつらがいるけどこのまま話してもいいですか?」
立ち上がりかけていた沙紀が座り直す。俯いて目を閉じると一度深く息を吸い、目を開けて笑顔に戻ると口を開ける。
「はい。矢崎さんのご紹介で翔君がお店に現れた時、話が聞ける自分に気付きました。事件後は神崎社長ご夫妻や刈谷さん、宮島社長にも大変お世話になってスペイン旅行にもいかせて貰いました。そしてこのお店まで・・・とても幸せで夢に見ていた独立の第一歩に立てたんです。とても感謝しているんですけど事件の真相については怖くて・・・でも皆さんのお顔を拝見出来て、今朝の神様を見て勇気が出てきました。この子にも胸を張って人の温かみを、この国と人生の素晴らしさを伝えたいと思いますし。」
沙紀は笑ってお腹を擦る。
男性陣は驚いて視線を合わすと一斉に立ち上がって拍手をする。
「おめでとうございます!」
出遅れた素子も同様に立ち上がって祝福を伝えた。
美幸と美恵子が沙紀に向って歩き、持って来た手提げの紙袋からそっと花束を差し出す。
哲也が「何だよ、知っていたのか。それで寄り道してたのかよ。」と言うのを二人は悪戯顔で受け流した。
「へっへ~出すタイミングがね~哲也君ナイス誘導尋問よ。お花屋さんが近くに無かったから矢崎さんに頼んでお庭の花をちょちょってお願いしたのよ。」
自慢気に話す美恵子から受け取った沙紀がそのまま抱き着いて来た。
「うん。男前だ。身長差がヤバい。」
座り直した哲也が茶化すのを後ろに回って来た美幸が頭頂をチョップする。
「デリカシーってものが無いのね。茶化さないの。」
聡史と慎也は顔を合わし、翔を見て『家系だな』と思い頷く。
A3のコピー用紙で包まれた花束は姫向日葵とナスタチュームにピンクのクルクマで構成されていた。
沙紀が落ち着き、哲也がシェフにも挨拶したいと言いかけたが、店内の状況を見て叶わないと悟る。ポットを受け取り、慎也が皆に珈琲を配ると話の続きを素子が当時の報告書を基に説明を始めた。
三年前、更にその三年前に遡り宮島雅人が沙紀に想いを寄せる処からが事件の始まりとされていた。
雅人は人の意思に介入して錯乱、誘導させる能力があったと思われ、沙紀への恋心を邪魔する存在を悉く消して行き執拗に付き纏うようになる。
同時に沙紀の両親が経営するホテル事業が急激に立ち行かなくなり倒産。
その一年前に、雅人の父親が他界すると、当時の宮島不動産を継ぐために帰郷した宮島弘保は当時小学生の息子謙太を連れて家族で下田に戻る。
謙太と雅人は実の兄弟で弘保が養子として謙太を育てていた。
雅人はそれからも邪魔な者を排除し、雅人の父親が死んでから一年間で九人もの親族が他界。同時期にホテル関係者も重度の差はあるものの不可解な事件事故に巻き込まれ、沙紀の両親を含めた杉村一家と沙紀の婚約者であった速水幸助は身の危険を感じ、破産管財人を引き受けた弁護士小沢恭二の紹介で宗教法人『光輪の華』に匿われる。
親として、雅人の異常な力に気付き、責任を感じた雅人の母親は自動車事故に見せかけた無理心中を図り雅人と共に崖から転落する。
事故処理の作業では、雅人の遺体だけは発見出来なかったが、状況から雅人も死亡と断定される。
雅人の死亡を機に普通の生活に戻れるかに見えた沙紀であったが不穏な影の存在に怯え、その後も身近な人間達が相次いで事故や事件に巻き込まれる事が続いた為、光輪の華による隔離生活の継続を余儀なくされ、家族と共に保護されていた。
この頃から謙太は非行に走り問題行動を頻繁に起こす様になる。
そして三年前。
廃ホテルとなった土地を当時宮島開発の社長であった宮島氏が買い取って事業を再起動する矢先に死亡者の出る事故が発生した。
不審な事故の為、県警と県庁の特殊事例対策担当であった刈谷警視と新人の村上素子が事件を追う。
ここで、宮島開発から除霊の依頼を受けた曽野川零元とその弟子達も霊障の被害に遭い、弟子の一人が焼死する。
刈谷の依頼によって派遣された哲也と、雅人に操られた宮島謙太によって光輪の華の道場が襲撃され死傷者を出しながら誘拐された沙紀を救出する為に美恵子が呼ばれ事件解決に至った。
事情を知らない翔達は熱心に聞き耳を立てる。
「事件のあらましはこんな感じですね。沙紀さんには受け入れられると思いますからストレートに言いますけど、雅人は・・・まあ、超能力者みたいなものですね。マニピュレーター。潜在的攻撃性パーソナリティの凶悪版。催眠術なんて生易しいものでは無かったと私達は考えています。無理心中後遺体が発見出来なかったのは落下した海中で何か別の意識体に融合した結果、人ではない者に変貌して・・・これを私達は物怪と呼んでいます。そして弟の謙太を洗脳若しくは半融合体として操り事件を起こしたというのが私達の最終的見解です。あ、勿論表には出さない資料ですよ。」
フラッシュバックを感じ、肩を強張らせた沙紀は瞼を強く閉めるが心の中で温かい風が吹き、緑白色に輝く光に包まれる感覚を受け、ゆっくりと瞼を開ける。
顔を上げ美幸と眼が合うと優しく微笑む姿に緊張が解れた。
「やるね~美幸ちゃん。沙紀さん、今、素子ちゃんが言った能力って私や美幸ちゃんにも出来るのよ。今みたいにね。雅人が陰の能力であれば私達は陽の能力って言うと安心出来る?あいつは融合体になった事で念力も使えたみたいだったけど哲也君の力には到底及ばなかった。雅人も自身で理解出来なかった能力の使い方を、正しく教えてくれる人に出会えれば物怪に落ちなかったのかもね。本当に縁って重要なの。」
美恵子が噛み締めるように言う。
目をパチクリさせ、キョロキョロ周りを見る慎也に哲也が聞く。
「どうした。大人の話しにビビったか?」
「あの~話の腰を折るようで恐縮なんですけど・・・美幸さん達って、単純に人の心を読んだり、遠くの出来事を探れるだけじゃないって事ですか?」
美幸が首を傾げ、左上に大きな瞳を動かしながら微笑むと美恵子に手を翳す。
「慎也君も操って欲しい?君ならいい下僕になりそうね~」
慎也に向って右手の指を妖しく揺らし、完全に揶揄って美恵子は言う。
「あ、美恵子さん。ご存じとは思いますが、こいつその癖ありますから純粋にご褒美です。」
聡史が突っ込むと場が和み皆で笑い出した。