アナザーショウ
リゾートヴィラ須佐ノ原海岸 7時20分
神崎翔はラウンジのテーブルに着きスマホを見詰めていた。
「翔。何難しそうにスマホ眺めているんだよ。」
宿に戻り、自分達が泊まった部屋を掃除し直してから各部屋の換気と埃払いを終えると皆でラウンジに集まり、これからの行動について話し合おうとしていたところで、スマホにメッセージが入っている事に気付き内容を見詰めたまま動かなくなった翔に聡史が聞いた。
「うん・・・どうやら姉ちゃんは今、俺達・・・俺が体験した事を全部御見通しの様だ。これから集まる刈谷さんや、哲さん。それに姉ちゃん達がここに来るまで勝手に動くなと連絡があった。」
翔は言うとスマホを二人に見せる。
「流石だな。お前の行動は全て御見通しって、もはやお母さんクラスだよな。知ってたけど・・・しかし翔よ。お前って信用されていないんだな~暴れるなって、三歳児かよ。」
慎也が言うと聡史も笑い出した。
「それにしても、『海は見た?』って凄いな。あの鯨神の事も分かっているのかよ。サプライズのホエールウォッチングプロジェクトが消えた・・・当然寛美さんや麗香さんにも伝わっちゃっているんだろうな。忍さんは分かっているだろうし。美鈴や神谷が喜んでも面白くない・・・由良ちゃんが、いや、その危険回避が重要なファクターだった。う~ん。何かもっと楽しめる方法ないかな~」
聡史の発言に翔はげんなりして立ち上がる。
キッチンに行き珈琲用具を持って来た。専用ケトルがコンロに乗せてある。
「もう、お前等珈琲飲んだら帰れ。姉ちゃんが御見通しって事は、きっと楓さんが後ろにいる。十日前の再来だ。今度は死ぬかもしれないぞ。お前等自分は安全だと思っているだろ。きっととんでもない事に巻き込まれているんだぞ。」
キッチンではケトルから湯気が上がっている。翔が取りに行き、ドリッパーをセットしてからゆっくり注いで行った。
「やっぱりここの珈琲は良いな。朝飯の魚料理も良かったけどさ、何か落ち着くよな。」
慎也がドリッパーに顔を近付けて香りを楽しむ。
聡史が座ったまま腕を組んで二人を見る。
「おい、翔。先ずな、ここに宿泊すると決めたのは何故だ。人生一度しかないこの高校二年生という思春期の青春最後を飾る一大イベントに恐らくこの世ではありえない超絶美女達に囲まれ楽しく過ごす事が本当の目的だった筈だ。し・か・も!ここは海だぞ。夏の海!分かるかあの方達の水着着用は必然。何も不思議な事無く天女様のお姿を拝見出来る筈のイベントだ!いつの間に怪奇現象対策が目的になっているんだよ~そっちはさあ、サブだろサブ。夏の合宿名物の肝試しくらいに構えとけよ。何、爺むさく神妙な顔してるんだよ。楓さんが後ろにいるんならむしろ安全だろ。それによう、お前だって本当の所、初恋の寛美さんとの時間取れて嬉しいくせによ。」
聡史の言葉に翔の手が滑りケトルの蓋が転げ落ちた。慌てて左手を出し、蓋を取ろうとして右手のケトルを持ち上げ過ぎてお湯を溢した翔が立ち上がって声を裏返しながら反論する。
「なっ!お・・・お前なんだよそれ。ひろ、寛美さんにはなあ、旗柳先輩という立派な彼氏がなあ・・・なあ・・・」
テーブルに広がる湯を布巾で拭いながら慎也が話す。
「お前・・・分かり易いな。でもな、恥ずかしい事じゃないぞ。水橋寛美先輩を幼少期から見て来たらそりゃお前、気が付いた時には憧れのお姉さんとして恋心を持って然るべきだ。むしろそれが自然の摂理でさえあると思うぞ。ただ、それが幸せでもあり不幸でもあるけどな。好きになる人の基準が水橋先輩じゃあさ・・・それは美鈴も苦労するわな。というかさ、翔も人間だったんだな。初恋は兎も角、今じゃ人を好きになる回路とかぶち切れているのかと思っていたよ。」
二人の会話に勝ち誇ったかのように聡史が腕を組み、胸を張って笑い出し会話に加わる。
