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哲也と美幸・・・と慎也

冷房の効いたラウンジに湯気の上がったカップが三つ並ぶ。

慎也はさっそく口に含むが、聡史が腕を組んで話し出した。

「それで、今朝の鯨とはどんな話しをしたんだ。そもそもあれって鯨か?確実に百メートルは超えてたぞ。(しゃち)だって規格外の大きさだった。まあ、正体をお前に聞いたって『楓さんに聞かないと分からないよ』と言うのは当然としてだ。あれが、巳の神同様の神様であれば、巳葺小屋で楓さんが仰っていた理屈に従っているんだろうけどさ。んで、どんな話をしたんだ?それで昨日からの出来事が分かって来たって言っていたよな。」

香りを楽しみながら珈琲を飲んでいた慎也が聞く。

「楓さんが仰っていた理屈って?俺も実際に見た時にあんなのがいる訳無いって思ったけど、昨日の夜に聡史から槍穂岳の件を聞いていたから受け入れられて、じっくりと拝めたんだけどさ。かなり驚いたし心拍数上がったぜ。ただ、あのサイズで動いていたんなら直ぐにソナーや衛星から見えて大騒ぎになるのにな。たまにネットを賑わす『巨大生物発見』っていうのも全部がフェイク画像とは言い切れないって事か?」

聡史が眼だけを翔に向けたのを感じ、翔が説明する。

物怪(もののけ)や神様の定義は、自然に生まれる天然の物と、人間の情念や欲望から生まれる物があるんだ。神様だけで考えても元々いる神様もいれば、人間社会が始まってから神に昇格した神様もいるだろ。歴代の天皇陛下はご在位の間は今上陛下としてのお名前を名乗り崩御されると追号が定められて、神様になる・・・戻るって言うのが良いのかな。他にも菅原道真公が天神様になったり、平将門公も神社で祀られ神様とされている。御霊信仰(ごりょうしんこう)の中で怨霊(おんりょう)とされる御霊(みたま)に怒りを静めて頂くために神として祀っていった例もあるだろ。あれは、後ろめたい心を持った人達が自分に災厄が来ない様にっていう自己防衛の為にした事や、亡くなられた領主に感謝を込めてお祀りしたっていう時代的背景もあるとは思うけどな。それで、自然発生的に生まれる精霊から神様に昇格する事は今でも普通に起こっているんだそうだ。そうした神様はその存在値って言うのかな、魂の大きさ以上にはなれないらしいけど小さくなることは出来るらしい。昔話にもあるだろ、『三枚の御札』とかで小僧がお寺に逃げ帰る。追って来た山姥とか鬼婆が小僧を出せと和尚に言うと和尚から『術比べ』を持ちかけられて、和尚に言われるがまま大きくなったかと思うと『豆程小さくはなれないだろう』と言われて小さくなると和尚が焼いていた餅にくるまれ食べられるっていうエグい話し。楓さんは、その神や精霊、物怪の能力によって、もっと小さな分子や素粒子サイズにまでなれるって言っていた。だから、あの海神も大きさを変化させる事は出来るって事さ。」

話しを聞いて唖然となるが慎也が続ける。

「日本特有の考え方に『八百万の神々』ってあるけど、まさにその通りって事か。そんなに小さくなれるなら、神様は至る所にいて自分の行いを見ているってな。他の学校では政教分離で、まるで宗教に触れる事は悪い事みたいに教える教師がいるみたいだけど、うちは元々カトリックが母体だからキリスト教の経典は必須になっているし、比較宗教学として他の教義にも触れる機会が沢山あるしな。普通聞いたらあり得ないイスラム教の先生が講義したりするし、仏教の各会派の高僧の講義や宗像神社があるせいか神道の話しも聞ける。共通しているのはどの先生も自分の信仰に揺ぎ無い自信と情熱を持って語るけど、それを強要しない所だな。必ず俺等学生自身に考え方の選択肢は与えてくれる。俺達は小等部からやっているから当たり前と思っていたけど、他校の生徒からは異常って思われているんだって。高校入試組が最初に面食らうのはそういう取り組みだって言うもん。ただでさえとんでもないカリキュラムに試験とは関係ない宗教学ぶからな。だからと言ってどれかの宗教に入信させる様な事は一切ない。ただ、その為に中等部の段階で英語にスペイン語を習得させられて、高校入ったらフランス語と何故かポルトガル語が追加されて日常会話レベルのアラビア語まで試験に出るって、どう考えてもおかしなカリキュラム踏襲させられるのは参るけどな。普通、大学行ってからやる事らしいもんな。」

