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術者達

「そんな事がありましたね。自分は村上さんの報告書を読みましたけど、流石に誰にも言えないでいます。監理官の報告書は余計な事が一つも入らず淡々と書かれていましたけど、物語としては村上さんの方が納得出来ます。あの後、謙太は精神鑑定を受け刑事責任無しで病院に入っています。問題行動は一切なく、無気力無反応な状態のままです。両親は献身的に世話をしていますが半ば諦めているようです。」

鈴木の話しに刈谷が応える。

「ええ、一応彼の精神状態と言うか生命としての状態は自分から伝えましたが本当のところ理解は出来ていないでしょうね。そう言えは、田山、堀が提訴した裁判は逆に宮島氏の完全勝訴だったみたいですね。」

「はい。聞いた話しですが、そもそも堀夫妻の訴状が利己的過ぎて第一審から裁判官の心象が悪く、そもそも彼等は問題児でしたから最終的には宮島開発が被害者である事を強調されるだけでした。判決は堀、田山が宮島開発への損害賠償を支払う事で結審したんですが、宮島社長が今後は一切対応しない事を条件に示談にしたようです。田山は旦那の仕事もあって大人しくしていますけど、堀はいたたまれなくなってどこか知りませんが転勤して行ったと聞いています。あんなのに教育者の資格があるんだからこの国の資格制度にも呆れてしまいますね。」

鈴木が話し終わると刈谷が続く。

「宮島社長が人格者で助かりましたね。まあ、自分も何より先にあの山の祠の修繕を依頼したら即断で承諾頂きましたから。どうして祠の修復が必要なのかは村上さんの報告書にあったと思いますけど、その工事にあの田山の父親の建設会社が携わるとは思いませんでした。完成した時は崖上までの階段と社の基礎は田山の会社が造ったんですよね。思ったより立派な社になって安心したのを思い出しましたよ。あの後、ホテルはどうしたんですか?」

刈谷は神奈川から届いたメールをチェックしながら鈴木に聞く。

「一度は光輪の華が借り受けて、実際は宮島氏の償いもあったとは思いますが宗教関連施設として開放したんです。それが宗教法人の代表が別の道場を宮島開発から借り受けて、ホテル自体は杉村夫妻に運営の依頼をしたようです。まだ内装工事中だと思いましたけど、年末には新規オープンする見込みと聞いています。宮島社長は宮島開発の代表権を別の社員に譲り、一応会長職として経営の座から降りたんですけど、高峰山リーゾートという新会社を設立して、神社を含めたあの山全体をレジャー施設化する予定みたいです。宮島氏が代表取締役になって、杉村氏にも取締役を要請したみたいです。雅人の奴も宮島社長のように心のある人間であれば恋心を持った沙紀さんからも嫌われる事は無かったんでしょうけど。」


事件解決後、刈谷から謙太の状態について説明を受けると共に崖上の祠修繕の依頼を受けた宮島は即決して工事の手配をした。

崖上までのルートを造成する為、まず下宮として崖下に社を建立し、造成整備後に上宮として祠を改築して社を建てる事が立案された。

刈谷は社殿の計画を聞くと地元の神社に管理を相談するがいい返事は貰えず、最終的に寝姿山の宗像神社が管理を行い、朝晩の祝詞奏上を行う事となり、『高峰山宗像神社』として神社庁へ登録がされた。

宮島は光輪の華の信者達と何度も協議を行い、亡くなられた方への償いと、怪我を負った信者への補償を行い、ホテルを開放する事を提案したが、代表者から別の施設を紹介して欲しいと言われ下田市の中心部にある小規模な集合住宅を改装して提供した。

刈谷達が発見した鍾乳洞と地下迷宮は地元の大学が調査に乗り出すが結果が出せず、横浜にある青嵐学院大学の水橋考古学研究室が名乗りを上げ古代文字の解読と遺跡として必要な保全策を行い、一般人にも開放出来るようなルート、照明器具の配置を設計してホテルのアトラクションの一つとして準備がされている。