「これは誰も口に出していないだけで、周知の事実だ。一番分かっているのは美鈴。これを痛いほど分かっているのに健気に付いて来る美鈴をお前は何と思っている。それでもな~あのエレガンスビューティーと言うかパーフェクト美人の寛美さんじゃあ、相手になれるのはもうさ、楓さんくらいに神掛かって来るからな。ただ、異性にモテる事に全く興味が無いという共通点は寛美さんも翔と同じだ。旗柳先輩との関係だって、一方的に旗柳先輩がアプローチした結果だぜ。そもそも寛美さんに告れると思う愚かな人間はうちの学校にはいない。他校のアホ太郎は青嵐と言うネームヴァリューに押しつぶされる。まあ、競争率は非常に低かった可能性はある。それにな、この十日間のリサーチによると寛美さんに憧れているのは何も男だけじゃない。女性ファンが相当数存在する事が判明した。弓道でインハイ制覇時の雑誌やらSNSの投降やらで、寛美さんの画像をスマホの壁紙に使っている人が三年も経った今でもかなりいるんだぜ。旗柳先輩や森村先輩みたいにメジャー競技じゃないから騒ぎ方も冷静だけどよ。あとな、この前の槍穂神社で写真撮ったじゃないか。あれで再燃して今や世界中に水橋寛美ファンがいるらしい。これは雫さんや忍さんも・・・あとお前の画像も出回っているらしいぜ。楓さんの写真は鮮明に撮れなかったって嘆きの投稿が外国の観光客に多くあったな。『この美少女達はどこのモデルだ?』とか『神々しい』とかってコメントの外国人多数だ。何しろあのコスプレは卑怯なレベルだからな。もう反則と言っていい。普段見慣れている俺も雫さん達が巫女の恰好をして廊下を歩いて来た時は気絶しそうになったからな・・・まあ、お前がバスケで全国制覇したらアナザー・ショウも寛美さんからオリジナルとして認めて貰える日も来るかも知れないぜ。精進せえよ。」
聡史の言葉を楽し気に聞いていた慎也が聞き返す。
「アナザー・ショウって?」
「現、オリジナル・ショウは、高校時代にサッカー全国制覇をした旗柳先輩だ。旗柳鏘。れっきとした日本人だけど、あの漢字読める人ってまずいないんだよな。で、大した成績も上げられずに燻っているアナザー・ショウこと、神崎翔。不思議と二人共身長が同じなんだよな。超絶イケメンの旗柳先輩に対して、決して顔面偏差値でも負けていない筈の翔も残念な事に異性に興味が無いように見られがちって言う欠点がある。美鈴が常に一緒にいるっていうのも女子が近付き辛い原因かもな。まあ、俺達も全国取ってオリジナル化しようぜ。」
改めてお湯を注ぎ直し、カップに注いで二人に差し出す。
自分の分も注ぐと器具をテーブルの端に寄せてから座り直して翔は元の席に座る。
「もういい。お前等一度死ぬといいぜ。それでな、真面目な話をするぞ。」
翔が冷静に話をしようと二人を見ると、聡史が掌で制止した。
「さっきの雫さんの忠告聞けよ。皆が集まってから今後を話す事になっているだろ。せめて哲也さんや美幸さんが来るまでは休憩だ。将来の義弟よ、義兄のいう事を聞くが良い。」
翔は冷めた視線を送るが聡史には届かず、前にいる慎也に話を振り始めた。
「ところで慎也よ。お前は誰ファン、推しは誰?」
「あ?その話しする為に翔を止めたのかよ。お前も大概だな~あの三人って事?あの人達ってとんでもなく優秀なのに皆頭小さいんだよな。脳の大きさって関係ないのかな。所謂、容姿端麗頭脳明晰を体現している非常に思春期の男子には目の毒とまで言える存在だけど、同性の人達からも信頼されている。俺等よりも上、同時期に高校生活を送る事が出来た人達からも男女問わず絶大な人気を持っているんだよな・・・そうね、理想はやっぱり水橋先輩だけど完璧過ぎてさあ、遥か遠い存在だよな。神聖で触れてはいけない感じで直視出来ない。何時も冷静で穏やかな感じだし、まず慌てたりしなさそうだもんな。