慎也の言葉に微笑んで翔が話す。

「姉ちゃんから言われた事なんだけど。伝統的な宗教の考え方を『神秘』と捉えずにきちんとした『哲学』として多方面から習える事は、世界に出た時に相手の考え方を理解するにはいい経験になるんだって。それぞれがお互いの主張だけをしても話し合いにはならないだろ。相手が信じる物事、心に筋が通った部分を尊重しないと一方通行にしかならない。結果、金銭欲だけを満たす為の損得でしか物が見えない『駆け引き』の関係を作っても、自身の地位が崩れてしまえばすぐに崩壊してしまう薄っぺらい物になってしまう。他者との関係は本来、その人物の中身に蓄積した『心』を共有出来る事が財産となる。って言うのがうちの隠れた校風なんだってさ。全然隠れていないけどな。それに、『思想宗教の自由とか言っても何が自分に合う宗教なのか、そもそも宗教的考えが本当に必要なのかはある程度全景を見渡さないと分からないでしょ。』って。これは多分、麗香さんに言われた内容を俺にどや顔で話したんだと思うけどさ。大体姉ちゃんって言うほど世界飛び回っていないからな。寛美さんは別として、大学入ってから海外交流一番しているのは麗香さんだからな。」

翔の言葉に、うんざりした顔で聡史が応える。

「だからよ。お前はまだ反抗期なのか?雫さんのお考えを素直に学べって。それに雫さんが他の二人よりも行動に制限が有ったり、バイトしまくっているのはお前の為って分かっているくせに。お前が着ている服や靴、生活に必要な物は全部雫さんが揃えてくれているだろ。照れがあるのは十分理解してるけど俺達の前ぐらいは格好付けずに本音で雫さんへの感謝を口に出せよ。素直にな。あの雫さんを姉に持っていて姉自慢しても決して格好悪くないぜ。あとな、バイト先や大学内で外国人講師や海外留学生の生活支援とか相談相手って雫さんが一番人気あるらしいぜ。まあ、来年お前は一学期で進学資格取れるだろうから逆に稼いでお前が今までの感謝に、何か雫さんへプレゼントしろよ・・・その為の練習として、我が義弟よ。この夏のサプライズを今ここで、俺と考えよう。」

途中まで頷きながら話を聞いていた慎也が左手を額に当てながら話に割って入る。

「神様の定義は了解した。んで、あの鯨神とは何って話をしたんだよ。本題はそこだろ。あの神様って本当に外洋の・・・外国の神様なのか?滄海原岬に何があるんだよ。」

言うと、慎也はカップを翔の前に出す。

翔は含み笑いをしながら「もう冷めてるぞ」と言い、サーバーに残った珈琲を注ぎ、残りを聡史と等分に入れる。

カップに鼻を近付け、香りを確認してから一口飲み、翔は二人を見て話し出そうとするが、天井を見上げて考え込みゆっくりと口を開く。

「・・・今朝、この吸盤を拾い上げた時に歓声が上がって慎也が駆け込んで来たんだよな。その時に俺も沖を見るとあの白い鯨、神様がこっちを見ていた事に気付いたんだ。多分眼が合ったと思う・・・それで~いつも通り一方的に頭の中に古語で放り込んで来た。それで、その内容的には俺の祖先の秋月光雲とこの国の海洋を守る約束をしたって言っていて、今回人間に対して悪い影響を与える『穢れし者』的なやつがやって来たから追い払った。でもそいつはまた来るかもしれないから準備しろ。それまではその『穢れし者』が浮上出来ない様にする・・・まあ、所々古い言葉乱立だったんで何となくの~ニュアンスなんだが・・・まあ、そういう事だ。」

翔の言葉を聞いていた二人は互いに目を合わして聡史が応える。

「おまえさ・・・隠している事あるよな。翔ってさ、根が正直だから言葉の節々に言わない様にしている言葉が見え隠れするんだよ。言った事に嘘はないのは分かってる。ここまで来て俺達に隠す事はもうないだろ?全部ゲロっちまえよ。お前が得意な立て板に水のように理論立ててそつなく説明出来ていないだろ。お前、頭は物凄く良いのに駆け引きってものが全く出来ていないんだよ。人としては間違っていないけど素直な良い所を伸ばせ。そもそも慎也が言っている『滄海原岬』のくだりが無いし。乾住職に鏃について相談する必然性が全く語られていないのはどういう事なんだよ・・・あ、お前一人で済世寺にそおっと行って由良ちゃんと仲良くなっておこうとか考えてるな。抜け駆けすんなよ!」