「これ全部監理官の入れ知恵でしょ。景観しか利点の無かったホテルに鍾乳洞と地下迷宮。青嵐学院大学が乗り出したのもそうですよね。地元の大学や歴史資料館の職員がお手上げだった古代文字をあんなに短期間で解読して安全なルートを設定、遺跡として文化財登録すると同時に一般公開の許可まで取るなんて最初から分かっていたかのような鮮やかさでしたからね。ホテルも事故があった建物とはいえ、裁判でも管理者の責任はない事を立証出来て、参拝希望客が既に現れている神社が建立出来ている。新しい神社にも拘わらず、パワースポットとか言われているらしいですからね。このホテルは当たりますよ。宗像神社が関わっているという事は、皆ぐっすり眠る事が出来るでしょうしね。」

刈谷は微笑み別の話をする。

「そう言えば、杉村沙紀さんは帰国したみたいですね。気分転換と婚前旅行を兼ねて婚約者とスペインに料理の修行に出て、昨年ご結婚されたと聞いています。宮島社長のバックアップで須佐之原海岸に店舗を借りられて、神崎総本家が力添えになってスペイン料理店を開業したとか。丁度いいから一度行ってみようと思います。」

刈谷は鈴木に微笑むと机にあるスマホが震えている事に気付く。

「言っている傍から連絡来ましたよ。」

鈴木に笑顔でウインクすると通話ボタンをスライドする。

『刈谷さん!村上です。大変な事が起きてますよ。伊豆半島東沿岸帯を中心に特殊症例の患者、原因不明の死者が増大しています。県警に協力要請しますから宜しくお願いします。』

「ああ、はいはい。存じていますよ。既に原因究明と特殊事例対策として協力者に連絡済みです。どうやら伊豆半島から房総半島南部にかけての相模灘周辺に同一被害があるようです。今回は神奈川との連携を取ります。横浜市の市民生活安全課の担当者も合流予定です。」

刈谷は話しながら鈴木に目で合図する。

『ええ~それならこっちにも情報共有お願いしますよ・・・今何処ですか?私は明日にでも伊豆入りする予定なんですけど、何処から始めればいいのか考えていた所です。』

刈谷は部屋を見渡し、スピーカーモードに切り替える。

「自分は下田署に入っています。ここに鈴木さんもいますよ。明日には伊東から神崎哲也君も東伊豆に来てくれます。」

『ちょっと待ってください。下田って、もしかして宗像神社に泊まるんですか?いいな~あそこって夏は特に居心地最高なんですよね。分かりました。明日、10時に下田駅に着くように移動します。私がそっち行くまで待っていてくださいね。』

「はいはい。待っていますけど、神社はご厚意でお世話になるんですから旅館感覚で来て貰っても相手に御迷惑ですよ。」

『兎に角行きますから。被害報告と対応依頼の電話鳴りっぱなしで大変なんです。哲也君が来るんなら、今回もちょいちょいって片付けて下さいね。いつも通り報告書の分担も宜しくお願いしますよ。』

言うだけ言うと村上は通話を終える。

刈谷と鈴木は顔を合わせて笑い出した。

「いや、村上さん、変わりましたね。何て言うか自信が付いたと言うか、やる気の塊みたいな声でしたね。あの後も監理官とお仕事されていたんですか?」

鈴木の言葉に刈谷が応える。

「まあ、年に一度か二度程度ですが、警察が動くより早く県庁に連絡が行くケースがあって、彼女の所で処理出来なくなると応援要請が自分に直接来るようになりましてね、今みたいに。でも、あの時ほど大掛かりな事件はありませんでしたね。徳武さんは覚えていますか?彼女に依頼して解決する事がほとんどでした。そう言えば、あの時の曽野川さん、哲也君の実家、神崎総本家に弟子入り願いをしたけれど断わられて、徳武さんのお店で働きながら修行しているんですよ。」