なんかこう・・・雅な感じっていうの?平民には恐れ多いわな。その点、雫さんは翔のお姉さんって事もあって親近感がある。優しいお姉さんって感じで聡史が心酔するのは分かるぜ。容姿は最高で普段は可愛いアイドルって感じだしな。でもさ、あの世代のワンツーなんだよな。水橋先輩が一位の成績だけど次点って雫さんだったんだろ。水橋先輩がいなかったらトップだったって事になるもんな。やっぱり格が違うって言うか、多分、翔と仲良くなかったら話しかけるのも気が引ける。まあ、あの方達の中では一番親しみやすい感じではあるけどな。だからって言う訳じゃないけど森澤麗香先輩。美鈴と区別して麗香さんと呼ばせて貰うけど。麗香さんって憧れるな~何て言うかスラッとしたモデル体型と知的で洗練された会話と身のこなし。特にあの人の声というかしゃべり方、好きだな~ルックスに文句のつけようはない美しさ。特権階級の態度されても誰も文句言う訳無いのにどんな人に対しても公平な態度。もう一人のスーパースター森村先輩を完全に尻に敷いている事実。正に自立したかっこいい女性って感じするよな。こうさ、挫けそうになった時にも叱ってくれるような・・・っておい、お前等なんだよ。」
聡史と翔は上機嫌で喋りまくる慎也に飽き始め、後ろを向いて珈琲を飲みながら窓の外を眺めている。
東に向いた吹き抜けのラウンジにある大きな窓には時折揺れる月桂樹の林から木漏れ日が差し込み、木々の隙間から遠くに晴天の空と水平線を見る事が出来た。
聡史が慎也を見ずに応える。
「お前の癖は分かった。自立した恰好いい女性は寛美さんも該当するし、毒舌で叱って欲しいなら美鈴や神谷も立派な候補に挙がって来る。誰にでも公平なのはお三方共通だ。それに一人飛ばして四位が麗香さんだから恐れ多いのは変わらないぞ。雫さんの世代、三年一学期で大学進学資格持ったのは十一名。天才級の豊富な年ではあったけど特に凄かったのは三女神含むトップファイブって言われている。それぞれ別の年代に振り分けたら全員がトップ取れるって言われているんだ。知ってるか?卒業式の日に寛美さんが武道場に呼ばれて先生達が全員で敗北宣言したの。噂だと『我々は三年間君に対して挑み続けて来た。先の大戦を経験する者は一人もいないが、戦いに敗北すると言う事がどういう事かを感じずにはいられない。卒業おめでとう。そして、ありがとう。』って学年主任がお祝いなんだか呪いなんだか訳分からん話をしたんだとさ。当の寛美さんはキョトンとして『ありがとうございます。』って微笑んでいたらしいけど。その時の反動で三年経った今でもとばっちりの超難問ばかりが俺達に襲い掛かっているんだ。寛美さん達のお陰で先生達のレベルも格段に上がったって言われている。」
同じ様に窓の外を眺めていた翔が振り返って話し始める。
「聡史の言った事は事実だ。姉ちゃんや麗香さんからも聞いた。一年の一学期中間試験までが先生達にとっても平和な時代だったって。ある先生が期末試験時に科目別で寛美さんに満点取られない問題を作ろうって提案したらしいんだ。最初は先生達の軽い遊び・・・ゲームだった。ところが全ての科目で紙面テストが全問正解されてしまった。寛美さん相手によせばいいのに夏休みの間、先生達は対水橋寛美用の試験対策研修会合宿までやったらしい。ほら、水橋研究室にいた井上先生も研修会に呼ばれたんだって、最初はノリノリだったんだけど二学期に現実に打ちのめされたのは先生達だった。小問は兎も角、記述解答って必ずしも答えは一つじゃないだろ。問題を高度かつ多角的に出題してしまったから論述に対して大学の教授を交えての解答会議が連日行われた。試験の論述解答って、余計な事書いて無駄な減点喰らわない様に余程自信が無かったら『別解』とかって書かないだろ。寛美さんは、その多角性に対する論述を幾つも別解として記入したんだって。