言うと聡史はニヤけながら立ち上がり翔に掴みかかろうとする。

翔は笑って椅子の上で反転してテーブルから離れたところを慎也がタックルしてラウンジの広間に二人で転がった。

聡史が勢いのまま倒れた翔の左足を掴むと自分の右足を翔の左内腿に滑り込ませて左足を翔のまたから腰に巻き付けてロックした。左足を引きつけて翔の膝が曲がるとその内側に左手を差し入れて右脇に挟み込んだ翔の左足を真っ直ぐに伸びるようにして右手で挟み込んで後ろにそる。

翔が足を固められない様に左に回転しようとするところを慎也が右手を取り両足で腕を挟むと腕を伸ばしたまま翔の小指が下に向く様に手首を腕で挟みながら()け反る。

「あ、ああ~馬鹿!痛い。放せ馬鹿。」

翔が喚き散らす。

「どうだ!全部話すか~きちんと事実を話せよ!全部な。」

聡史は言うがアキレス腱固めを解こうとせず、慎也も腕ひしぎ十字固めの手を緩めない。

「わ、わ~分かった。言う。言うから放せ。い、痛いよ。本気(マジ)で痛い。全部話すよ~」

翔が諦めて話す事を約束したので慎也は手を放そうと力を緩め、聡史もやめようとした。


「聡史君。違うよ。右手を入れ過ぎだ。もっと手首側、(とう)(こつ)で膝と爪先が真っ直ぐになる様にしながら上に腱を刈込むように絞り上げるんだ。手は開いた方が良いな。親指をそらせるように絞る。足の位置はそのままで、左手で相手の内腿を突っ張ったまま。反り返るんじゃなく胸を張る感じに・・・そうそう。」


聡史に後ろからアドバイスが入る。

言われるがまま聡史が固め方を整えると翔が絶叫を上げた。

聞き覚えのある声に聡史が振り向くとニヤニヤしながら見下ろす青年がいる。

「哲也さん。何時入って来たんですか?気付かなかったな。」

言って翔の足から手を放すと慎也と共に立ち上がった。

左足を抑えたままで動けなくなった翔を放ったまま哲也に正対すると二人は玄関の内扉の前に立つ女性に目を奪われる。

そのまま哲也の横を通り過ぎて女性の前に歩み寄ると聡史が声を上げる。

「美幸さんですよね。初めまして。自分、横浜の青嵐学院大学附属青嵐学院高等学校二年七組。仲村聡史と申します。」

「同じく。真崎慎也です。」

勝手に自己紹介を始め、姿勢を正して直立すると右手を前に出し頭を下げ、二人そろって声を出す。

『宜しくお願いします!』

身長は166センチメートル、ダークブラウンで大人っぽいフェミニン風のロングボブにレイヤーカットの髪型。ソフトエレガントタイプの美しい顔に長く細い首、綺麗な鎖骨が覗くグリーンストライプのシャツに白いデニムの女性は二人の姿に微笑みながら口を開く。

「ふふ『ごめんなさい』って言って欲しいんでしょ。」

美幸に言われ、二人は「か~ダメか~」と言いながら転げまわる。

「あいつ、アホに磨きがかかってるな・・・」

哲也が呟き倒れたままの翔に手を差し出す。翔は左手で哲也の右手を掴むが左足が踏ん張れず立ち上がる事が出来なくなっていた。

「もう~お兄ちゃんが()め方指導しちゃうから~翔君大丈夫?」

転がる二人を無視して歩いて来た美幸は座り込んだ翔の背に回り右肩から肘に掛けて指を這わせていく。一往復すると肩に手を置いて軽く叩く。

首を回した翔に微笑むと前に回り左足首に両手を添える。

「あ、完全に極まっていたね。立てないでしょ。お兄ちゃんのせいよ。」

言うと翔の左膝から爪先に掛けて真っ直ぐに右手を這わせる。脹脛に左手を添えると右手で足首を掴む。脹脛に添えていた左手を足首に引きながらアキレス腱を摘まむと右手を膝の方向へ少し戻した。