刈谷が笑いながら言うのを鈴木が聞く。

「徳武さんって、あの長身の白髪(はくはつ)美人ですよね。巨漢の相棒のいた・・・何のお店なんですか?」

「ネイルアートの店、ネイルサロンですよ。浜松でショップを経営しています。その店長が巨漢の八田さん。曽野川氏と生き残った弟子の石井さんが徳武さんに弟子入りして・・・まあ、店の雑用をしてるんだけど、石井さんの方は技能試験に合格してサブのネイリストになっているらしいんです。元々客の悩み相談も受けていて評判も良い人気のお店で、テレビに出ていた曽野川零元がいると言うんで更に人気が出ているみたいですよ。まあ、徳武さんの悩み相談って、カンニングみたいなものですけどね。何しろ全部御見通しなんですから。そこに曽野川さんの占いみたいなのをプラスして・・・曽野川さんも努力して、結構当たる様になって来たみたいですよ。」

刈谷の応えに鈴木が更に聞く。

「監理官の協力者、『術者』の方達って専門の霊能力者じゃないんですか?」

刈谷はキョトンとした顔になり左手を顎に当て少し考えてから応える。

「そう言えば、皆さん本業を持っていますね。例えば哲也君の実家は伊東市にある湯江山農園を運営している旧家で神奈川と山梨にも親戚筋が有ってそれぞれ漁師だったり、ワイナリーの経営をしていたりしますね。それっぽい職業と言えば陰陽師の血筋を持った小田原の九鬼家と言う方達がいますが、本家の家柄は代々神社の宮司をされています。徳武さんはネイルサロンだし、他にも静岡の協力者で専門の霊能力者を名乗っている人はいませんね。逆に普通の主婦の方はいますけど。」

「自分はお会いしていないんですが、そういった協力者の『師匠』と呼ばれる方もいらっしゃるわけですよね。」

鈴木の問いに刈谷は目を大きく開けて応える。

「はい。秋月楓先生です。横浜で鍼灸師をされている方ですよ。そうか、鈴木さんは見ていないんですね。それは勿体無い。絶世の美女、美少女ですよ。あの時の事件も秋月先生の掌で転がされていたって徳武さんが笑って言ってました。神奈川ではほんの十日前に主要な術者が勢揃いの大事件があったらしいんですけどその時の総指揮官が先生だったらしいんですよ。自分も丹沢山地に一般人が侵入しないよう応援隊を派遣する指令を受けて本部長経由で警官隊の派遣手配をしました。残念ながら現場には行けませんでしたけどね。それで、その大事件の中心人物が今回最有力の協力者になりそうです。哲也君の従弟に当たるみたいですけど、実際に今日会って来ました。背の高い真面目な高校生でしたよ。神奈川の特事監理官である佐々木君から太鼓判押されています。その人のお姉さんや、秋月先生の現愛弟子も参加するようです。あ、あの鍾乳洞の古代文字を解析した青嵐大の水橋教授のお嬢さんも来るみたいです。ここだけの話しですけど、実際に解析、解読したのはそのお嬢さんですけどね。あの娘も美少女だったな・・・今、大学二年生かな。」

「監理官はその先生の話をされる時は別人のように楽しそうですね。今回はいらっしゃらないんですか?自分もお会いしたいなあ。」

刈谷は冷静になるよう深呼吸する。

「ちょっと興奮しましたけど、神奈川からの報告を鈴木さんにはお知らせしておきます。」

刈谷はメール内容を鈴木に伝え、今後の捜査指針を語った。

「監理官・・・それは、ちょっと信じ難い内容ではあります。少なくとも自分以外の者は真面目に取り合わないでしょう。それに、その内容って警察が取り扱う範囲の案件でしょうか。政府が直接指示する内容ですが、根拠もなく・・・そもそも内閣府にそんな事を指揮出来る人材がいるとは到底思えません。『前例がない』の一点張りでしょうからお役人には不可能です。この状況で人員を何処から、どう配置するつもりなんですか?それに、高校生や大学生・・・学生を協力者にするのは、あの時の哲也君も大学生、一年生だったのは後で知った事ですけど。今回は原因不明の死者が多数発生しています。広域の為、各署がそれぞれ因果関係を探っていますが、監理官の様な集約データーが無く、容疑者に当たる者もいません。事故として処理するのか、何かの感染症なのかも判断出来ない状態で、捜査本部自体設置するのか県警本部内でも決定しかねている様です。現時点では犯罪ではなく事象として捉えるしかありませんから。ただ、自分はかなり危険な事件だと感じていますが、大丈夫なもんですかね?」