それに対して先生達も意地があるから難癖付けて減点するなんて姑息な手は使わなかった・・・青嵐出身者がほとんどだから先輩の意地や教育者としてのプライドもあったんだろうな。結果は知っての通り全て正解。これが高三年度末まで続いて先生達は敗北宣言に至ったという事らしい。解答会議はかなり白熱して、終いには大学や院の教授達までが出題時から問題研究会を開いていたんだとさ。寛美さんのお父さんの義久教授からも聞いたけど、あの三年間は自分の研究よりも試験問題とその解答添削に情熱を注いだ先生達があって、むしろ教師陣の訓練期間みたいになって行ったんだってさ。正に学院グループの全勢力を結集しての試験が始まったんだって。副産物として高校と大学、院の研究者達が皆戦友のように仲良くなって幅広い協議や交友を今でも続けながらお互いの研究に磨きをかけているって義久先生が言っていたよ。そういった経緯があって試験後の球技大会に先生達が関わらなくなったのは寛美さんの世代かららしいぜ。その前は解答作業が終了した先生から生徒に交じって楽しんでたんだって。でもそれは仕方ない。寛美さんって高一の段階で大学受験レベルの知識はとっくに超えていたんだ。お父さんの義久教授に連れられて、小学校の頃から世界中飛び回って各分野の研究者や大学教授達とその国の母国語で学術論を語っていたんだから。寛美さんの性格上論争とかは全く無く、どの国の先生からも愛されて専門知識を得ていたんだって。それは帰国後にもメールでやり取りを続けて、実際に世界中に寛美さんを今すぐにでも助手にしたいって言う博士達は考古学に限らず沢山いるんだ。さっき聡史が言ってた世界中のファンは寛美さんの素性を知らない観光客だけじゃないって事さ。うちの先生達もかつては成績トップクラスで勝ち続けて来た人達だから、全力で出題して全問解答されてしまった敗北感は察して余りある。寛美さんは高校入学時で既に先生達を越えていたのかもしれないしな。」
淡々と話す翔を見ながら聡史と慎也は顔を合わせ、聡史が顎をしゃくり慎也に発言を譲る。
「・・・お前、水・・・もういいよな。寛美さんの事になると物凄く良くしゃべるな。それさ、美鈴の前では自重しろよ。気付かずに傷付ける事になるからな。皆と同様尊敬はしていると思うけど、お前の気持ちを察して小さい頃から見て来た分コンプレックスになっているかもしれないからな。寛美さんが優れている事はうちの学生なら周知済みの常識だから敢えて語るなよ。俺達にはいくら話してもいいからさ。」
慎也の真面目な語りに翔も意外な顔をしたが、直ぐに「ああ、分かった。」と言い、また窓の外を眺める。
ラウンジの柱時計が九時を告げる鐘を鳴らした。
「お、九時になったか~雫さん達は何時来るのかな~哲也さんと美幸さん、県警の刈谷さんって結局、どんな事件に俺達を巻き込んでくれるんだろう・・・な。」
聡史が気のない発言をする。
窓に向いていた翔が首だけ傾けて聡史を眺める。
「お、おお。皆さん、今はどの辺なのかな~車で来るんだろ。混んでたりするのかな~」
棒読みで慎也も続く。
暫しの沈黙が流れ、聡史と慎也は空になった珈琲カップを指先で転がしながらチラチラと翔に目線を送り続けた。
肩を震わせながら翔が二人に向く。
「・・・それじゃあ。俺が入手した情報を開示する事に異議、異論はないな?」
「異議なし!」
沈黙に耐えられなくなった二人は返事をした。
翔は立ち上がり保温ボックスと紫色の布で包まれた鏃、昨日済世寺の住職が届けてくれた桐の箱を持って来てテーブルの上に置く。
「慎也には夕べ、聡史が細かく話したように十日前に起こった槍穂岳、巳葺山の事件と、昨日の神域の概要は分かっている事を前提に、聡史にも言っていない詳細な事柄。それに、これが一番聞きたいんだろうけど、今朝の鯨との会話内容を、順を追って話す事にするぞ。」