「どう?」

優しく微笑む美幸に照れ笑いをしながら翔は立ち上がる。

「助かりました。腱が潰れる音が聞こえた気がしましたからダメだって思ったんですけど、もう大丈夫です。美幸さんも楓さんの様な事が出来るんですね。」

「うん。年度末試験が終わった頃だから半年くらい前にね、楓さんが大学の寮にふらっとやって来て怪我や霊障の治し方を教えてくれたの。私が対処出来るのは軽傷だけだけどね。」

尚も床で転がったままの二人に冷たい視線を送りながら哲也が言う。

「夏に高校男児が三人も集まればプロレスごっこになるのは良く分かるけどさ。アキレス腱固めや腕十時は割と簡単に真似出来るけど、本当に関節や腱を壊せる技だからふざけて友達に掛けるなよ。冗談じゃ済まなくなるからな。」


『・・・あなたが冗談では済まない掛け方を教えたんです・・・』


翔を含む三人は一斉に哲也を見詰め、共通の感想を心に潜める。

美幸が笑い出して翔の背中を叩いた。



テーブルの珈琲器具を片付け、キッチンで慎也が食器と器具を洗い聡史が布巾をかける。

美幸もキッチンに入ると食器棚からティーカップを人数分取り出し翔に運ばせ、鍋に水道水をたっぷり入れると火にかける。

管理棟の矢崎から受け通ったオレンジの皮を手際よく剥き、実は皿に並べて沸き始めた鍋に皮を投入した。

小さなやかんで湯を沸かし、ガラスのティーポットを棚から出すとやかんのお湯で温め、紅茶の葉を入れる。沸騰した鍋のお湯を茶こしで皮をこしながら茶葉(ちゃよう)が舞い上がる様に入れると蓋をして乾いた布巾を被せてからラウンジに運ぼうと手を伸ばしたところで、横で作業を見ていた慎也が「自分が運びます」といってトレーを持った。

美幸は慎也に微笑むと一緒にキッチンを出る。

テーブルにはティーカップと、哲也が持参したクッキーが大皿に置かれ美幸が来るのを待っていた。

「お待たせ。珈琲ばかり飲んでたみたいだったから紅茶にしたよ。お兄ちゃんのクッキーは家を出る時にお母さんが朝焼いたものを持たせてくれたから皆で食べて。(しず)ちゃん達の分は別にあるから大丈夫よ。」

至福の表情で慎也が翔の隣に座る。

美幸がガラスポットの中で広がる茶葉を見てから一人ずつティーカップに注いで行った。

それぞれに配られると、慎也がまじまじとカップを眺める。

「あの・・・この純白の陶器・・・ブルーオニオンの絵柄と青い双剣・・・高級品中の高級品・・・マイセン様!しかも取消しマーク無しの一級品ですよね。高校生には勿体無い品物です。」

慎也の言葉に哲也が微笑み、美幸が笑いながら応える。

「マイセン様って、面白い表現するのね。慎也君って物知りね~その通りよ。所謂(いわゆる)オールドマイセンと言われる品物ね。作成されてから百年以上になるって聞いているわ。家宝って言うほどでもないけど家では大切にしている食器の一つよ。曾祖父かな?先祖がお礼として幾つか貰った物よ。ここに置いているのは管理人の矢崎さんを信頼してって両親が言ってたわ。」

美幸の説明を聞きながらも、翔と哲也は普通に飲み始める。

横目で翔を捕らえ、哲也にも目が泳ぎながら慎也が続く。

「なんか・・・手に持つのも恐れ多い。家にもウェッジウッドの食器があるけど父親の取引先や関連会社の偉い人が来た時に出す、お客様用の見え張り品で普段は無名の器使ってるし・・・そもそも家で紅茶なんて洒落たもの飲んだの何時の事だろう?珈琲カップの志都呂焼もそうだけど翔の本家って高級品を普通に使ってるんだな。」

「慎也君達はお客様でしょ。これもお客様用よ。まあ、志都呂焼はお父さんのお気に入りだから安価な物から高級品まであって普段使いはしているけどね。窯の職人さんがお父さんのお友達なんだって。」

慎也の正面に座っていた美幸が笑顔で応える。

その笑顔をぼうっと見詰め「ハァ」と空返事をして慎也はカップを口にする。

鼻孔から爽やかなオレンジの香が入り込み舌の上にほのかに残る甘さと紅茶独特の渋みが喉を通り抜けた。

慎也はソーサーを左手に持ち、カップを握ったまま高い天井をただただ見詰めている。

翔越しに慎也を見ていた聡史が「完全にいかれたな」と呟くと皆で笑い出した。


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