「ええ、だから私の様な特殊事例対策監理官が各県に配属されているんです。一般的に見れば変わった職種ですし、所謂エリートコースではないですから、鈴木さんの様に実際に携わる機会が無ければ、通常勤務の警察官僚組からはほぼ無視された存在なんです。実は内閣官房と直接繋がっていて各省庁との同じような組織とは連携出来ているんです。皆それぞれの省庁内では変人扱いされていますよ。それで今回は自分の上層部、警察庁内の特殊事例対策本部を通じて国防省の自衛艦に協力要請を打診中です。何しろ海中に問題がありそうですから、県警保有の海上船や海保の船だけでは事足りないでしょうし、陸上の我々だけでは手が出せません。あとは、代縺湾内の海中観測所にも対策本部としての利用提供を要請しています。あそこならある程度海中の目視確認も可能ですし、ソナーも完備されています。水深もあるので湾内に侵入可能な艦船は割と多いみたいですしね。あとは、漁協への説明と協力要請ですが、それが一番ネックです。漁師さん達からすれば大型艦船が入港しようものなら仕事に影響しますし、釣り船や岸からの釣り人も鈴木さんが仰っていた様にシーズン関係なく人気のエリアみたいですから、擦り合わせが一番の悩みです。言ってはいけない事と承知で言うと、漁協側からの救助要請の様な物が出るくらい被害が無いと納得しては貰えないでしょうからね。勿論、そんな被害が出る前に決着付ける事が重要ですけど・・・それに、今回起きている事例と、過去に類似事件があった事を突き止めたのが水橋教授のお嬢さんとそのご友人達の様です。恐らく、秋月先生のご指導があった筈ですけれど、先生ご本人は来ずに彼女達に任せるという事は、全幅の信頼を置いている他ありません。昼の嵐も関連していると報告されていて、最有力協力者、神崎翔君は途轍もない力を秘めた術者だと聞いています。神奈川での私の前任者から、その翔君の父親の武勇伝は聞いています。哲也君にも指導していた方らしいです。残念ながら自分が監理官になる前に亡くなられていますが、翔君はその方以上の潜在能力がある術者との事ですから学生である事に大きな問題はない・・・いや、自分達が足を引っ張らない様付いて行くくらいの存在だと考えています。」

刈谷は椅子に座ったまま伸びをして、部屋の奥にある掛け時計を見る。

午後十時を回っていた。

「今日はこの辺で終わりましょう。もう既に御迷惑な時間ですけど一度神社に帰って明日以降に備えます。鈴木さんお疲れ様でした。」

刈谷はノートパソコンを閉じ鞄に仕舞うと立ち上がる。

鈴木も立ち上がり「自分も神社に泊まりたいものですな。村上さんの意見は非常に正しい。」と笑いながら言って監理室のドアを開け刈谷を通す。

そのまま階段を降り、正面玄関で別れて行った。

駐車場に歩くと、ゆっくりと、黒いトヨタエスクァイアが入って来て刈谷の横に止まる。

助手席から小柄な老人が降りると後部座席のスライドドアが開き右手を差し出す。

老人の右手を左手で取り、中からホワイトブロンドの美女が降りて来た。

「刈谷君。私達も神社に泊めて貰うわよ。今回の件ただ事じゃないわ。朝から余計なビジョンと耳障りなメッセージ聞かされて、気になって仕事にならないもの。私はブロック出来るけど影響受けた子達が沢山出て、出来る限りの治療はして来たけど切りが無いし。大体分かっているけど情報を聞かせて。根本的解決しないと被害が広がる一方よ。」

美女の声に刈谷は笑い出す。

「丁度ね、徳武さんの話をしていた所ですよ。まあ、分かっているとは思いますけど、明日には村上さんも合流します。哲也君もね。力強い人達が一気に加わって頂き心強いです。そうか、徳武さんが来るのが分かっていたから秋月先生は伊豆入りの必要が無いって判断したのかもしれないですね。では行きましょう。場所は分かっていますよね。」

刈谷は言うと県警の車両、白いクラウンに乗りエンジンスイッチを押す。

刈谷が先導する形で徳武のエスクァイアが夜の下田を駆け抜ける。


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