前置きを話すと翔は慎也の正面に座り言葉を続ける。
「十日前。実際にはもう少し立っているけど今月の4日から6日に掛けての三日間の出来事だ、最初の事件があったのは5日深夜。嵐で迷った俺達を助けてくれた脊山さんが狒狒という物怪に襲われて亡くなられた。それから県警の特殊事例対策本部監理官で俺達の先輩、佐々木涼子さんが陣頭指揮を執ってくれて6日の朝に救出されたっていう経緯は昨日話した通り。そこで聡史にも話していないのが狒狒の頭『猿猴』という名の大猿に攫われてから幽世って楓さんは言うけど、要するに亜空間に閉じ込められていた時に俺の失われていた記憶が戻ったんだ。十年前の誕生日に槍穂岳に父親に連れられた時、特事の裏組織の男に騙されて『骸』って呼ばれた『鬼』と差し違えて俺の父さんは死んだ。その時に俺を助けるために神崎の・・・秋月光雲の子孫だけに宿る守護精霊が俺に宿った。聡史は姿も見たから分かるよな。それで、もう一柱の精霊が姉ちゃんに守護している。これも聡史は見ている。ただな、実は忍さんにも守護精霊がいる。これは楓さんが忍さんを守る為に宿らせたらしい。あとは、美鈴には『しゃもじ』がいて森澤家の守護をしてるんだって。姉ちゃんが寛美さんや麗香さんを守らない訳ないから安心出来るし忍さんもいる。だから、少なくとも女性陣には守りの精霊、神様が付いていて俺にもいる。何かあった時に丸腰なのはお前等だけだ。」
二人にドヤ顔でわざと嫌味な笑顔をして翔は続ける。
「俺の記憶が戻った後、忍さんに何をするべきなのかを教えて貰って、生まれた時に楓さんに封印された力っていうのかな、能力みたいなものが覚醒して聡史が見た通り、物怪を燃やしたり、雷落としたりすることが出来るようになった。理屈で術使うのは俺だけって言われたけど、空間を閉じ込めて熱量を上げる部分の理屈は今一つしっくりこないんだけど、分子構造を加速させて核融合みたいな事が出来たり、電位を作って雷雲の代わりに電荷を分ける事は理屈通りに出来た。この他にも出来るようになる術みたいなやつがあるらしいけど追々その制御法も含めて楓さんに習う事になる。あとな、霊感みたいなのも付いた。所謂『霊』的なものが見えたり聞こえたりする。物怪も悪意のない者はふらふら歩いているだけだったりするし、よく辻にある祠なんかにも神様か精霊がいたりするんだ。ただ、神様の種類によってかな、言葉が分かる場合とジェスチャーで伝えて来たりで、今一分からない場合がある。特に何かを伝える訳じゃないと思うけど、割と多いのが楽し気に踊っていたり、笑顔を振りまいて手を振っていたりする神様がいる。昨日の『神域』の出来事も多分『能』で伝えて来てこの『鏃』を授かった。鏃に係るとなると今回は寛美さんと忍さん、それにあの神域にいた乾由良さんがいる。済世寺は特殊な矢を作る『矢師』の仕事もするというんで乾住職には是非相談したいんだ。」
そう言うと布を開き、鏃を広げ、住職が持って来てくれた霧の木箱を開ける。
綺麗な漆塗の『破魔矢』が二本入っていた。
「これは、姉ちゃんと寛美さんが来てくれれば民芸品なのか特殊な物なのかは分かると思う。鏃は触って見ろよ。体温が伝わる時と何時までも冷たいままの場合があるだろ。形状は寛美さんや忍さんに聞かないと何の為の物か分からない。尖った柳の葉みたいなのと、先が尖っているけど平たいのがあるよな。この鏃を『矢』に出来るのが乾住職だとすると、神域に由良ちゃんがいた事にも納得出来そうな気がするだろ。それに今朝拾ったダイオウイカの吸盤みたいなでかい奴。これは触りたくないから刈谷さんが来たら県警でDNAとかの鑑定頼もうと思う。ドライアイスを詰め込んだから流石に死滅したと思うけど鋭い鉤爪のある吸盤がうねうね動いていたから危険な気がするしな。」
ここまで一気に話すと、翔はもう一度新しい珈琲を入れる。